第9話 ルプス・ランバーズ

 ルプス・ランバーズは変わった男だった。

 よく言えば柔和、悪く言えば弱気な様子なのに、隙がまるで無い。

 このような場所まで一人で森を抜けてくるのだから、相当な実力者であることは間違いないのにその纏う雰囲気はまるで柔らかく、有体に言うとちょっとヘンな奴だ。


 それに恰好。

 冒険者というのはそれなりに奇抜な格好をする奴がそれなりにいるが、こいつの格好は輪をかけておかしかった。

 様々な動物や魔物モンスターの皮革をつぎはぎパッチワークして作ったようなマントに、同じような帽子。

 武器らしい武器は、腰に下がったナイフくらい。

 斥候であるが故に身軽さを前提にしたのかもしれないが、これはさすがに心もとないのではないか。


「お前の情報が役に立った。礼を言う」

「いや、自分はレダ社長に頼まれた仕事をこなしただけなんで」

「レダが踏破しろって言ったのか?」

「行けるところまで調査して来てくれって言われたもんで」


 それで森を抜けちまうとは、なかなかあきれた奴だ。

 優秀なのは認めるが、もしかすると俺同様に得意なことをやりすぎるきらいがあるのかもしれない。


「再調査でこちらに来ているという話ですが、どのような調査を?」

「この湖ですよ。どのくらいの規模なのか確認しようと思いまして。ついでに水中の調査も」

「──」


 ルプスの言葉に、思わず息を飲む。

 サランの話では「触れるな」という話であったはずだが……?


「まさか、この鏡面化した湖を泳いだというのですか!?」

「さすがに中には入ってないですよ。ああ、でも……やっぱりヤバい湖だったのか。生き物の気配が全くしないんで驚いてたんですよ」


 ルプスが小さく息を吐きだして、俺たちに向き直る。


「自分は専門家じゃないんで、この湖が何なのかわからないすけど……『メルシア』が直接調査してるくらいだからそうとうヤバいもんすよね?」

「ああ。できればサランのやつが動くまで他言無用に願いたい。物見遊山で犠牲者が出ちゃシャレにならんからな」


 冒険者というのは、文字通りに冒険するものだ。

 一攫千金を夢見る者もいれば、まだ見ぬ景色にロマンを感じる者もいる。

 そんな連中にとって、この場所は命を懸けるにふさわしい場所になりかねない。


 曲がりなりにも冒険者ギルドの支部長などという立場にある俺からすると、こんなもんのために死なれては寝覚めが悪い。

 なので、あまり情報が広まらないようにしておく必要があった。


「了解です。自分は明日戻る予定なんすけど、持ち帰りの情報があればレダさんとセタさんに伝えておきますが?」

「どうする、サラン。ここの話はしとくか?」

「名前の挙がったお二人には伝えてもらいましょう。ただ、口止めはしておいてください」

「わかりました」


 うなずくルプスに、待っていたらしいロロが口を開く。


「ね、どうやって一人でここまで抜けてきたの?」

「ええと……」

「ごめんね。いけないことだってわかってはいるんだけど……ボクも斥候だから気になっちゃって」


 冒険者に秘密を尋ねるのはあまり行儀の良い事ではない。

 特に初対面の相手に尋ねるのは。

 しかし、俺もこれに関しては少し気になっていた。

 もし、上手い方法があるならば、ここの調査はもっとはかどるようになるかもしれない。


「レダ社長からは何も?」

「デキる斥候だという話は聞いた。もし、短時間で安全にここへ抜けられるルート取りがあるなら教えてくれねぇか? 情報の対価は払うからよ」


 俺の言葉に、ルプスが少し考えたようなそぶりを見せる。

 これはあまり突っ込まない方がよさそうだ。


「悪い。無理強いはしない──それより、コーヒーはどうだ?」

「いただきます。ギルドマスターは酒よりコーヒーが好きだって、本当だったんすね?」

「酒も好きだぜ? だがよ、こんな危険な場所で酔っぱらうと危ねぇだろ?」

「違いない。自分の昔の仲間もそれで大失敗をやらかしましたしね」


 コーヒーが入ったカップを受け取りながら、ルプスが小さく苦笑を見せる。

 こいつもいろいろと苦労してそうな感じだな。


「ルプスさんは最初からレダさんの冒険社カンパニーにおられたわけではないんですか?」

「そうですよ、聖女様。一年ほど前までは、冒険都市アドバンテで別のパーティを率いていました」


 フィミアの言葉に、ルプスが遠い目をする。


「その頃って、ちょうどボクらがマルハスについたころだよね。ちょっと懐かしいかも」

「ある意味、みなさんにも関係あることなんすけどね」

「あン? どういうことだ?」


 ルプス曰く。

 発端は『シルハスタ』の解散であったらしい。

 サランが『メルシア』に加わり、実質的に『シルハスタ』がなくなったのち……冒険都市では新たなるパーティ結成の波が起きた。

 つまり、トップであった『シルハスタ』の後釜を狙っていくつかのパーティが解散、そして再結成の流れとなったのである。


 その流れで、ルプスのパーティは解散の憂き目にあったらしい。


「それは、なんだか悪いことしちゃったな……」

「ロロさんのせいじゃありませんよ。むしろわたくしの行動のせいというか……」

「それを出だしたら、俺の責任でもあるよな」


 ロロ、そしてフィミアと一緒に、思わず肩を落とす。

 まさか、フィミアは俺を追ってきたわけで、実質的には俺が発端と言えるかもしれない。

 いや──そもそも、アルバートの奴がロロを追放するなどと言いだしたことが、問題の原因だろう。


「ルプスさん、謝罪いたします。『シルハスタ』の解散は、私の判断でした」

「ちょ、ちょっとサランさん! 自分はそんなつもりじゃないすよ! 今はレダ社長の下で上手くやってるんで、逆にありがたかったって言うか……」

「でもよ、パーティ解散になっちまったんだろ?」

「いや、それでよかったんです。自分は、パーティに向いてないすから」


 すっくと立ちあがったルプスが「見ててください」と静かに目を閉じる。

 その瞬間、ルプスの纏うつぎはぎのマントが毛皮に変わり、それを纏っていた男は大きな灰色狼に姿を変えていた。


「……〈変わり身メタモルフォーゼ〉? いえ、違いますね。魔法の詠唱がなかった。もしかして、ルプスさんは自然術師ドルイドなのですか?」

「がう」


 サランの質問に、返事をする灰色狼。


「すごい! 始めた会ったよ。国内にはいないなんて言われてたのに」

「わたくしもお会いするのは初めてです。ああ、それで……秘密にされていたのですね?」


 するすると元の姿に戻ったルプスが、小さくうなずく。


「迫害されたり、気味悪がられたりしますからね。これが、森を抜けられた秘密です」

「なるほどな。こりゃ真似できん」


 俺の言葉に、ルプスが「でしょう?」と軽く苦笑して頭をかいた。

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