第4話 レダ社長

「セタとリマナ? あの二人はいつもそんなもんさ。さぁ、仕事の話を始めようか」


 ギルド駐在所で一通りの話を聞いた俺とサランは、野営準備を進めるロロとフィミアに一声かけて、レダ冒険社カンパニーの拠点となっている大型テントに来ていた。

 当初は冒険社カンパニーでなく、冒険者たちに任せようと思っていたのだが、サランの提案で『ギルドと連携した冒険社カンパニーを一つは派遣するべき』との意見を受けて、こういう形になっている。


 衝突があるかと思ったが、今のところ冒険者たちからも不満は上がっていない……と、セタとリマナからは報告があった。

 どうやら、レダはうまいことをやってくれているようだ。


「冒険者とも上手くやってるようですね」

「当り前さ。あたしらだって冒険者なんだから。群れてるか、群れてないかってだけの話さ。それに、あたしはギルマスに惚れてんだ」

「あン?」

「あんた、前に言ってたじゃないか。マルハスにいる冒険者は、全員がパーティなんだって」

「ああ、確かに言ったな」


 個人がどうの、パーティがどうの、果ては冒険社カンパニーがどうのって話が面倒になって、全員が『マルハス』ってパーティのメンバーでいいんじゃないかって話はレダにした記憶がある。


「あれは痺れたね。全員がパーティってことは、全員が家族ってことさ。あたしにとってはね。みんなのためにママの役目だってやってみせるさ」

「ああ、それで……」


 サランが小さく肩を揺らした。

 人前で笑うことが少ないこいつが珍しいことだ。


「どうした?」

「彼女、ここで〝大母ビッグママ〟って呼ばれてるんですよ」

「笑うんじゃないよ、陰険眼鏡!」


 俺の知らないところで、ずいぶんと深層監視哨ここを助けてくれたようだ、この〝大母ビッグママ〟は。

 現場まで俺の目が行き届いていない現状、こうしたリーダーシップをとってくれるヤツはかなり助かる。


「とはいえ、それについてはお礼を。やはり、少しばかり懸念はありましたから。あなたに任せて正解でした、レダ」

「あんたに褒められるのは悪い気はしないね。……さて、そろそろ本題だ」


 雰囲気をややきりりとさせたレダが、テーブルの上にデカい地図を広げる。

 様々な書き込みが加えられた、かなり詳細な未踏破地域の地図だ。


「これが森の地図。同じ縮尺の迷宮一階の地図がこれ。二つを合わせて差異を示したのがこれだ」


 重ね合わせるようにして、置かれたそれを見たサランの顔が少し変わった。

 かくいう俺も、驚きを隠せなかったが。


「地上分布の方が広いな」

「ええ。少し謎が増えてしまいましたね」


 迷宮ダンジョンというのは、基本的にどの階層もほとんど同じ広さだ。

 しかし、この地図を見る限り迷宮ダンジョンの地上への影響範囲は、地下一階よりかなり広い。


「水没部分が関係してるか?」

「その可能性はありますね。あとは……地下二階が広いのかもしれません」


 悩む俺たちに、レダが思い出したかのように一つの事実を告げる。


「ああ、それと……うちの斥候が森を反対側に抜けた」

「なんだと? 無事なのか?」

「ああ。かなり迂回することになったけど、森の向こうはリデコール山の麓だったらしい。ざっと外縁地図を描いて戻ってきた」


 羊皮紙をテーブルに置いて、レダが驚く俺たちに笑う。

 少数精鋭の冒険社カンパニーだとは聞いていたが、まさか森を抜けるとは優秀が過ぎる。

 ……正直、今回の現場で俺が抜けてやろうと考えていたので、少々悔しい気持ちだ。


「そいつ、ここに呼べるか?」

「それがさ、確かめたいことがあるとかって、また森抜けを敢行中なんだよ。一週間くらいで戻ってくると思うけど」


 レダの言葉を聞いて、しばし考える。

 優先順位を決めなくてはならない。


 この未踏破地域は進めば進むほど方向感覚が狂う何かしらの影響がある。

 おそらく、『銀の正十三角形』による摂理の乱れが認知に歪みをもたらしているのだ。

 それ故、その影響かぎりぎり重篤化しないここに迷宮ダンジョン拠点を設置した。


 しかし、事実として一人抜けているのなら、もう未踏破地域ではない。

 前例があるなら森を抜けて反対側の調査を始めていい頃合いとも言える。

 斥候の足で往復一週間。

 片道三日程度なら、今回の調査は情報収集と迷宮ダンジョン地下への突入が目的だったが、空振りに終わる可能性があるなら確実性のある反対側の成果を求めたほうがいいかもしれない。


「ユルグ、答えを急ぎ過ぎるものではありません。気持ちはわかりますがね」

「ああ、悪い癖だ。お前のプランに任せる」


 俺の言葉に頷いたサランが、レダに向き直る。


「レダさん。貴重な情報をありがとうございます。いったん持ち帰って、仲間とも話したうえで、明日に方針会議を開きたいと思います」

「それがいいね。あたしらはあんたらの使い走りだ。必要なこと、必要なものを聞いて、ただ走るだけさ」

「ごらんなさい、ユルグ。これが正しい駒の態度というものです」

「悪かったな、態度の悪い駒でよ」


 軽口を応酬する俺たちに、レダが笑う。

 冒険者の頭目らしい、豪快な声で。


「人でなしの陰険眼鏡は言うことが違うね。さすがは〝指し手〟だね」

「ええ、しかし安心してください。私は駒をぞんざいには扱いませんから」

「知ってるよ。あんた、貴族にしてはちょっと甘いところがあるからね」


 レダに笑われて、サランがやや憮然とした顔を晒す。

 まぁ、昔に比べれば少しばかり丸くなった。

 それが、甘さに見えるのかもしれない。


「どうも、あなたは私に少し誤解があるようですね?」

「酒の席に出てこないのが悪いのさ」

「……いい酒を用意します。説教を覚悟してくださいよ? レダ・マッカート」

「いいねぇ。貴族の御曹司が飲み比べであたしに勝てると思わないけど」


 冒険者らしい、いい煽り文句だ。

 サランとて冒険者の端くれであれば、これを受けるしかない。


「いいでしょう。ただし、仕事が終わってからです」

「首を洗って待ってな。絶対潰してベロンベロンにしてやるからね」


 小さなため息をついて立ち上がるサラン。

 冷静そうに見えて、眼鏡の奥で細められた目はやる気だ。

 ようやくこいつも冒険者の流儀に染まってきたな。


「行きますよ、ユルグ」

「おう。ああ、そうだ……レダ、踏破したってヤツに褒賞を出したい。冒険社カンパニーとしてどういう受け入れになんのかわかんねぇから、明日にでも教えてくれ」

「あいよ。それじゃあ、また明日!」


 にかりと快活に笑った女社長に軽く手を上げて、俺たちはレダ冒険社カンパニーのテントを後にした。

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