第14話 ガラクタ野郎

 アスカロン曰く──この遺構は、来るべき神による〝淘汰〟に抗うために建造されたものだという。

 異界から訪れた『銀の正十三角形』なる神の話ではない。

 かと言って、どうもサルディン正教で信仰される神でもないらしい。


 この辺りについて尋ねても「あなた方には想像も理解もできぬモノです」と答えるばかりで要領を得ない。

 しかし、何度かのやり取りでわかったのは、サルディン正教で聖人と伝えられる『ダリアン・ウェミロス』なる旧い勇者は、この世界を実質的に一度滅ぼしたらしい。


 これには仲間達も驚いていたが、俺としては「あるかもしれない」と考えた。

 勇者が揮う神威は、ひどく強力だ。

 それこそ、使い方次第では侵略にだって使えるし、場合によっては世界を滅ぼすこともあるだろう。

 その場合、その勇者は〝淘汰〟となって、別なる勇者と相対することになるとは思うが。


 問題は、その時に……この『侵略型〝淘汰〟』を名乗る聖剣は一体何を侵略したのかという疑問が残る。

 少なくとも、俺たち人間ではない。

 なにせ、俺たちはここに生きている。


「意外に頭のまわる方ですね、当代の勇者は」

「あン?」

「誠に勝手ながら、アクセス時にマインドリンクを形成させていただいております。こちらに思考が漏れておりますので、夜の生活のことなど考えぬようお気を付けください」


 アスカロンにそう告げられて、思わずフィミアの事を思い浮かべてしまう。


「これはこれは。当代の聖女様は随分と可愛らしくも艶めかしい。そして積極的ですね。素晴らしい、アーカイブに保存をしておきます」

「え? ええ? ちょっと、ユルグ?」

「俺は何もしてねぇ! こいつが勝手に記憶を漁ってるだけだ!」


 俺を揺さぶるフィミアに言い訳をしつつ、俺は別なことを考える。

 どう考えても、こいつはヤバい。

 道具としてのレベルが違い過ぎる。

 田舎と都会ってレベルじゃない。歴史……いや、文明の格が違う。


 俺の情報を抜いてる以上、逆にコイツから情報や技術を贈ることもできるはずだ。

 それをしないのは、単なる親切だろう。

 俺たち自身が世界を壊さないための気遣いだ。


「本当に頭がいいですね。あなたの半分くらいダミアンも慎みがあればよかったのですが」

「そのダミアンとかってやつは、何だって俺たちを生かした?」

「端的に言うと、彼自身があなた方と同じ人間だったからです。おかげで餌から文明生物にランクアップです。よかったですね」


 その言葉に、サランが小さく反応する。


「餌?」

「はい。あなた方はこの世界を支配していた知的生物群にとって、奴隷であり、繁殖相手であり、餌でした。ついでに愛玩動物だったかもしれませんね」

「そんなバカな……!」

「こういうことを漏らしちゃうので、当機はこんな場所に厳重に封印されていたんですよね」


 笑うことができないはずのキューブが、笑ったような気がした。

 笑っていい話ではないのだが。


「彼らはいずれこの世界に帰ってきます。彼らの神は未だこの世界に在りますから。当機の役目は、その神が顕在化した時に対処を行うことです」

「それはいつの話なの?」


 ロロの問いに、アスカロン答える。

 青白く光る正方形の身体をゆっくりと回転させながら、静かに。


「さて、当機にはわかりかねますね。場合によっては明日かもしれませんし、もっと遠い……それこそ何千年も先かもしれません」


 何とも不安な話をしてくれる。

 ただ、わかったのは……この得体のしれない聖剣は、現状の俺たちにとって無用の長物であるという事だけだ。

 こいつは鏡面裂溝をどうこうする気もないし、『銀の正十三角形』についても静観を決め込んでいる。

 早い話が、無駄足だった。


「そういうの、傷つくのでやめてもらっていいですか? ドレッドノートさん」

「勝手に心を読むんじゃねぇよ、ガラクタ野郎。ここに来るのに、どんだけ苦労したと思ってんだ。ようやく大陸横断鉄道の目途が立ったかと思えば、こんな場所に〝淘汰〟の残りかすを二つも三つも集めやがって」


 聖剣相手に大人げないと思いながらも、思わず愚痴をこぼす。

 一週間もかけて森を抜けてみれば、森を抜けてはいけない理由が山盛りだったなど、無駄足以上に気苦労が強い。


「さすがに『鏡面裂溝』とこの遺構の傍に線路を通すなんて無理ですしね」

「しかも、山に囲まれてるし……鉄道は諦めたほうがいいかも」


 サランとロロが小さく肩を落とす。

 俺の肩はすでに落ちてる。

 元気そうなのは悶えているフィミアだけだ。


「鉄道ですか? 今の時代にまだ残ってるとは」

「残ってる? 大昔にもあったのかよ?」

「その口ぶりからすると最近、復活したんですかね? 当機が現役の時代は大陸中に走ってましたよ。この傍にも線路があったはずです」


 アスカロンの言葉に、サランがぴくりと反応する。


「山と森に阻まれているんですよ? ここは」

「トンネルを作って、森も拓けばいいじゃないですか。今の人類はそんな事もできないんですか?」


 挑発的な言葉に、サランが目つきを鋭くさせる。

 同族嫌悪みたいなものか?

 お前の態度も、いつもこんな感じだぞ?


「聖剣アスカロン。わたくし達の持つ技術では山に穴をあけることはできないのです」

「ずいぶんと衰退したもんですね」


 くるくると回りながら、アスカロンがため息を吐いた……ように見える。

 顔もないのに表情豊かなヤツだ。


「仕方ありませんね。ガラクタ野郎と罵られるのは当機も心外ですので、その件については何とかしましょう。サービスですよ?」

「は? 何とかなるのか?」

「そこの頭よさそうな眼鏡の人。ちょっと脳内をスキャンさせてください。鉄道計画とか頭の中に在るでしょう?」


 ふわふわと浮遊して、サランの元に向かうアスカロン。

 しぶしぶと言った様子で、サランがそれを受け入れるようにじっと待つ。


「ところで、ゾラークさんの初体験はどうですかね?」

「──!」


 性悪なガラクタ野郎め。

 だが、よくやった。そういう話はサランとできた試しがねぇからな。


「うわー……とんだ変態野郎ですね、あなたは」

「やめなさい、聖剣アスカロン。どうやらあなたは主人以上に礼節がなっていないらしい」

「よく言われます。人間の情欲や性交については人一倍興味津々ですよ。なにせ、当機には搭載されていない機能ですから」


 アスカロンが愉快気にくるくると回る。


「とはいえ、あなたは実に優秀ですね。これなら何とかできそうです。具体的な計画について、少しお話しましょうか」

「本当にできるのですか!?」


 驚くサランにアスカロンがくるり回って「もちろんです」と答えた。

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