第12話 石櫃の部屋

 勘を頼りに遺構を進む。

 とはいえ、ある程度は確信めいたものはあった。

 なにせ、ここのところでよく感じるようになった気配が、奥からしているのだから。


「止まれ」


 腕を伸ばして、仲間達を止める。

 通路の終わりが見えてきた。

 ここから先は、斥候の仕事をしなくてはならない。


「魔力的には問題なし」


 先に進もうとする俺の背後で、ロロがそう教えてくれる。

 魔法の罠は俺では見破れないからな。


「おう。床からの反響的に踏み罠はなさそうだが……この先は〝淘汰〟の気配が強い。何かいるかもしれん」

「わたくしも行きますか?」

「いいや、ここで待機してくれ。何かあったら防護魔法を頼む」


 小さく息を吐きだして、慎重に部屋の様子を伺う。

 扉はない。最初からないのか、長い年月で朽ちたのか。

 いずれにせよ、扉罠を警戒する手間が省けた。


 通路の端から静かに部屋の内部を伺う。

 最初の部屋と同じく、半球状をしていて……中央に、長方形の何かが置かれている。

 宝箱なら心が踊りそうだが、あいにくとお宝って感じではないな。


 大きさはデカめの棺くらい。

 材質は、この遺構と同じに見える。


「中に踏み込む」


 俺の言葉に、仲間達が小さくうなずく。

 それを確認して、そっと部屋に足を踏み入れて……壁に沿って歩く。

 まずは全容と罠の有無、後は侵入者対策の魔物モンスターなどがいないかを確かめなくてはならない。


「拍子抜けだな」


 しばしの確認の後、思わずそう漏らす。

 この部屋は、〝淘汰〟の気配ばかり大きいものの、危険はなさそうだった。

 部屋の中央に歩いて行って、造作物を確認する。


 やはり、宝箱ではない。

 しかし、これから放たれる気配は、馴染みのあるものだった。


「みんな、これを見てくれ」

「はい」


 俺の呼びかけに返事をした仲間が、こちらに向かって駆けてくる。

 これは俺にはわからないものだが、フィミアならわかるかもしれない。

 なにせ、これからする〝淘汰〟の気配は……『神』と同じだ。


「フィミア、確認してくれ。おそらく、サルディン正教の何かだと思う」

「……近づくと、わかりますね」


 棺に似た何かに座り込んで、観察するフィミア。

 学のない俺にはわからないが、フィミアは〝聖女〟としてしっかりとした宗教教育を受けた人間だ。

 調べれば何かわかるかもしれない。


「なぜ、これがサルディン正教のものだと?」

「俺の戦鎚ウォーハンマーと同じ気配がすんだよ、これ」


 サランに返事をしながら、背負った漆黒の戦鎚ウォーハンマーにちらりと視線を向ける。

 他の聖遺物を見たことはないがもしかすると、これと同じ気配がするのかもしれない。

 まぁ、とても武器には見えないが。


「私にはわからない感覚ですね」

「得意分野の違いだ。俺の場合、ただの勘だけどな」

「あなたの勘は、おおよそ正解だったりしますからね。いつも理不尽を感じています」


 広い知識で物事を俯瞰するサランにとって、俺のような直感頼りの人間は色々と理解するのが大変なのだろう。

 なんだかんだ言って、こいつは俺の言うことを信じてくれるが。


「すみません、灯りをください」

「ここでいい?」


 フィミアの言葉に、ロロが指先に灯した魔法の灯りを近づける。

 座り込んだフィミアの視線の先、造作物の側面には何か文字が書かれていた。

 あいにく、共通語すら怪しい俺には全く読めなかったが。


「かなり旧い神聖文字です。原教典と同じくらい古い物かもしれません」

「読めるか?」

「少し待ってくださいね」


 フィミアがじっとそれを見つめて、たどたどしく読み上げる。


「『汝が汝らしくあることが、最も汝らしい。成すべきことを成せ。成したいように』」


 フィミアの言葉が、部屋に静かに反響する。

 その瞬間、〝淘汰〟の気配が周囲に溢れ始めた。


「フィミア!」

「大丈夫です。どうやら、キーワードのようですね」


 立ち上がった、フィミアが天井を指さす。

 それに釣られて、見上げると……丸い天井には複雑な模様が浮かび上がっていた。


「念のために聞きますが、危険は?」

「まだわかりませんが、少しだけわかったことがあります」

「伺っても?」

「この部屋──あるいは、この遺構自体が聖遺物である可能性があります」


 そうじゃないかと思ったが、そうだとわかると逆に驚く。

 なにせ、聖遺物というのはどれも勇者が振るった特別な得物ぶきだと聞いていた。

 この部屋は、魔物モンスターを殴るにはあまり向いて無さそうだ。


「ねぇ、アレってなに? しかも、そこのヤツ……形が変わってる!」


 ロロの言葉に天井から目を離すと、向かって正面の壁に楕円形の光が浮かび上がっていた。

 まるで姿見を横にしたような形をしていて、その光は壁自体から漏れ出ているように見える。


「ふむ、罠ではなさそうですね」

「おい、サラン。気を付けろよ?」


 形の変わった棺状の造作物に近寄ったサランが、興味深そうにそれを観察する。

 俺がこの部屋に踏み込んだ時は平坦だった造作物の上面には、いつの間にか葡萄酒ワインのコルクみたいな形の丸い突起が半円形にずらりと並んでいた。


「ふむ……大陸南西部の国にあるとされる『印字鍵盤タイプライター』という道具に似ています。こちらの方がずっと古そうですが」

「『印字鍵盤タイプライター』?」

「魔法の文字を書くための魔法道具アーティファクトですよ。魔法の巻物スクロールの作成に使われているとか」


 魔法の心得がない者でも、魔法の力を利用できる魔法の巻物スクロールは高価な消耗品だ。

 サルディンではほとんど流通していない。

 それが作れる魔法道具アーティファクトとは、なかなか便利そうだ。


「……待てよ? もしかすっと、これも同じか?」


 〝淘汰〟の気配漂う半円形の鍵盤をちらりと見て、俺はこの遺構の秘密に少しだけ胸を高鳴らせる。

 こういうことがあるから、冒険者はやめられないのだ。

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