第8話 鏡面裂溝

 魔法を扱う者には、この湖はかなりのお宝に映るらしい。

 結局、日が暮れるまでああだこうだと調査を続けていたサランは、夕食の席で珍しく興奮していた。

 こんな顔をしたこいつを見ることは、まぁない。


「これは世紀の大発見ですよ。鏡面化することによって亀裂を逆にしたんです」

「そりゃ鏡なんだから逆だろうよ」


 コーヒー豆をミルにかけながら、サランの話を聞く。

 〝人でなし〟が二つ名になりそうなこの男にも、ちゃんと人間らしいところがあったのだと、少しばかり安心する。

 魔法に関する話なので、俺はロロと違って相槌くらいしか打てないが。


「違うよ、ユルグ。文字通りに逆なんだ」

「文字通りにってどういう意味だ」

「この湖を使えば、『銀の正十三角形』が来た世界にいけるってことですよ」


 ロロへの質問に横から答えるサラン。

 その言葉に、俺はミルを回す手を止める。


「は?」

「だから、この湖は別の世界に繋がっているということです。空の亀裂を鏡面化現象によって封印した際に、〝淘汰〟の方向性を逆転させたのです」

「なら、なんで『銀の正十三角形』がここに在る?」


 俺の素朴な質問に、サランが首をかしげる。

 そして少しばかり唸った後に、推察を口にした。


「おそらく、双方向性なのだと思います。……だとすれば、逆の逆の可能性も……? では、本来の〝淘汰〟とは……」


 ダメだ、説明しながら自問体勢に入りやがった。

 こうなるとしばらく放っておくしかない。


「フィミアは何かわかるか?」

「わたくしにはさっぱり。でも、漂う魔力からはうっすらと勇者の気配がします。これもまた神の力を受けた奇跡の一つなのでしょう」


 物は言いようだ。

 この世界あらざるところにいる、高次元存在。

 サランなんて目じゃないくらいの〝人でなしかみ〟から、『力』を引き出して揮うのが勇者という人間だ。


 つまり、この世界に根差しているだけで根っこは〝淘汰〟と何も変わらない。


 向こうの世界に繋がっているというなら、俺があの湖に飛び込めば、向こうの世界では俺が〝淘汰〟となる可能性が高い。

 つまり、在りようの話なのだ。

 『銀の正十三角形』にしたって、本質はただの現象に過ぎない。

 その存在に引っ張られた人間や魔物モンスターがこの世界に牙をむいて、その在り様に近づいていくだけの話なのだ。


「ねぇ、『銀の正十三角形』をこの中に投げ込んだら解決したりしない? 元は向こうから来たものなんでしょ?」

「それは考えないでもないが、向こうで厄介だからここに投げ込んだんじゃないのか?」

「だからって迷惑すぎるよ」


 ロロの言うことは最もなのだが、その解決法は最後の手段として取っておきたい。

 『銀の正十三角形』は、すでに俺たちの世界に半分馴染んでしまっている。

 送り返したところで、またあちらで〝淘汰〟となる可能性が高い。


「……ん? 待てよ?」

「気づきましたか、ユルグ」

「ああ、まさかって話だが……そもそも俺たちの世界のブツだったんじゃないか、あれ」


 俺の言葉にサランが頷き、ロロとフィミアが驚いた顔を見せる。

 どうやら、サランは俺よりも先にこのことに思い当たったらしい。


「可能性としては、って話ですけどね」

「こっちからどうやって投げ捨てたかって話もあるし……そうだったとして、どういう経緯かはもうわかんねぇけどな」


 サランと二人でうなずき合う。

 そもそもこの世界の脅威だった何かを、別世界に何らかの方法で送りこみ、それを投げ返されたという可能性は無きにしも非ず、という感覚だ。

 いくらかの納得いくだけで、事実や真実はわかったもんじゃないが。


「ま、考えても仕方ねぇ。事実として『銀の正十三角形』はここに在るんだ。俺たちで何とかするしかねぇだろ」

「そうですね。少なくとも、わたくし達はその〝淘汰〟を二度も退けています。わたくし達で解決することこそ、神意だと感じます」


 フィミアが聖職者らしい言葉を口に出す。

 当の勇者は、それ全く信じられなくなってしまったが、アレを説明しようと思うと『神』としか言いようがない。

 俺たちのことなんて、まったくどうでもいいと思っている『力の塊』だったりするが、聖職者の言葉で力を貸してくれるのだから、まぁ、『神』でもいいだろう。


「それにしたって、こんなものがあるんじゃ、あんまり踏破されるわけにはいかないね……」

「確かに、言われてみればそうですね。まずは、こんなものがあったことを王に報告しなくてはならないのが、難儀です」

「わたくしから教皇猊下にお伝えしますか? 陛下にも伝わると思いますが」


 フィミアの言葉に、サランが首を振る。


「あなたから報告があがっているのに、私から報告がないとなると軽んじられていると判断される可能性があります。二人同時に秘匿書簡でお送るしかないでしょう」

「そうですね。すみません、サランさん」

「いいえ。お気遣いはありがたく」


 貴族社会というのは相変わらず面倒くさいらしい。

 しかし、あの王ならばこれについても間違いない判断を下すはずだ。

 一度ばかり謁見しただけだが、それだけで十分にそれが理解できてしまう。


「それで? 調査は明日も続行か?」


 淹れたてのコーヒーを差し出しながら、サランに尋ねる。

 湯気立つカップを受け取った参謀役は、小さく首を左右に振った。


「いいえ、必要なことについては既に調べ終わりました。と、言うよりも……私個人でできる調査の範疇を越えています。王国の指示を仰ぎ、必要ならば調査団を派遣していただきます」

「ここまで大人数で? 半分は食われるぞ」

「ですよね。その上、我々が案内人を務めることになるでしょう」

「勘弁してくれ……」


 ここは、戦うことも逃げることもできないようなずぶの素人が入ってこれる場所じゃない。

 俺たちが護衛したって、確実に犠牲者は出る。

 もう、いっそ見なかったことにできないだろうか……。


「その対策も含めて、明日は別ルートでの進入ができないか南下して調査しましょう。最悪、山を多少越えることになっても、未踏破地域よりはましです」

「だね。正直言うとボクは帰りは別ルートで帰りたいと思ってるくらいだよ」

「わたくしも同感です。なんだか、魔物モンスターの危険度がここに近づけさせたくないかのような気配ですよね」


 フィミアの言葉に、俺もロロも、そしてサランもはっとした顔をしてしまう。

 ここに至るまで、まるで気が付かなかった。

 進めば進むほど危険になるという先入観があったのだ。

 本来、一番危険なのは『銀の正十三角形』が眠る迷宮ダンジョンの入り口付近……つまり、深層監視哨が最も危険になってもおかしくないはずなのに。


「あれ? こんなとこで誰かと思ったら。ギルドマスターさんじゃないすか」


 唖然とする中、突然……暗闇から声がした。


「──誰だ!?」


 得物を手に立ち上がる俺に、暗闇から一人の男が両手を上げたまま姿を現す。


「驚かせてすいません。自分はレダ冒険社カンパニー所属、ルプス・ランバーズって言います。どうぞよろしくです」


 毛皮をつぎはぎしたマントを纏った男が、小さく苦笑しながらそう名乗った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る