第15話 果たされた約束

「それは大変でしたねぇ……」


 冒険の顛末を語る俺に、カティがコーヒーの入ったカップを差し出す。

 それを受け取って、俺は小さく息を吐きだした。

 こうして『冒険者ギルドマルハス支部』の椅子に座ると、ようやく帰ってきたという実感がある。


「とりあえず、そのうちサランから報告があがると思う」


 陰険眼鏡サランガラクタ野郎アスカロンのタッグは思ったよりもずっとヤバかった。

 たったの二日で、あの一帯の整備計画や立ち入りに関するあれこれについて話を詰めてしまったのだ。

 まあ、開拓と開発はサランの仕事だ。任せておけばいい。


 深層監視哨への帰還は行き同様にかなり大変だったが、足取りは軽かったように思う。

 方向感覚が狂うことも少なかったし、進んでしまえば魔物モンスターの脅威も減る。

 サランが仕事モードで疲れを見せなかったのも大きい。


 レダ社長にも報告したし、分室に詰めるセタとリマナにもある程度の説明を行った。

 アスカロンのことは伏せたが、過去の〝淘汰〟に関する危険な遺物があるということは、周知せねばならないだろうというのが、俺たちの総意だ。

 興味を引く可能性はあるが、秘密にして不信をあおる方が問題になる。

 行きたきゃ行けばいいのだ。

 あの珍妙な風景を見るために命を懸ける覚悟と、相応の実力が必要になるが。


「冒険からお帰りのところ申し訳ないんですけど、いくつかお仕事が溜まっておりまして」

代理カティで処理できないやつか?」

「できないやつなんですよ。おそらく、サランさんも、今ごろ頭を抱えてるんじゃないでしょうか」


 机に溜め置かれた書類の束を見て、軽くため息を吐く。

 サランはともかく、こんなものをもらっても嬉しくはないんだが。


「あー……ダメだ。高等文書が混じってんじゃねぇか。カティ手伝ってくれ」

「もちろん。この部屋ではわたしが相棒ですからね」

「助かる。じゃあ、さっさと片付けて飯でも食いに行こう」


 僻地の寒村だったマルハスは、今や中規模の新興都市だ。

 王国各地、そして隣国からも様々な人材が集まりつつある。

 その中には王国内や隣国から来た料理人の姿もあり、マルハスにはいくつかの酒屋やレストランが開店していた。


「奢ってくれるんですか?」

「部下を労わなくちゃならんからな。一番高い店を選んでいいぞ」

「そこは部下でなくて恋人と言ってください」

「この図々しさが懐かしいぜ」


 軽く苦笑して、書類に手を伸ばす。

 早いところ、片付けてしまわねばいい店は席が埋まってしまうかもしれない。


「どの店がいいですかねぇ」

「選択肢はそんなに多くないだろ」

「ユルグさんが出ている間に、三軒新しく建ったんですよ」

「そりゃ、すごいな」


 思わず、感嘆の声が漏れてしまう。

 ここで旅立ってから一ヶ月と少ししか経っていないのに、マルハスの開発はかなり急速に進んでいるらしい。

 こりゃあ、サランのとこにはかなりの書類が置かれていそうだな。


「さぁさぁ、仕事を片してしまいましょう」

「おう。頼むぜ、カティ」


 二人でうなずき合い、書類に向かう。

 確かに、どれもこれもがカティでは判断がつかないようなものばかりだ。

 俺にだってそうわかりゃしないが、俺なりに判断しなくてはならない。

 小さくため息を吐きながら、一枚一枚、俺はたまった仕事を処理していった。


 ◆


「ようやくお前に一杯奢れるな」


 隣に座るカティと軽く乾杯して、俺は下りた肩の荷にほっとする。

 あの日、二度と奢ることができなくなってしまったはずのカティが隣にいるというのは、不思議だがありがたいことであると思う。


「まだまだ。もう酒樽二つ分くらいはありますからね」

「増えてんじゃねぇか。まぁ、いい。そのくらい、世話にはなってるからな」


 グラスに注がれているのは、外国から取り寄せられた蒸留酒ブランデーで、マルハスで飲める酒の中では、おそらく一番高い。

 それを瓶ごとキープさせてもらった。……カティの名前で。


 カティはそれにびびって硬直したが、俺だって男だ。

 いい女にはいい恰好をしたい。

 このくらいの甲斐性を見せたって、構わないだろう。


 だいたい、金の使い道が俺にはあまりないんだよな。

 趣味のコーヒーはそこまで金がかかるものではないし、持ち家があるので家賃もない。

 食いもんと酒だって、そこまでこだわりがある方ではないし、普段はおばさんところでロロの家族と一緒に食ってる。

 ……となると、こういう機会に散在しておくのも悪くない。


「お料理もおいしかったし、お酒も最高です。人生で一番いい日かも?」

「大袈裟が過ぎんだろ」

「隣に好きな人がいて、その人がわたしのためにお店を選んでくれて、その人と一緒に美味しいご飯を食べて、その人と一緒にいいお酒を飲むなんて、最高じゃないですか?」

「そう持ち上げるもんじゃねぇよ、俺なんて。今日だって、お前の助けがなきゃ仕事を終わらせられなかった」


 軽くため息を吐きながら、数時間前のことを思い出す。

 何だって貴族の連中は「魔物がいっぱい出て大変なんです。そちらからも動員して助けてくれませんか?」をあんな迂遠で難しい文章で表現できるんだろうか。

 貴族同士ならともかく、俺は辺境出身の田舎者なんだぞ。


「そういうところがいいんですよ、ユルグさんは」

「あン?」

「完璧じゃなくて、いろんなところが不器用なのに頑張ってて、困ったらちゃんと助けてって言ってくれるところ、わたしは好きですよ?」

「戦い以外は無能な自分が、ときどき嫌になるけどな?」


 苦笑する俺の肩にカティが頭を預けて小さく笑う。


「英雄に頼られるのは、悪くない気分なんですよ? 他のみんなもそうです。〝崩天撃〟のユルグ・ドレッドノートの助けになっているというのは、自分を誇ることができる実績です。ギルド職員も事務方を頼む冒険者もそう思ってるはずです」

「そんなもんか? もっとバリバリ仕事で来たらお前らにもうちょっと楽させてやれんだが」

「このままでいいんですよ、ユルグさんは」


 ご機嫌な様子でグラスを傾けるカティ。

 いつもお喋りなので、酔っているのかどうかよくわからんな。

 なにせ、一緒に酒を飲むのは初めてのことだし。


「でも、一つだけ不満があります」

「なんだ? 言ってみろ」

「女癖がいいってことですよ!」


 きりりとした表情で俺を見るカティ。

 ああ、ダメだ。しっかりと酔ってやがる。


「こう見えて、酪農都市ヒルテでは噂の美人受付嬢だったんですよ? こんなに隙を晒してるのに触れもされないなんて……! 『英雄、色を好む』とか嘘ですよね?」

「遊びで抱く女じゃないだろ、お前はよ」


 俺の言葉にふっと真顔になったカティが、顔を真っ赤にしてテーブルに突っ伏す。


「……そういうところがずるいんですよー!」

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