第5話 森を進む

迷宮ダンジョン地下二階の調査を依頼します。その上で、我々『メルシア』による未踏破地域の突破を目指しましょう」

「それがあんた達の決めたことなら、あたし達は従うだけさ」


 サランの決定に、レダが頷く。

 ギルド駐在所の一階には、レダと活動域をここに定める主だったパーティのリーダーが集まっており、俺たちの方針をじっと聞いていた。


「地下二階部分に繋がる階段は五か所っす。役割を分担していくべきですかね?」

「地図屋を連れて一か所ずつ確実に行くべきじゃ……」


新しくパーティを結成したノートンとコルトスが意見の相違を見せる。

 こいつらの言う通り、そこは少し迷うところだ。

 効率を重視して一気に確認すればリスクは当然高くなる。

 当然、地図作成者の安全性にも問題が出るだろう。


「ギルマスの意見はどうです?」


 セタに話を振られて、俺はまとまらないながら考えを口にした。


「地下二階の調査をそこまで急ぐことはねぇ。だが、一か所にパーティが殺到というのもちとまずい。折衷案だ──冒険者と冒険社カンパニーで一か所ずつ攻めろ。地図屋は多めに連れて行け。大事なのは観察と観測と考察だ」


 誰もがサランほどにうまくやるとは思っていない。

 だが、お互いの知恵と知識を持ち寄れば、必ず有用な情報がまとまってくるはずだ。


「武装商人の立ち入りも許可を出す。セタ、迷宮商店が設置できる場所があれば、営業許可も出すと伝えてくれ」

「了解です、マスター。査定はどうします?」

「ここの連中なら無茶しないと踏んだ。冒険者信用度スコアには色を付けてやってくれ」


 俺の言葉に、レダを始めとしたリーダーたちが小さく声を漏らす。

 冒険者にとって、金の次に重要なものだ。

 己が実績を公的に表すもの。それが冒険者信用度スコアである。


「方針は決まりましたね。迷宮ダンジョン組と周辺警戒組の割合は大丈夫でしょうか?」

「それはこっちである程度調整するよ。迷宮ダンジョンに行きたい連中が多かったら、ウチの冒険社カンパニーで警戒はカバーする」

「では、そのように。他に何かありますか?」


 サランの言葉に、おずおずと手を上げる冒険者が一人。

 新市街立ち上げ時から居た中年の冒険者だ。


「生活系魔法が得意な魔術師を派遣してもらえないだろうか。さすがにリマナの嬢ちゃん一人じゃ回らねぇし、武装商人に頼むと高くつく」

「どのような魔法が必要ですか?」

「まずは水が足りない。小川まで汲みに行くこともできるが、危険なんだ。それと、やっぱ〈清潔〉だな」


 水が足りないのは確かにまずい。

 飲料水にしても生活用水にしても必要不可欠だし、ここだと魔法に頼らざるを得ない。


「水については共用で使用できる魔法道具アーティファクトを用意します。〈清潔〉については、教会に掛け合ってみましょう」

「ああ。どっちにしても教会からここに神官を派遣したいという申し出はあった。〈清潔〉の魔法が使えるヤツを派遣してもらおう」


 〈清潔〉は真言魔法のカテゴリーに属する生活魔法ではあるが、実は習得している聖職者も多い。

 病の蔓延を予防するためには、この魔法が不可欠だからだ。

 加えて、習得が容易いこともある。

 あいにく俺には魔法の才能が全くなくて、何度練習しても使えなかったが。


「他になければ、これにて解散とします。セタさん、リマナさん。各種依頼の発行をお願いします」


 サランの言葉に、二人が頷く。

 ギルドマスターの俺より様になってるのはちょっと納得いかないが……ま、面倒がなくていいか。



「どうだ、ロロ?」

「うん。かなり方向感覚を狂わされてる感じがする。森を抜けたって人、相当な手練れだね」


 ロロの言葉に、小さくうなずいて返す。

 深層監視哨から東に足を進めているが、これはなかなかひどい有様だ。

 太陽が東にあるというのに、そちらが南だと感じる。

 あと、十数メートルも進めば、またこの感覚も変化するに違いない。

 ロロと二人でお互いに声を掛け合って、修正はするがこれはなかなかきついな。


「ボクよりユルグの方が影響が少ないみたい」

「経験の差か?」

「ううん。きっと、『銀の正十三角形』への耐性じゃないかな」


 なるほど。

 この歪んだ感覚は確かにあの神を前にしたときのものに似てはいる。

 この地に馴染んだと言っても、やはり理解できないものは理解できないままに残るか。


「そうなると、レダんとこの斥候って何もんなんだ?」

「ユルグみたいに〝淘汰〟に耐性のある人なのかも。どこか、別の聖女が見出した勇者とか」

「まあ、会った時に確認するしかねぇな」


 勇者が他にいるなら、少し会ってみたいという気持ちはある。

 なにせ、俺というやつはそういう実感が全くないからな。

 フィミアのためにそれらしく振舞って見せることはあれども、勇者としての自覚はほぼほぼ皆無だ。

 先輩がいるなら、是非ともご教示願いたいところがある。


 ──勇者とは、なんたるかを。


「いったんここで止まろう。二人を呼んでくるよ」

「おう、頼んだ」


 一人での先行警戒は危険だということで、ロロとの二人体制で進んでいるが……これ以上に認知の歪みがあるようなら四人まとまって鈍歩進行の方がいいかもしれない。

 幸い、魔物モンスターはそこまでの脅威ではない。

 避けるべき魔物モンスターは避けられているし、遭遇したヤツはロロと二人で片づけられている。


 地図によれば、そろそろ迷宮ダンジョンの影響域を抜けるはずだが……相手は〝淘汰〟だ。

 この先もどんな影響があるかわからない。


「ユルグ、大丈夫ですか?」


 長考していた俺の肩にフィミアが触れる。

 いかんいかん。迷宮ダンジョンのど真ん中で考え事なんてするもんじゃない。


「ああ、問題ない。それより、疲れてないか?」

「わたくしは、大丈夫です。ですが……」


 フィミアの視線の先には、少しばかり顔色の悪いサランがいる。

 何でも理詰めにしたいあいつにとっちゃ、この得体のしれない場所は少しばかり気疲れがひどいようだ。


「あと少し進んだら、早いところ手堅い場所を探して野営の準備を進めよう」

「私は大丈夫です。問題ありません」

「問題ありそうに見えてんだよ。お前がいないと、踏破ルートの策定もうまくいかねぇんだからな」


 軽くため息を吐きながら、サランの肩をバシバシと叩く。

 少し気合を入れてやらないとな。


 ……でなきゃ、この先は呑まれるかもしれない。


「ロロ、ここから先は固まって鈍歩で行く。突出は俺、ロロは周辺警戒だ」

「わかった。サラン、あと少しだけ頑張ってね」


 にこりと笑うロロに、サランが目を細めて頷いた。

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