第2部最終話 休暇の終わり

 未踏破地域の森が青々と枝葉を伸ばす夏。

 ようやく、落ち着いた時間をとることができた俺は、あてもなくマルハスをぶらつく。

 ガキの頃とは、まるで違う景色に少しばかりの寂しさを覚えないでもないが、人でにぎわう今のマルハスも悪くないと思い直す。


 何より、今のマルハスは俺が歩いていても誰も不審な目で見たり、迷惑そうにしない。

 ここも随分と居心地が良くなったものだ。


「久々の休みだっていうのに、暇を持て余してるの?」

「ロロか。見ての通り、暇を満喫してる。サランが何か言い出したら、また忙しくなるからな」


 俺の言葉に、ロロが困ったような顔で紙片を取り出す。

 見覚えがあるぞ、これは。

 手紙鳥メールバードに使う、魔法の紙片だ。


「サランから」

「あの野郎、俺の休暇を何だと思ってやがる」


 せっかくカティが俺の休日をひねり出してくれたというのに。

 これでは台無しではないか。


「ボクに探してきてくれなんていうあたり、急ぎだと思うよ」

「なんだ、お前も中身を知らないのか?」

「ユルグあてだからね」


 そう口にしつつも、興味津々といった様子で覗き込むロロ。

 そんな幼馴染にも見えるように、丁寧に折りたたまれた紙片を開く。

 記された文字は、少しばかり流麗が過ぎて理解しづらい。


「ロロ、これ分かるか?」

「貴族特有の崩し文字だね。えーっと……『マルハス訪問の日程について。金羊の月、第二週。ルドガー・エフロン侯爵』だね」

「エフロン侯爵ってーっと、ヒルテ子爵の『寄り親』ってやつじゃなかったか?」

「だね。つまり、実質的なこの領の支配者が、ここを見に来るってことみたい」


 今まで来なかったのがなぜか、という話は置いておいて……『金羊の月、第二週』っていうと、もう明日明後日の話だ。

 さすがに急が過ぎる。

 抜き打ちという可能性もあるが、なるほどこれはサランのところに行くしかないな。


「俺はサランのとこに行く。冒険者にも警戒依頼を出さねぇといけねぇな」

「宿も押さえないと。ボクは先に母さんに連絡してから行くよ!」


 お互いに頷き合って、冒険者と行商人が行きかう通りを駆けてゆく。

 こういう時、俺の親友は細かいところに気が付くのでかなり助かるのだ。


「じゃあ、後で!」

「おう」


 新たな街並みにもなじむ三階建ての宿に向かってロロが駆けていく。

 それを、見送って俺はサランの執務室へと急いだ。

 要人護衛なんてしたことはないが、おそらく冒険者ギルド側でいくつか依頼を張り出すことになる。


 侯爵殿が、どこを視察するかにもよるが……場合によっては深部監視哨も見たいと言い出す可能性も視野に入れておかねばならない。

 とにかく、貴族ってのはわがままで何を言いだすかわかったもんじゃないからな。


「サラン、来たぞ」

「休暇は終わりです。残念なことですが」


 そういえば、こいつも休暇なのだった。

 俺と同じく、かなり無理やりに作り出した休暇をこうして潰されたのだ、少しばかりお冠かもしれない……と思った俺がバカだった。

 こいつ、笑ってやがる。


「さぁ、いよいよ大本命がここを無視できなくなってやってきますよ」

「なんだか楽しそうじゃねぇか」

「さて、どうでしょうね? たかが辺境と援助もせずに放り出しておいたここに、どんなつもりで乗り込んでくるのか、少し気になってしまうのは仕方ないでしょう?」


 悪い顔をしてやがる。

 対策は何もかも終わったという顔だ。

 もしかして、俺は休暇を楽しんでいてよかったんじゃねぇのか?


「冒険者ギルドで警固と警戒の依頼を出す。向こうさんの出方次第で、どれだけの依頼票を貼るか変わるんだが、お前の意見は?」

「手勢を連れてくるので警固はマルハス警邏隊にさせます。警戒は斥候を中心に新市街と森の浅層に配置。万が一の魔物被害に備えましょう」


 おおよそ、俺の予想と同じ。

 だが、尋ねておかねばならないことがある。


「何を視察に来るか知ってんのか?」

「いいえ、さっき渡した手紙鳥メールバードで情報は全部です。こちらを舐めてるか……」

「……試してんだろうな。どう思う?」

「両方でしょうか。たかが辺境を手に入れたゾラークの次男坊というのはきっとあるでしょう。しかし、〝淘汰〟への具体的な備えをしている〝聖女〟と勇者の開拓都市というのが、自らの功績になるか推し量れていないといった感じですかね?」


 貴族ってのは、相変わらず金と実績ばかりだな。

 話を聞くに、どうにもエフロン侯爵というのはあまり尊敬できるタイプではないらしい。

 なら、こちらもそれに備えておかねば。

 うっかり失礼があってにでもなったら事だからな。


「とはいえ、良い事です。この開拓都市が無視できない規模と話題になっているというのは、私にとっては僥倖ですよ」

「はン、成果偏重主義者め。ま、上手いこと俺を使ってくれや」

「もちろん、そのつもりです。暴走して貴族を殺さないように気を付けてくださいね?」

「事故が起きねぇようによく言い含めておくんだな。ここは荒くれの集まる開拓都市だってよ」


 軽く笑って返す俺の背後から、ロロが駆け込んできた。


「二人とも、まずいよ! もう侯爵の馬車が見えてる!」

「なんだと?」

「街道を整備し過ぎましたかね?」


 そういう問題か、とは思うがここのところの開発を思えばあながち間違いでもない気がする。

 しかし、準備もないまま受け入れることになるとは、少しばかり予定が狂っちまったな。


「サランさん……って、ユルグにロロさんまで」

「フィミア、いい感じの司祭服に着替えてこい。こういうのは、一発目が大事だからな」

「それならユルグもでしょ! フィミアの隣に並ぶなら礼服は着ないと!」


 言われてみればそうか。

 ああ、くそ……面倒くさい。


「出迎えは私が行います。ロロさんは警邏隊を連れて、大通りの警備と整理をお願いします。二人は着替えて、いいタイミングで出てくるように」

「お前にしては大雑把な指示だな、サラン」

「前にも言いましたが、私の手駒は活きがいいので、台本がない方がいい働きをするんですよ」


 眼鏡を押し上げながら、サランが口角を上げる。

 こいつはこいつでもう戦闘態勢ってことか。


「よし、それじゃあ……行動開始だ。お前らぬかるなよ?」

「あなたこそ」

「頑張ろうね」

「えっと、なんだかわかりませんけど、やります!」


 四人で軽く拳を当てて、お互いに頷き合う。

 すでに二回も〝淘汰〟を乗り越えたのだ、怖いものなどそうありはしない。

 たとえ、あったとして俺たちなら乗り越えられるはずだ。


「……よし、『メルシア』出るぞ!」









 第二部 ~fin~

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