第2話 危なっかしいユルグ
「よぉ、問題児。派手にやってるみたいじゃないか」
「やらかしてくれたのは、うちの陰険眼鏡だよ。お前もあんまり乗せられるなよ」
風呂で酒を酒瓶を煽ってから数日後。
マルハスに、懐かしい顔が訪れていた。
拳を軽く当てて、遠方の友人との再会を喜ぶ。
「マルハスの駐在は王立第三軍団が担当してくれんのか? グレッグ」
「おうよ。マルハスとヒルテの間に新規に砦が設けられるんでな。百人体制でそこに居座る。
「正直助かる。街道まではあんまり手は回らんからな……」
「ギルドマスターも楽じゃねぇな? まぁ、マルハスにはときどき寄るから、酒でも飲もうぜ」
軽く手を振って去っていくグレッグを見送って、俺はデスクの上に並べられた書類に目を通す。
どれもが深層監視哨から届けられた報告書で、中にはメインとなって動いている『レダ
「あら、もうお帰りなられたんですね。王国兵団の方」
「ああ。あいつも軍を率いる身だ。それなりに忙しい」
「では、このお茶はわたしがいただいちゃいましょう」
お茶目に笑いながら、カティがテーブルにカップを一つ置いてくれる。
俺用の丈夫でデカいマグカップだ。
「それは深層監視哨からの報告書ですか?」
「ああ。なかなか進まんな。やっぱり、俺たち『メルシア』が出たほうがいいかも知れん」「このところ、侯爵様関連のあれこれで鬱憤がたまってると正直におっしゃってください、マスター」
「まぁ、それもある」
ため息を吐く俺に、にこりと笑うカティ。
相変わらず安心する笑顔だ。
「わたしとしては毎日顔を見れるほうが嬉しいんですけど?」
「それに関しては同感だ。また俺の目の届かんところでお前に死なれると困る」
「まだ気に病んでるんですか?」
困ったように笑ったカティが、背後に回る。
そして、そのままぎゅっと俺の頭を胸に抱いた。
「わたしはここに居ますよ、ユルグさん」
「いなくなられると困るって言ってんだよ」
「心配性ですねぇ」
緩やかに俺を抱擁しながら、カティは背後でくすくすと笑う。
「そういえば、フィミアさんとはうまくいってますか?」
「相変わらずだよ」
「そんなこと言って、ずいぶんとお盛んだと聞きましたよ?」
「……なッ!?」
ギクリと肩を震わせたところで、カマをかけられたのだと理解した。
あのフィミアが、夜のことについて話すはずなどないのだ。
これは、俺の失敗だな。
「まだまだですね、マスター」
「腹芸は俺の得意分野じゃないんでな」
「ひとまずはおめでとうと言っておきますけど、わたしはまだ諦めてませんからね」
豊満を俺の後頭部に押し付けて、カティが背後で小さく笑う。
いつもの調子に少しばかり安心するが、こうなると少しばかりこの状況をマズいと感じる。
フィミアには「カティさんと仲良くするのはいいですよ? 通じ合えば交わるのも良しとします」などと言われているが、許されているからと言って好き放題しようなどとも思いきれない。
「ちなみに、フィミアさんから許可、貰ってますからね?」
「わかってる。俺も言われた。……なぁ、カティ」
「はい?」
「いい仲の女が、他の女も抱いていいっていうのは、どういう心境なんだ? 俺はとてもじゃないが、同じことを言えそうにない」
俺の言葉に背後でしばらく唸ったカティが、小さくため息をついて口を開いた。
「これは、女の子同士の秘密の会話だったんですけど、ユルグさんが不安そうにしてるので話しちゃいます」
「あン?」
「フィミアさんは、ユルグさんの事をとっても大事にして、とっても甘やかしたいと思ってるんですよ」
「俺は十二分に甘やかしてもらってるがな」
聖職者の
生活する中であいつはかなり甲斐甲斐しく俺の世話を焼く。
俺のやることがなくなって、ちょっと居心地が悪いくらいだ。
「フィミアさんはわたしに、何かあったときはユルグさんをお願いと言ってました」
「あいつ、そんなことを?」
「はい。ユルグさんの生い立ちについても聞きましたよ?」
俺を抱きこむカティの腕に少し力がこもる。
「それで、ユルグさんを愛して、支える人はたくさんいたほうがいいからって。もし、わたしが本気なら一緒にユルグさんを愛してほしいって言ってました」
「聖職者の献身もここまでくると、ちょっと異常だな」
「違いますよ、そういう事じゃないです」
背後のカティの声が、少し柔らかくなる。
「わたしにはわかりますよ、フィミアさんの気持ち。きっと、ユルグさんがわたしを選んでいたとしても、同じことをフィミアさんに言ったと思います」
「そんな女たらしに見えるかよ、俺が」
「危なっかしいんですよ、ユルグさんは。強いのは知ってます。だけど、なんだか自分の事をあまり大事にしなかったり、変に責任感が強くて抱え込んだりするじゃないですか」
変とは何だ、変とは。
これでも、ずいぶん真人間になったんだ。
そりゃ、責任感だって多少は出る。
「ええと、つまりですね……わたしもユルグさんが好きってことです」
「それは前も聞いた。だからって、お前の気持ちに応えられるほど甲斐性がある男でもなくてな、俺は」
「いいんですよ、それで。わたしだって、無理にユルグさんと寝ようとなんて思ってません」
「機会があれば味見の一つでもしたんだがな」
俺の軽口に、カティが小さく噴き出す。
「調子が出てきましたね。この勢いで、味見しちゃいます?」
「悪くない提案だが、お前の啼き声を冒険者どもに聞かせるのは癪だからな。よしとくよ」
代わりとばかりに、背後のカティを膝に抱き寄せて、額、鼻、頬へとキスをする。
どれも親愛や大切を表わすものだと、少し前にフィミアに聞いた。
「もう、ユルグさんったら」
「口下手なもんでな。でも、気持ちは伝えておかないとダメだろ?」
「じゃあ、ここにもキスしてくれないと」
唇を示して、カティが悪戯っぽく笑う。
「悪いな。それはフィミアで売り切れだ」
「じゃあ、次の入荷を待ちますよ。予約です」
そう笑ったカティが、俺の頬にそっと口づけをした。
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