第13話 アスカロン

「……納得いきません」


 俺の隣でサランがへそを曲げたガキのようなことを口走る。

 気持ちはわからないでもないが。


「仕方ありませんよ、サランさん。これも聖遺物の一つなら勇者の武器には違いありませんから」

「聖遺物というのは一般人も使えるものという認識だったのですけどね」

「正確には違います。あれの運用には、特別な聖騎士が必要なんです」


 鍵盤に向かいながら、俺は小さく首をかしげる。


「俺も聖遺物はそういうもんだって思ってたが、違うのか?」

「聖騎士の中には、勇者の血を引いた人が幾人かおられるんです。聖遺物の運用には彼らの協力が必要不可欠です」

「こういっちゃなんだが、この『力』は血筋がどうこうって感じじゃないと思うんだがな?……」


 実感として、俺に宿る力は借り物みたいなものだ。

 端的に言うと、俺というやつは聖女の得物に他ならない。

 フィミアは自分の事を鞘だの、モノだのと言うが……その実、俺の中に流れ込むあの力は、聖女たるフィミアから流れ込んでいる気がする。

 つまるところ、〝淘汰〟に立ち向かうべく現れるのは聖女であって勇者ではないのだろう。

 俺──勇者というのは、問題解決のためのツールに過ぎないというのが、俺の所感である。


「いくらかの力は子孫に受け継がれるようです。おそらく、血筋ではなく御神と得た『縁』ではないかと教皇様は仰っていましたけど」

「縁ねぇ……」


 あの力の塊のことだ。

 おそらく、子孫だからと若干勇者としての判定が残ってるだけな気がする。

 自分が接触を許可した存在にちょっとばかり似てるとか、その程度に。


 フィミアは夢枕に立って声をかけてもらったというが、俺はアレが会話可能な存在だとはとても思えない。

 感じる気配は、もっと原初的な……そう、雄大な自然や災害を目にした時のそれに似ている。

 人間の意図や意志と関係なく在るもの。人間にはどうしようものないもの。

 ……ああ、だから〝淘汰〟などと呼ばれるのか。


「ユルグ、一人で納得していないでこれが何か教えてください」

「待て待て、学のない俺には情報をかみ砕く時間がいる。フィミア、頼むぜ?」

「はい。ええとでは──」


 フィミアの指示で、鍵盤を人差し指で押していく。

 弾いたことはないが、オルガンを演奏しているみたいだ。

 ま、これの場合……押して出るのは音ではなく文字だが。


 鍵盤を押すと、目の前の光に文字が浮かび上がる。

 サランの予想によると、あれは書いたり消したりできる紙みたいなものらしい。

 俺の頭に合わせてわかりやすく説明してくれたんだろうが、ちんぷんかんぷんだ。

 ただ、意味ある文字を打ち込めば情報を引き出すことがわかった。


 表示される文字は俺にしか読めない。

 サラン曰く「古代神聖文字と公用記録古字マリダンが混ざったオリジナルの言葉に見えます」とのことだったが、それを意味するのは直感で意味が分かる俺以外にはこれを使えないということだ。

 おかげで、俺は四苦八苦しながら苦手分野の仕事をする羽目になっている。


「ただいま」

「おう、おかえり。他のエリアはどうだった? ロロ」

「やっぱり、誰もいないし何もいない。かなり強力な結界が張られてるみたい」


 少し疲れた様子で座り込むロロ。

 俺がここで謎の魔法道具アーティファクトにかかりきりになっている間に、この遺構の探索をお願いしたのだ。

 特に危険もなさそうだったし、何よりロロは優秀な斥候だからな。


「居住エリアっぽいのと、倉庫っぽい場所、あとは用途不明な部屋がいくつか。やっぱりここ、要塞か何かだったのかも」

「時代的には第一淘汰と第二淘汰の間くらいのデザインに見えるのですが」

迷宮ダンジョンじゃないから、迷宮歴史学に当てはめるのはどうなんだろう……」

「王国の建築歴史とも照合してますよ。ただ、ここの建材は迷宮ダンジョンのものと変わりがありません」


 つまり、人の手による迷宮ダンジョンである可能性はある。

 そして、それを管理しているのが俺の目の前に在る魔法道具アーティファクトなのだろう。


「それで、何かわかった?」

「どうだかな。こんな得物で何をしてたかってのがわかれば、一番いいんだが」


 俺がそれを口にした瞬間。

 鍵盤からふわりと燐光が漏れ出して、目の前で握りこぶしほどの何かを作り出した。

 それは正方形をした浮遊物で、うっすらとした青い魔法の光を発しながらゆっくりと一定方向に回転する何かだった。


「うお……?」

「ようこそ、不正アクセスの人。あなたの名前を伺ってもよろしいですか?」


 目の前の何かがくるくると回りながら、人間の声には聞こえない声で言葉を発する。

 口もついてないこれが話なんて分かりはしないはずなのに、直感的に『これ』が話しているとわかってしまう。

 つまりこれも聖遺物か〝淘汰〟に関する何かということに違いあるまい。


「名乗る時は自分からってのは、人間だけのルールか?」

「失礼いたしました。当機は管理型人工妖精アスカロン。当施設における責任者にして勇者ダリアン・ウェミロスの聖剣です」


 くるりと回った正方形の物体に、全員が唖然とする。

 まさか会話が成立するとは。俺の戦鎚ウォーハンマーも拭きながら毎晩語りかけたら返事をしてくれるのだろうか。


「それで、あなた方はどちら様ですか?」

「わ……わたくしはフィミア・レーカース。聖人ウェミロスをご存じなのですか?」

「彼は聖人と呼べるような人間ではありません。世界の破滅をちらつかせて女漁りをする浅ましい人物でした」


 辛辣なネタばらしに、思わず吹き出してしまう。

 なんだか、仲間の一人に酷く似ている気がする。


「俺はユルグだ。んで、そいつは聖女で俺は勇者ってことになってる」

「なるほど、当代の勇者という訳ですか。起動できた理由がわかってすっきりしました」

「そりゃどうも。助かったよ、鍵盤よりはお前さんの方が楽ちんだ」

「皆さん、そうおっしゃいます」


 どこか誇らしげな様子でくるくると回るアスカロン。


「初めまして、アスカロン。私はサラン・ゾラーク。学者です。あなたにいくつか尋ねてもよろしいですか?」

「ダメですね」


 塩対応なアスカロンに、さすがのサランも固まる。

 少しいい気味だと思ってしまったが。


「別に嫌がらせで言っているわけではないですよ。当機が所有する情報は、あなた方の世界を決定的に壊す可能性があります。だからこそダリアンは当機をこのような僻地に建造し、封印したのです」

「キミってそんなに危険な存在なの?」

「当機は侵略型〝淘汰〟の一つです。そんなものを聖剣として運用していたダリアンがいかに狂っていたか、ご理解いただけますね?」


 くるくると回るアスカロンが、ため息を吐いた気がした。

 〝淘汰〟だ聖剣だという割には、ずいぶんと人間臭い。


「……わかった。ヤバいことについては答えなくていい。ただ、俺たちは今だ〝淘汰〟のただなかにいるんだ。何のためにここにお前がいるのかだけ教えてくれ」


 俺の言葉に、アスカロンがくるりと回る。


「それはもちろん、神を殺すためです」

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