第3話 深層監視哨の賑わい

「さて、ようやく現場だ」


 王国からグレッグ達『王立第三軍団』、そして教会本部から『聖律隊』がそれぞれ到着し、受け入れと連携について話し合われてから一週間。

 俺たち『メルシア』は、深層監視哨へと足を運んでいた。

 俺が最初に踏み込んだ時には、魔物蠢く鬱蒼とした森だったが、今は冒険者の姿もそれなりに見かける。


 駆け出しと中堅、そして手練れの住みわけが上手くいったおかげか、都市の収益もかなり上がっていると、サランから聞いた。

 豊かになれば、儲かると踏んだ冒険者たちがマルハスにやってくるし、その分うろつく魔物モンスターも減る。

 加えて、未知の迷宮ダンジョンがあるとなればここはもっと賑やかになるはずだ。


 そうして、ここの――『銀の正十三角形』の力を、削いでやれば〝淘汰〟は遠ざかる。

 いずれは、この世界の摂理に呑まれて正常化することがあるかもしれない。

 ……ま、俺としては最深部に在ると考えられる本体を何とかしたいところだが。


「ここに来るのも少しぶりだね」

「ああ、整備した甲斐がある。ちょっとした町みたいだ」


 整然と並ぶテントに加え、ところどころには武装商人の露店もある。

 この様子だと、迷宮ダンジョンに潜っている武装商人もいるだろうし、調査環境が整いつつあるようだ。


「ギルマス! よく来てくれた!」

「レダ! 悪いな任せっきりで」


 精悍な顔つきをした褐色の女戦士が、俺たちの元へとかけてくる。

 『レダ冒険社カンパニー』の社長であるレダ・マッカートだ。


「なんだ、少しばかり髪が伸びたか?」

「ここには床屋がないからね。そろそろナイフで切るよ」


 最初に顔を合わせた時のコイツは、ベリーショートな髪型だったが、今は結構伸びてる。

 かと言って、特に女扱いする気もないが。

 荒くれた冒険者どもを束ねて、前線で指揮を執る頭目なのだ、レダは。

 そんなヤツを女だからと気を遣ったり、ましてや侮ったりすれば失礼ってもんだろう。


「雑談しに来たわけじゃないんだろ? 進捗と併せていくつか知らせたい情報もある」

「わかった。あとでテントに寄らせてもらう」

「そこの眼鏡野郎も一緒に」

「レダ社長、私にはサラン・ゾラークという名があるのですよ?」


 俺の背後で、サランが小さくため息を吐く。

 この手の人間は俺で耐性があるはずなのに、サランはややレダを苦手としているらしい。

 こいつが苦い顔をしているのは、少しばかりいい気味だ。


 ただ、レダの方はサランを適切に評価している様で、話し合いの際には「必ず呼べ」と念を押される。

 傍若無人で慇懃無礼になりがちなサランを嫌がる冒険者もいるので、こういうところは少しありがたい。


「わかったよ、陰険眼鏡。それじゃあ、また後で」


 軽く笑いながら、その場を離れるレダ。

 冒険者の頭目らしい態度に、またもやサランがため息を吐く。


「どうしてこう、冒険者というのは……」

「お前も冒険者だろ。いい加減慣れろよ、余所行きじゃない態度をとってくれてる分、お前のことを気に入ってんだ」

「さすが、失礼代表は言うことがおおらかですね」


 そうやって、皮肉るからお前は誤解されるんだ。

 もう少し人の好意を気安く受け入れればいいのに。

 ……まぁ、俺が言えた義理ではないか。


「それにしても随分と賑やかになったね。見て、屋台まである」


 ロロの指さす先を見ると、肉串やスープを売る屋台がいくつかあった。

 あれも武装商人だろうが、なるほど。

 料理が不得手だったりする冒険者相手には、いい商売かもしれない。


「これはもう少し拡張した方がいいでしょうか?」

「狭小宿を建ててもいいかもな。テント生活が長引くと、身体を壊すヤツもでる」

「帰ってから考えることにしましょう。我々もしばらくテント生活ですからね」


 サランの言葉に、軽くうなずいて深層監視哨を見渡す。

 そこそこに混んではいるが、俺たちがテントを張れる場所はまだありそうだ。


「ボクは先にテントを建ててくるね」

「では、わたくしもそちらを手伝いましょう」

「ああ。まぁ、現着報告だけだ。すぐに合流する。行こうぜ、サラン」


 うなずくサランを伴って、深層監視哨で唯一の建物『冒険者ギルド深層駐在所』へと向かう。

 今は、冒険者ギルド職員から二名を派遣する形でここを維持しているが、なかなかローテーションが難しい。

 なにせ、ここは危険な未踏破地域のど真ん中で、滞在はもとより、来るのも帰るのも危険が伴う。

 それなりに自衛ができるギルド職員というのは思いのほか少なく、人選はなかなか難航していた。


「ああ、来ましたね。マスター」


 屋内に入ると、カウンターに詰めていた男性職員がこちらを見て、顔をほころばせた。

 この男、セタ・モーダは元冒険者のたたき上げで、この深層監視哨の駐在員に真っ先に手を上げてくれたヤツだ。


「ああ、元気でやってるか? 困ったことがあれば今報告してくれ。参謀役も一緒だからな」

「サランさんも久しぶりだ」

「ええ。まだ到着したばかりですが、冒険者たちはうまくやっているようですね」


 サランの言葉に、セタが小さくうなずく。


「レダ社長が上手くやってくれてるもんで。随分と助けられてますよ」

「これ、土産だ。チーズと、ソーセージ。あと酒」

「ギルマスらしい土産だ。後で一杯やらせてもらいます」


 麻袋を受け取って、セタが軽く笑う。

 どこか人懐っこい印象を受ける男だが、この深層監視哨まで一人で歩いてこれるほどの手練れでもある。

 俺の目の届かないここで冒険者に睨みを利かせるには充分な人材だ。


「リマナはどうした?」


 リマナはここへ派遣されている女性のギルド職員で、同じく志願してくれた一人だ。

 魔法の心得があるため、インフラ的な役割も担ってもらっている。


「今日は休暇を取ってもらってますよ。昨日が大変だったんで」

「何かあったのか?」


 苦笑しながら、羊皮紙を束ねたものを差し出すセタ。


迷宮ダンジョン一層の調査が終わりました。その報告書を徹夜で書いてたんですよ。今日、ギルマスが来るからってね」

「急がなくてもよかったんだが、ありがたい。……ようやくか」


 未踏破地域の地下に広がる迷宮ダンジョンはかなり広大で、地上への影響範囲を調べるのに重点的に調査と地図化を頼んでいた。

 リマナにしたって大暴走スタンピードを目の当たりにした職員の一人だ。

 きっと、やるべき仕事と感じたのだろう。


「他に困っていることはありませんか? 設備的な事など」

「あー……オレは続行でいいんでリマナを街へ帰還させてやってほしいのと、二階の部屋を二つに仕切ってほしいですかね。ここにはプライベートもシャワーも存在しないんで、女の職員には荷が重いかも知れんです」


 セタがそう口にした瞬間……階段を音を立てて誰かが降りてきた。


「ちょっと、セタ! 勝手なことを言わないで! あたしはここの仕事に誇りを持ってんの!」


 眉を吊り上げながら姿を現す、女性職員──リマナ。

 髪もぼさぼさのままだが、元気そうではある。


「よぉ、リマナ。起きたなら丁度いい。報告ついでにお前の話も聞かせてくれ」


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