第40話 監視哨の夜

「さて、それじゃあ段取りを確認するぞ」


 すっかりと建て直された冒険者ギルド前で、俺は集まった冒険者たちに向き直る。

 今日はサランと一緒に進めてきた『未踏破地域開発依頼』の発令日だ。

 信頼できる冒険者と冒険社カンパニーの合同で行うこれは、今後のマルハス開拓および〝淘汰〟への対抗策として重要になる。


 加えて、今回の第一弾は護衛依頼も兼ねる。

 各地からマルハスへと集まってきた職人たちを動員して、深層監視哨を作り直す計画なのだ。

 一ヶ月ほどの長期依頼になるので、集まった冒険者たちは少しばかり緊張している。

 なにせ、危険な深層域でしばらく生活することになるのだ、多少の不安はあるだろう。


「現地までは『メルシア』が先導。冒険者はその後に続いて遊撃だ。職人さん方はその後ろ。職人の護衛は基本的に『レダ冒険社カンパニー』が行う。現地についてからは、冒険者組が野営地の設置、『レダ冒険社カンパニー』が周辺護衛だ。翌日については現地で説明する。……なにか質問は?」


 俺の声に数名の冒険者が手を上げる。


「なんだ、ノートン。言ってみろ」

「マルハスへの帰還は基本ナシって話っすが、物資の購入とかはどうするんです?」

「武装商人の運用も計画のうちに入ってる。今回は適正価格で頼んであるのと、後続の冒険者に輸送依頼を出してあってな、そっちの運用も確認項目だ」

「それでも足りないものは?」

「サランに申告しろ。お前らの迂闊さも試用項目の一部だ」


 俺の言葉に、冒険者たちが笑う。

 笑い事ではないが、結局のところ現地で冒険者や職人が過ごすにあたり、どういうことに困って、他に何が必要なのかを現地で確認するための計画でもあるのだ。

 深層監視哨は、開拓都市の郊外拠点となる可能性が高く、あそこもしっかりと開発しておかねば、迷宮ダンジョン深部へ踏み込むことは難しい。


「他は?」

「カティさんとはどうなったんですか~」

「ついにヤったんですかー?」

「連れて行かないんですかー」

「──よし、全員教会送りにしてやるから、そこに並べ」


 漆黒の戦鎚ウォーハンマーを担ぎ上げて、バカどもを威嚇する。

 そこは少しばかりセンシティブなところなんだ、そっとしておけ。


「はーい、カティさんは絶賛ギルマスを攻略中でっす!」

「おい、カティ……」


 少し離れた場所にいたカティが明るい声でこちらに手を振る。

 俺を見送りに来たのだろうが、タイミングが悪い。


「ということで、早く帰ってきてくださいね? ユルグさん」

「善処はするさ。お利口にお留守番してろ」


 駆け寄ってきたカティを軽く抱きとめて、頬を撫でやる。

 それに満足したのか、腕の中のカティがにこりと笑った。


「お利口にしてたら、ご褒美あったりします?」

「帰ってから考える。お前はいつも無茶ばかり言うからな」

「そこまで無茶なお願い、してないはずなんですけど?」


 くすくすと笑いながら、カティが離れる。

 そのあと、フィミアと軽く抱き合って何やら談笑を始めてしまった。

 女というのはよくわからん。


「よし、話を戻すぞ!」


 カティの登場でざわついた冒険者たちを、軽く一喝して黙らせる。

 早いところ出発してしまわないと、段取りが狂っちまうからな。


「今回は冒険社カンパニーとの連携も兼ねてる。お互い上手くやれ。マルハス冒険者ギルドとしては、どっちを特に重要視するって話じゃねぇ。どっちも重要だ。噛み合わねぇところは、殴り合いが始まる前に俺んトコに持ってこい」


 俺の言葉に、冒険者たちもレダの連中もうなずいて返す。

 どうやったらお互いに仕事を食い合わないようにするかは、俺の課題だ。

 サランとロロにも手伝ってもらうが、開拓都市の発展には冒険者と冒険社カンパニーの連携は必須だからな。


 特に、迷宮ダンジョン探索が始まれば利益の食い合いは顕著になる。

 だいたい、俺だってただの冒険者なのだ。

 こんな大所帯の運用など、端から向いちゃいない。


 だから、俺はこいつらをまとめて一つのでかいパーティだと思うことにした。

 それなら、なんとなく俺にもできる気がしてくるからな。

 まぁ、問題児の集まりには違いやしないが……〝悪たれおれ〟以上の問題児など、いやしないだろう。


「マルハスが冒険者の都としてどうなっていくのか、お前らに懸かってる! 頼んだぞ!」


 自分も含めて気合が入るようにそう告げて、俺は行動開始を宣言した。


 ◆


 深層監視哨の日々は、トラブルの連続だった。

 食料は底を突きかけるし、資材もまるで足りない。

 ついでに、魔物モンスターの襲撃が何度もあった。


 それでも、監視哨は日に日にそれらしくなっていき、ようやく冒険者ギルドの職員が駐在するための建物も先日に出来上がった。

 石材とレンガ、木材を組み合わせた頑丈な二階建ての出張所だ。


「本当にわたくし達が使って、いいのでしょうか?」

「まあ、使い心地を確かめんのも俺の役目ってことかもな」


 すっかりと日が落ちた夜。

 深層監視哨に新しくできた出張所二階の居住区。

 この深層監視哨に一つっきりのベッドの中で、軽く笑う。

 ロロもサランも妙な気を回してくれたものだ。


「ま、ありがたく使わせてもらおうぜ。寝心地はどうよ、〝聖女〟様」

「少し狭い、ですね?」

「そりゃ、一人用のベッドだからな」


 居心地悪そうにするフィミアを、そっと抱き寄せる。

 肌が触れあって、フィミアの柔らかな温もりが俺にふわりと伝わってきた。


「これでどうだ?」

「窮屈ですけど、安心します」


 くすくすと笑いながら、俺に額をこすりつけてくるフィミア。

 こうして二人でいることに、最近は少しずつ慣れてきた。

 褥を共にすることもあれば、男女の営みを愉しむこともある。


 ……そうして慣れてくれば、落ち着いてものを考えることもできるようになっていた。


 俺は、受け入れてよかったのだ。フィミアを。

 だって、この女は俺を「赦す」といったのだ。

 あの日、あの時に……俺は、気が付くべきだった。


 フィミアの気持ちに、覚悟に。


 俺が勇者として未熟だったのは、フィミアのせいではない。

 こいつを受け入れきれなかった、俺の不徳だ。

 それが、フィミアの不安と不信を招いた。

 なんだかんだと理由を付けて、素直に「お前が欲しい」と言えなかった俺の失態だ。


「ユルグ? どうかしましたか?」


 俺にゆるりと抱きつきながら、フィミアが上目遣いでこちらを見る。

 いつの間にお前はそんな甘え上手になったんだ?


「いいや、何でもねぇよ」


 そう口にしながら、そっとフィミアの首筋に口づけする。

 小さな声を漏らしたフィミアが少し瞳を潤ませて、俺の肩に手を回して小さく囁く。


「ユルグ、ダメです。外に声が漏れちゃいます」

「我慢しろ。じゃなきゃ聞かせてやれ」


 顔を赤くして首を小さく振るフィミアの腰を掴んで、俺はゆっくりと聖女の蹂躙を始めた。

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