第6話 焚火を囲んで

「ちょっと想像以上だったね」


 小枝を焚火に投げ入れつつ、ロロがそう漏らす。

 わからないでもない。

 往復一週間。片道三日程度と見積もっていたが、これは行程スケジュールを見直す必要があるかもしれない。


 ……その相談をするべきサランは、目を回して寝込んでいるが。


 なまった身体で危険区域の進行、しかも得体のしれない認知阻害まである。

 俺だって、かなりの疲労を感じているくらいだ。

 あいつにはなかなかきつかろう。


「こんな事ならグレグレを連れてくりゃ良かったな」

「当初は迷宮ダンジョン調査の計画でしたしね」


 ミルクと蜂蜜がたっぷり入ったコーヒーをちびちびと飲みながら、フィミアが小さく苦笑する。

 それに頷いて、俺は闇に佇む森をじっと見た。


 レダのとこにいる斥候ってのは、一体何者なんだろうか。

 やはり、一度会ってみたい。

 こんな危険で意味不明な場所を、たった一週間で行き来できるなんて手練れも手練れだ。

 おそらく二つ名持ちだと思うが、今のところ冒険者ギルドの名簿上にそんなヤツはいなかった。


 謎は深まるばかりである。


「抜けた場所はどのようなところなのでしょう?」

「北東山脈──リデコール山の麓に出ると言っていた。湖と、少しの平野って報告だが……俺たちは、そこまで行ったら南下しつつ東に向かって、森の切れ目を探す」

「森を戻らないのですか?」

「それもありだと思ったんだがよ、マルハスと逆の境界域を調査しておきたい」


 そこが王国内なのか隣国なのかで話は変わってくるが、サランのプランに『大陸横断鉄道』を開通させるという野望がある。

 それをマルハス近郊に誘致しようと思えば、どういったルートになるのか、どこが比較的安全に切り拓けるかを調べなくてはならないのだ。


 これまで『王国の東端』はマルハスだった。

 大陸の中央や東部へとに行くには、南に在るヘレツェ都市連合国を経由して行くしかなかったが、この森を踏破できるなら話は変わってくる。

 この場所の安全をある程度でも確保して反対側に抜けることができるようになれば、王国の地図が変わるのだ。


 国土の拡大に、通商路の確保、さらに『大陸横断鉄道』の開通となれば……いよいよサランのやつは大貴族になれるかもしれない。

 そうなれば、マルハスはさらに大きくなる。

 やがて、人間の力で迷宮を貪りつくし……『銀の正十三角形』を跡形もなく踏み荒らすかもしれない。

 そう、俺たちは『人間による大暴走スタンピード』を〝淘汰〟にぶつけてやれるのだ。


「おっと、ユルグがまた難しいことを考えてるよ?」

「本当ですね。貫禄が出てきたというべきか、らしくないというべきか迷うところですけど」

「こんな場所で知恵熱でも出されちゃ困るんだけどなあ」

「では、わたくしが寝かしつけることにしましょう」


 ……相変わらず仲がいいんだよな、お前らって。

 そういうところが、誤解の原因なんだぞ?


「熱が出たらフィミアの魔法で治しゃいいだろうが」

「ユルグ、日々の健康は自らで管理するものですよ」

「聖職者ぶりやがって」

「わたくし、これでも聖女ですから」


 ころころと笑いながら、フィミアが俺の手を取る。


「悩み事や考え事があるなら、話してくださいといつも言っているでしょう?」

「そういう深刻なヤツじゃねぇよ。今後の展望みたいなもんだ。だが、まあ……確かに俺向きじゃねぇな。サランに丸投げしちまおう」


 フィミアの言う通り、少しなかった。

 勇者やらギルマスやらって肩書に、意識が引っ張られ過ぎているのかもしれない。

 バカの〝悪たれ〟らしく、俺は目の前の事を片付けることに注力すればいい。

 俺たちは、ずっとそういう役割分担でやってきたのだから。


「ふふ」


 俺たちを見ていた、ロロが小さく笑いをこぼす。


「どうした?」

「ううん。なんだか、感無量と言うか……安心したって言うか」

「あン?」

「そうやってユルグとフィミアが仲良くしているのを見るとさ、収まるところに収まったなって」


 そう笑いながら、ロロは空を見上げる。

 木々の隙間からわずかにのぞく夜空を見ているのだろう。

 ロロは、星空が好きだから。


「アルバートに『シルハスタ』を追い出された時、心配だったんだよね」

「どういうことだ? 心配?」


 俺が質問する隣で、フィミアがじわりと視線を逸らす。


「フィミアはキミのことが気になってて、キミはフィミアの事を全然見てなかったでしょ? しかも、アルバートがフィミアの尻を追いかけまわしてた」

「あー……まぁ、そうだよな」

「それでもってフィミアはフィミアで、ユルグに全然アプローチしないで日和ひよってばかりだし」


 ちらりと隣の聖女を見れば、今度は耳までふさいでいる。

 どうも、俺だけでなくフィミアにとっても耳の痛い話らしい。


「相談に乗ったり、アルバートをそれとなく遠ざけたりしているうちに、ユルグったらボクとフィミアの仲を勘違いまでしてたし……ホント、大変だったんだから」

「でもよぉ、お前らよく二人でいたからてっきりそうなんだと」

「そこはボクも反省点。フィミアもね」


 軽く苦笑して、コーヒーを一口飲むロロ。


「仕方ないじゃないですか! わたくし、恋愛なんてしたことなかったですし、〝聖女〟のお役目をいただいてましたし……」

「それはそうなんだけどさ。でも、それ考えるとサランはどういうつもりだったんだろう?」

「──聖女の見出した人材を、『シルハスタ』に取り込むつもりだったんですよ」


 不意に、陰険眼鏡の声がテントの中からした。


「その時はまだ聖女の選定など眉唾だと思っていましたし、おそらく聖騎士か何かが適当に選ばれると思っていました。その人間を『シルハスタ』に組み入れて運用する計画だったんです」


 なるほど。

 聖騎士で勇者なヤツと聖女のコンビがいるパーティともなれば、国選パーティは間違いない。

 その運用を任された参謀ともなれば、大きな功績に繋がるだろう。

 女のために功を焦っていたという話は以前に聞いたが、やることが今にも増して荒っぽい。


「それが、こんなことになるなんて……。私にも読めない盤面がいくつもあると知って、些か落ち込んでいます」

「おいおい、しっかりしろよ〝指し手〟だろ?」

「勝手に動く駒が、勝手に盤面を変えがちなので、苦労しますよ、〝指し手〟はね」


 サランの小言に思わず三人で苦笑する。


「それを上手くやんのが、お前だろうが。コーヒー、飲むか?」

「いただきます。せっかくなので明日の方針について、少し詰めましょう」


 テントから出てきた参謀役が、小さくため息をついて焚火の前に座った。

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