第16話 ちょっとずれてる幼馴染
「サラン、少し街を出てくる」
そう声をかけた俺に、サランが眼鏡を押し上げて目を細くする。
執務室の混沌具合は以前よりもひどい。
「いくら何でも端的過ぎます」
「マッコール子爵から要請があってな。状況を見てくる」
「ああ、あれですか。無視してもいいんですよ?
「そうもいかん。何かあったときのために、周辺との関係を良くしとけってのはお前が言い出したことだろうが」
特にマッコール子爵領は、隣領で『
冒険者の流儀として杯を酒で満たしてやる必要があるし、ギルドマスターとしては連携せねばならない。
「わかりました。ですが、いま私はここを離れられません」
「だろうな。だから、一人で行ってくる」
「あなた、もう少し自分の立場などを自覚した方がいいですよ」
小さなため息をつくサラン。
「ロロさんを連れて行きなさい。彼には貴族相手の事も少し仕込んでありますし、私の名代としてぴったりです。フィミアさんには声をかけましたか?」
「ああ、昨日にな。だが、あいつはあいつで教会の仕事が溜まってるらしい」
「では、なおさらですね。ロロさんは比較的に身軽な立場です。こういう時にはちょうどいいでしょう」
サランの言葉に納得して頷く。
ロロは開拓都市のいろんな部署を動き回っており、この開拓都市の実情にかなり詳しい。
冒険者ギルドの判断は俺がすればいいが、それ以外はロロに判断してもらうのはいい手かもしれない。
「それじゃあ、ロロと二人で行ってくるわ」
「はい。マッコール子爵によろしくとお伝えください」
「わかった。手紙か何かあれば預かるが?」
「いいえ。あなたはあなたの仕事を上手くやることを考えてください」
これはサランなりの気遣いだろう。
手紙の内容について尋ねられても、俺じゃあ答えに窮することを見越しているに違いない。
「それじゃあ、行ってくる」
「ええ、気を付けて。厄介事が手に負えない場合は連絡をください」
「厄介事って決まったわけじゃないだろ?」
「あなたが絡むと、何でも厄介になってしまいますからね」
陰険眼鏡め。
それはお前も同じだろうに!
「ま、ロロさんがいれば問題ないでしょう」
「だろうよ。それじゃあな」
軽く手を振って、サランの執務室を後にする。
サランのやつはああ言ったが、解決できる厄介事なら解決しちまおう。
今のあいつには、やるべき仕事が多すぎる。
ロロにしたって、早いところあいつの手伝いに戻してやらないとな。
「まあ、とっとと行って、とっとと帰ってくるか」
そう独り言ちて、俺はロロがいるであろう代官所へと足を向けた。
◆
「ユルグと二人で旅なんて、久しぶりだね」
「ああ、『シルハスタ』を抜けて以来だ」
街道を
いつもより多少身軽とはいえ、暑い。
そういう事情もあって、いつもの全身鎧はさすがに置いてきた。
格好だけ見れば、駆け出しの冒険者に見えなくもない革鎧を一式……というのが、俺たちの出で立ちである。
これにしたって、いい職人が作った高級な革鎧だったりするが。
「グレグレ、疲れてないか?」
「ぐれぐれー!」
「元気そうだね。暖かいほうが調子いいのかな?」
「ぐれ」
返事の様子からして、そうでもないらしい。
俺たち同様、程々に休憩しながら行かなければならないな。
「それにしたって、マッコールで何が起こってるんだろう?」
「さぁな。マッコール子爵領たって、それなりに広い。どこで何が起こってるかは現地に入ってからじゃないとわかんねぇな」
要請の内容は、冒険者を始めとしたマルハスに駐留する戦力を派遣してくれという話だった。
なにせ、マルハスに集中している戦力は、〝淘汰〟に対する備えであり、これを動かすのは色々と問題がある。
そのため、まずは俺という役職者が先方の責任者と話をして。現状を把握する必要があるのだ。
マッコールには恩がある、事情によっては俺がサランを強請ってもいい。
「なんだかこうして二人で街道を西に向かっていると、村を出た頃を思い出すよ」
「ああ、あの頃の俺はほっとしてたな」
「ほっとしてた?」
「ああ、ようやく村を出たんだって思うと……不安よりも、ほっとした気持ちが大きかった気がする」
「今は?」
「おいおい、ホームシックを煽ってくれるな」
軽口を叩きながらも、後ろ髪引かれる思いについては自覚する。
この俺が、マルハスかから離れることにこんな気持ちになるなんて、少しばかり不思議だ。
そんな俺を見て、隣で並走するロロが小さく笑う。
「よかった。マルハスがユルグにとっての故郷になったみたいで」
「すっかり乗せられた気分だよ。まあ、でも……悪くない気分だ」
「うん。ボクも嬉しいよ。ユルグはすごいんだぞって、ようやくわかってもらえたからね」
上機嫌にそう口にするロロ。
そんな幼馴染に、実は俺も同じことを思っていたりする。
ロロ・メルシアという男は、侮られていた。
村にいた時も、冒険者になってからも。
俺などという〝悪たれ〟に関わっていたから村では少し煙たがられていたし、冒険者になってからも補助の中衛という立ち位置から注目されなかった。
……アルバートが何かにつけて、悪評をばら撒いていたからというのもあるが。
そんなロロは、今や
今や〝妙幻自在〟の二つ名を知らない冒険者は、この国では少ないだろう。
勇者の背中を担う、美形の凄腕魔法剣士は、王都で劇にだってなっているのだ。
内容については知らない。
俺も出てくるらしいが、あまり興味がない。
フィミアが王妃から特別観覧チケットをもらったと言っていたので、縁があれば見に行こうとは思う。
「ん? どうしたの?」
「いいや、お前ってすごいよなって思って」
「急にどうしたのさ。うーん、でも……最近は、ちょっとすごいかもって思い始めてる」
そんなことを口にしながら、ロロが俺を見る。
向けられる視線は、昔から変わらぬ真っすぐなもの。
そして、語られた言葉も昔から変わらない、ちょっとズレたものだった。
「だって、ボクったら〝辺境の勇者〟の親友なんだよ?」
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