第7話 森を抜けた先には

 未踏破地域を『踏破』する道行は、なかなかに骨が折れた。

 まさか、森巨人フォレストジャイアントがいるなんて思わなかったし、まさか大蠍蜘蛛ダダバンティアの巣まであるとは。

 しかし、ここが巨大迷宮ダンジョンの地上部分であると考えれば、そういうことがあっても別段おかしくはないと思い直した。

 むしろ、森という生態系に合わせて魔物モンスターが生息している分だけ親切とすら思える。


「……気配が薄くなってきた。そろそろ出口だな」


 並ぶ木々の向こうに、日差しが見えた。

 迷宮ダンジョンとしての圧力も薄くなり始めていて、ようやく俺は森の端に到達したことを実感する。


 深層監視哨を出発して、五日目の朝。

 ようやく俺たちは、未踏破地域を抜けることに成功した。


「かなり手間取っちゃったね」

「ああ。だが、さらに深部の調査も出来たし、今後の役に立つだろ。なぁ? サラン」

「ええ。興味深い資料になります。例えば、この森が何のために在るのかもね」


 意味深な事を口にする陰険眼鏡を問い詰めたい気持ちはあるが、まずはこの先の状況を確認しなくてはならない。


「先行警戒に出る」

「ボクも行こうか?」

「いいや、いつも通り俺だけで大丈夫だ。危険な気配はしないが……念のため、残ってくれ」

「わかった」


 仲間達に頷いて、俺は森の切れ目に向かって足音を殺して歩いていく。

 やばいところを数日歩いていたおかげか、ずいぶんと勘が戻ってきた。

 迷宮ダンジョンに潜る前のリハビリとしては丁度よかったのかもしれない。


「お……なるほどな」


 森を抜けた先は少しばかりの平野。

 そして、その先には青空を映してきらめく湖と、平野の終わりを示すリデコール山があった。

 レダから受けた報告の通りだ。


 周囲を確認するが、危険はない。魔物の気配もなく、安全そうだ。

 迷宮ダンジョンとしての森を抜けたので、ある意味で安全地帯になっているのかもしれない。


「よし、問題ないな」


 森に向かって合図して、仲間達を待つ。

 しばしすると、ロロを先頭にフィミアとサランがこちらへと向かってきた。


「なんだか、すがすがしい気分ですね」


 平原を抜ける風に髪を揺らしながら、フィミアが小さく笑う。

 森の中ではずっと緊張していたので、この景色に気が緩むのはわからないでもない。

 きっと、俺たち全員がそうなのだと思う。


「報告と地図の通りですね。では、森の外縁に沿って南下を開始しましょう」

「待て、サラン。俺はあれが気になっている」

「……湖、ですか」


 計画的には、このまま南下するルートをとる予定だったのだが、どうにも俺は先に見える湖が気になってしまった。

 言葉で美味く言い表せないのだが、違和感があるのだ。


「わたくしも、ユルグに賛成です。あの湖は少し奇妙な気配です。調査が必要かもしれません」

「ふむ。毎度森を抜けるのも事ですし、お二人がそう言うのであれば調査に向かいましょう。日が暮れる前に野営地を定める必要がありますし、丁度いいかもしれませんね」


 つま先を湖に向け直したサランが、俺たちに沿う頷いた。


 ◆


「厄介なものを見つけてしまいましたよ、これは……!」


 湖に到着した俺たちは、唖然とした。

 そんな中、一番最初に口を開いたのはサランである。


「皆さん、間違っても触れないように。水面のように見えますが、これは魔力マナのの滞留による鏡面化現象です」

「それよりも、見て。景色が少しずつ変わってる……街みたいなのも、見えるよ?」


 サランとロロから一歩引いた場所で、俺は軽く動揺していた。

 俺と同じく、その気配を察したフィミアが俺の腕をぎゅっと抱く。

 この様子だと、俺の感覚は間違っていないらしい。


 これは──〝淘汰〟だ。


「フィミア、これってよ……」

「はい。おそらくですが、第二〝淘汰〟である『裂界事変』に関するものだと思います」

「てことは何だ? これは世界の裂け目ってことか? 空に在るんじゃなかったのかよ?」

「わかりません。ですが……そう考えるのが自然なような気がします」


 湖の大きさはそれなりだ。

 こんなでかい裂け目が世界に開いてるなんて、さすがに信じられない。


「サラン、ロロ。そこから離れろ。それは〝淘汰〟だ」


 俺の言葉に、二人が驚いた様子で後ろに下がる。

 教皇から聞いた話は、かなりかいつまんで話したので『裂界事変』については話さなかった。

 フィミアと二人でそう決めた。

 ロロとサランを信用しなかったわけではないが、〝淘汰〟に関することは軽々しく知らせるべきではないと判断したからだ。


「なん、ですって……!?」

「どういうこと? ユルグ」


 俺の元に駆けてくる二人を見て、フィミアと二人でうなずき合う。

 見つけてしまった以上、もう隠すべきではない。


「『銀の正十三角形』がこの世界に現れるきっかけになった、この世界で二つ目の〝淘汰〟。それが、その湖の正体だ。『裂界』という。空が裂けたって話だが、どうしてだかここに在る」

「……なるほど。それで」


 サランが眼鏡を押して小さくうなずく。

 これだけの情報で何を理解したのかはわからないが、何か納得する点があったらしい。


「二代目の勇者殿は、魔法に長けた人だったんですか? フィミア」

「わかりません。ですが、伝承では『空を閉じた』と……」

「大量の魔力を水面に放射して湖を魔力マナで鏡面化し、空にできた〝淘汰〟をここに反射させたのでしょう。それで、そのまま概念化を引き起こしてここに空を封じ込めた。鮮やかな手並みですが、その場しのぎが過ぎますね」


 魔術師ではない俺には、サランが何を言っているのかわからない。

 だが、この〝淘汰〟が中途半端にしか解決されていないという事実はわかった。


「ええと……ざっくり言うと、すごく大きな空を映す鏡を作って、〝淘汰〟をここに封じ込めたってこと」

「そんなことできんのか?」

「できたから勇者なんでしょうね」


 サランの言葉に、やや納得する。

 俺だって、勇者の力を揮えば、余人の及ばぬ怪力を使うことができる。

 魔法の力を上手く使える勇者が、そういった〝淘汰〟の力を揮ったという事なのだろう。


「これは、調査が難航しますよ。まず、この場所の安全性を確認しなくては」


 どこか嬉々とした様子で、サランが湖を振り返った。

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