第17話 道賊とは

 街道を進むこと一日。

 酪農都市ヒルテで一泊した俺たちは、初めて進む街道へと足を向ける。

 マッコール子爵領はヒルテの北に位置する場所で、俺たちはまだ行ったことがない場所だ。

 サランは何度か足を運んでいるらしいが。


「マッコールの街並みはきれいだって聞いたからちょっと楽しみなんだよね」

「そうなのか?」

「うん。おもな産業が鉱石類の採掘だからね。そこから出た石材を魔法で加工して建材にしてるんだって。かなりしっかりした都市計画をして作った街だから、サランも参考にしてるって言ってた」


 ロロの説明に「ほう」と少し驚く。

 あのサランがそこまでいうのなら、きっと一見の価値があるんだろう。


「しかし、そのマッコールの領主殿から魔物モンスター被害の相談とは穏やかじゃねぇな」

「うん。結構安定してるって聞いてたんだけどなぁ」


 ロロ曰く、マッコール子爵領は魔物モンスターや山賊の被害が比較的少ない場所であるらしい。

 冒険者ギルドと領軍が連携しているし、そもそもそう言ったことが起きる様子も少ないとのこと。

 領主は人格者で、領民からの評判もいいという噂は俺も知っている。


「どんな魔物被害なんだろう」

「国への応援要請じゃないあたり、まだそこまでじゃねぇと思うんだがな」

「それでもボクらに助けを求めなきゃいけない感じの被害……うーん、ちょっと想像つきにくいよね」


 首をかしげるロロに、頷いて返す。


「行ってみりゃわかるさ。マルハスであれだけのことが起きたんだ。他に影響が出てたって不思議じゃねぇ。アレとかな」


 背中の戦鎚ウォーハンマーに手を伸ばしながら、前方を見据える。

 街道をふさぐようにして、こちらを見る者達の姿があった。

 ちょっと文化的というには難しい風貌の、武器を持った者達。

 冒険者だってもう少し小綺麗にしている。


「よぉ、お兄さんがた。金と命を置いて行けや」


 体格のいい男が、長剣をちらつかせながらニヤニヤとした表情でこちらを見る。

 酪農都市ヒルテからそう離れちゃいないってのに、こういう輩がいるなんてちょっと驚きだ。


 まぁ、俺たちが二人組で珍しい乗り物グレグレを連れているので出てきたんだろうが。

 待ち伏せと襲う相手の選別をしているあたり、それなりに手慣れている。


「どうしよう、ユルグ。山賊だ」

「ここは街道だ。どっちかってぇと野盗じゃねぇか?」

「道にいるんだから道賊?」

「そんな言葉ねぇと思うんだがな……」


 顔を見合わせて、軽くおしゃべりをする。

 なにせ、こいつらに全く脅威を感じない。


 街から近い場所で、やれそうな相手ばかりを狙う連中だ。

 しかも、襲う相手まで見誤ってる。

 どう考えても『大したことない奴ら』にしかならない。


「何をくっちゃべってん──」


 大男はセリフを最後まで言えなかった。

 俺が投げた手斧が頭部を破壊したから。


「なぁ、お前らって魔物モンスター扱いな自覚あるか?」


 俺の言葉に、取り囲む男達がたじろぐ。

 もしかして、自覚なかったんだろうか?

 サルディン王国の法において、都市外で強盗や殺人を行う人間は魔物モンスターとして扱われる。

 面が割れていれば冒険者ギルドで討伐依頼が出されることもあるし、こうして遭遇すれば殺したって罪に問われない。

 何なら「人殺しが趣味です」ってやつが、賊討伐専門の傭兵をやってるって話があるくらいだ。


 まぁ、俺にしたって趣味じゃないが、人を殺すことにそこまで忌避感があるわけじゃない。

 必要なら叩き潰すってのは、これまでやってきたことだ。


「ビ、ビビってんじゃねぇぞ! たった二人だ! ぶっ殺せ!」


 後ろの方で誰かのそんな声がしたが、はっきり言って手遅れだ。

 ロロにこれだけの時間を与えてしまうなんて、完全に判断ミスと言える。

 やっぱり、大したことがない連中だ。


「終わりっと」


 指先に魔法の光を灯しながらロロが小さくそう呟く。

 瞬間、きらきらと輝く薄緑の霧が周囲に立ち込めて、野盗どもを包みこむ。


「……へ?」


 間抜けな声を上げて、野盗たちが一斉に倒れ込んだ。


 ◆


手紙鳥メールバードは飛ばしたよ。ヒルテの衛兵が引き取りに来ると思う」

「そうか。んじゃ、このまま放置でいいな」


 縛り上げた野盗たちを街道の脇に転がして、俺はロロに頷く。


「ぐれぐれー」

「ダメだよ、グレグレ。人間は美味しくないから」

「そうだぞ。ちゃんと餌の肉だって持ってきてんだ。汚ねぇもんを拾い食いすんな」


 俺たちの言葉に、「ぐれ」と返事をしたグレグレがとっとと軽い足取りで戻ってくる。

 人間の味など覚えさせるとフィミアに怒られそうだしな。

 気を付けないと。


「しかし、さっきの魔法……知らないやつだったな」

「ふふ、ボクだって成長してるってことだよ」


 どこか得意げにするロロに、俺は軽く笑ってしまう。

 こういう顔ができるようになったのが、まさに成長したというべきじゃないだろうか。

 ガキの頃からどこか気弱な風だった幼馴染が、こんな顔を見せてくれるなんて。


「笑うことなくない?」

わりぃな。笑ったって言うか、嬉しくてよ」

「なにが?」

「最近のお前は、いい男になったなって。いや、前からそうなんだが」


 軽く肩を叩いてやって、にやりと笑う。


「そうかな? ユルグにそう言われると……自信、ついちゃうかも」

「おう、つけろつけろ。少なくとも、こういう芸当ができる奴はもうちょっと自信満々でいい」


 硬直したまま意識を失っている野盗たちを、指で示す。

 強力な麻痺に強力な眠りの魔法を混合したもの、とロロは説明したが……見た目は生のまま石化したみたいだ。

 コカトリスに睨まれたやつが、こういう感じになったのを見たことがある。


「親友として、ユルグの隣に並ぶにふさわしい実力を身につけないとね」


 大真面目にそんなことを言うロロに、俺は苦笑を返す。


「何歩も先を行ってるヤツがバカ言うな。ほら、そろそろ行くぞ」


 照れ隠しにそう告げて、俺はグレグレにまたがった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る