第39話 帰り道

「ここも随分と様変わりしたな」


 紙袋を抱えて元旧市街だった場所を歩く。

 『開拓都市マルハス』の玄関口として再開発されたここは、俺が育った村の面影はすっかりなくなってしまった。

 ま、住んでる奴の顔が変わらないので、そこまで寂しさを感じることはないが。


「あ、ユルグ!」

「ビッツか、こんなとこでどうした?」

「いまから訓練だよ」

「そうか、頑張れよ」


 駆けていくビッツに軽く手を振って見送る。

 てっきり宿を継ぐもんだと思っていたが、冒険者を目指すらしい。

 だが、まあ気持ちはわかる。

 ここのところの一年で、『無力な自分』を実感することが何度かあったのだ。

 男として思うところがあるのだろう。


 花壇の側に設置されたベンチに座って、買った白くて柔らかいパンを一つかじる。

 このバターの風味が強く、少しばかりの塩味がするパンは、これまでマルハスになかったものだ。

 ぐるりと見渡せば、旧市街の再開発に合わせて多くの商会が誘致され、店舗を構えている。


 ここまで発展すれば、辺境の寒村とはもはや呼ぶ者はいないだろう。

 整備された真新しい石畳と、しっかり区画整理された居住区と商店街。

 俺が普段いる冒険者ギルドへも道ができて、アドバンテの冒険者通りのように露店が並び始めた。

 サランの計画は、ずいぶんとうまくいっている。


「ユルグ? 待たせてしまいましたか?」


 そんな声が、俺を思考の海から現実へと引き戻す。


「早かったじゃないか、フィミア」

「今日は少しだけ空いていましたから。パンと芋は買えましたか?」

「おう。パンは一個減っちまったがな」


 俺の言葉に、フィミアが小さく笑う。


「つまみ食いは感心しませんね」

「そう言うな。お前には干し苺を買っておいた」

「……!」


 顔をほころばせるフィミアに、俺も少し笑ってしまう。

 どうやら、正解だったようだ。


「ユルグにそういう気の遣われ方をすると、なんだかむずむずしますね」

「あン?」

「まだ慣れないんですよ。女の子扱いというか、何というか……わたくしが長く知るユルグは朴念仁で唐変木だったもので」


 フィミアの言葉に、肩を落としてため息を吐く。

 まぁ、事実なのだから反論の余地は何一つないわけだが。


「さて、帰るか。荷物、寄越せよ」

「自分で持てますよ。あんまり、甘やかさないようにしてください」

「……加減が難しい」


 俺のぼやきに、くすくすとフィミアが笑う。

 沈む夕日に金色の髪がさらりと輝いて、それが美しいと感じた。

 こんな女を好きにしていいなんて言われると、どうにも心に悪い。


「日が落ちると、まだまだ冷えますし急ぎましょうか」

「ああ。買い忘れ、ないよな?」

「ええと、多分大丈夫です。それに、何か足りなければ、また明日買えばいいですし」

「……そうだな」


 フィミアの言葉に、小さくうなずく。

 『また明日』と言える日々が、ずっと続けばいい。

 心の底からそう思う。


「そう言えば、迷宮ダンジョン探査計画はどうなったんです?」

「ああ、冒険社カンパニーメインでやるか、冒険者に自由開放するかでまだ議論が続いていてな」

「一長一短、ですからね」

「俺としては、自由開放を推したいところだが……情報の精度がバラつくのがな」


 自宅屋敷に向かう道を、フィミアと話しながら歩く。

 この穏やかな時間は嫌いじゃない。

 少し前までお互いに持っていた奇妙な緊張感も、今はあまりない。


 この間、ロロの言った通り、お互いに話し合うことは大切な事だった。

 フィミアは〝聖女〟の使命に執着してしまっていたし、俺はそれを受け入れることができずにこの娘の気持ちや行動を拒み、遠ざけていた。


 お互いに、ズレていたのだ。俺たちは。

 素直で正直な言葉をお互いに共有すると、俺たちは自然に落ち着いた。

 受け入れればいいと思えた。

 聖女と勇者の関係性も、それに伴う意識の変化も。


 とはいえ、あまりに素直な感情に晒されたおかげで、俺は童貞のガキみたいな青くさい心境に振り回されているわけだが。

 かつての俺にとって、恋愛感情は全く理解できない面倒なモノとして考えていて、せいぜい性欲を満たすための一環くらいにしか思っていなかった。

 つまり、娼館で金貨を積めば、スキップしてしまえる程度のものという認識だったのだ。


 おかげで、今の俺はとても困っている。

 一体、何をどうすればいいのか。さっぱりわからない。

 これなら、戦鎚ウォーハンマーを振り回して、深層の魔物モンスターを排除している時の方が、まだ気楽だ。


「また難しい顔をしてますね?」

「悩みが尽きないもんでな」

「わたくしが相談に乗りますから。あまり悩みすぎないでください」


 悩みの原因が涼しい声で俺に囁く。

 まったく、良く言ったもんだと思うが……まぁ、お互いに正直になると決めた。

 だから、屋敷に帰ったらちゃんと話すように努力はしよう。

 何もかもを受け入れてもらえるというのは、存外に心が安らぐと最近知ったばかりだしな。


「なあ、フィミア」

「はい、なんです?」

「お前、俺でよかったのかよ?」


 何度目かの問いを、〝聖女〟にする。

 俺の不安の根底は、これなのだ。

 マルハスで〝悪たれ〟と呼ばれていた、素性の知れない孤児。

 魔物モンスターのごとき悪意を撒き散らす、価値なき者。


 そんな人間を必要としてくれる、受け入れてくれるのはロロだけだと思っていた。

 だが、どうやらそれは俺の思い違いであったらしい。


「あなたよかったんですよ、ユルグ」


 そう言って、俺の傍によるフィミア。

 肩が触れ合うようなすぐ隣を歩いて、ふわりと微笑む。


「これは、聖女の使命としての言葉ではありません。わたくしの女としての言葉です」

「……趣味のわりぃ女だ」

「まあ、ユルグ。今のは聞き捨てなりませんよ?」

「そんな女だから、大事にしたいと思ってる」


 続く俺の言葉に、フィミアが頬を染める。

 すでに落ち始めている夕日に滲むそれは、照れ隠しに丁度よかったのかもしれない。


 お互いに。

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