第38話 お説教

 未踏破地域に残る雪が全て溶け、開拓都市も少し落ち着いてきたころ。

 俺とロロは、『深層監視哨』へと足を運んでいた。

 正確な被害状況の確認と、この場所の開発計画を作るためである。


「あんまり荒れてないね。このまま使えそう」

「ああ。結界関連の強化と、防壁の強化は必要だな。あと、櫓も欲しい」

「確かに。森の異変を見つけるのに必要かも」


 深層監視哨を歩き回りながら、チェック項目を埋めていく。

 この先、このそばにある迷宮を多くの冒険者が攻略する。

 そのための、安全な野営地としてここを整備しなくてはならない。


 ……次なる〝淘汰〟の発生を防ぐために。


 サランとロロが言っていた『迷宮同源理論』とやらは、半分正解だったらしい。

 あの賢い陰険眼鏡が推測するところによると、『銀の正十三角形』は迷宮ダンジョンの血液のような何かしらの力を自分に蓄えて、覚醒を自ら促し……その端末を地上に放った。

 そう、アルバートのバケモノや〝手負いスカー〟のような『終末の獣』のことだ。


 あいにく、我が強すぎたのか意思疎通ができていなかったのか、あいつらは人間を殺す方にシフトしていたが、あの異界の神の目的は適合による浸食──つまり、世界のルールの書き換えだった。


 俺も〝淘汰〟の一端に触れた人間であれば、それがどういうことか、わかる。

 端的に言えば、生存競争のようなもので……異なる世界同士が、お互いの存在を押し付け合うのが〝淘汰〟なる力の本質なのだ。


 そして、『銀の正十三角形』はこの地に

 この未踏破地域全体が、まさにそうなのだ。

 先代の勇者様とやらはずいぶんと大雑把に事を収めてくれたようで、異界の神を何かしら変化させてこの場所と一体化させてしまったらしい。

 つまり、異界より災害として降ってきた〝淘汰〟を『攻略可能』な状態に落とし込んでここに封じたのである。


 当面の目的は、この地にある迷宮ダンジョンに流れ込む力を、冒険者の協力を得てコントロールするのがサランの出した指針だった。

 つまり、神様が悪さできない程度に力を削るという訳である。

 『開拓都市』の発展プランにも合致しているので、丁度いいだろう。


 最終的な解決は、迷宮ダンジョンの最奥に至らねばわからない。

 この広大な迷宮ダンジョンの奥深くに、もしかすると『銀の正十三角形』の本体が潜んでいる可能性は十分にある。

 つまり、俺たち『メルシア』も迷宮ダンジョンに潜る必要があるということだ。


「そう言えば、フィミアとはうまくやってるの?」

「今それを聞くのかよ……」


 真面目なことを考えていたのに、ロロの一言でふと聖女の顔が脳裏に浮かぶ。

 頭を軽く振って雑念を払ってから、俺は小さくため息を吐いた。


「うまくと言えばうまくやってる。だが、困ったことも起きている」

「例えば?」

「部屋に忍び込んできたりとか」


 俺の言葉に、ロロが吹きだす。

 笑い事じゃないんだがな?


「なかなか積極的じゃない。フィミアも吹っ切れてきたなぁ」

「そういう問題じゃねぇよ。いい加減、ヤバい」

「いいじゃない。彼女がそういうのを望んでるんだから」


 必要資材リストにメモを書き入れながら、ロロが肩を揺らす。

 ロロめ。随分と楽しそうにしやがる……!

 誤解の半分は、お前のせいだというのに。


「カティさんに気を遣ってるの?」

「それもよくわからん。そもそも、俺ってやつは恋愛をしたことがないんだよ」

「あー……君ったら、女と見れば性欲だもんね」


 ため息まじりに苦笑するロロ。

 俺のいろんな失敗談を知っているが故に、理解が早い。


「ふふっ……ははは、それで……! あの〝崩天撃〟ユルグが、もじもじしながら、困ってるんだね?」

「笑うなよ、マジに困ってんだ」


 特大のため息を吐きながら、仕事を進める。

 こんな場所でもなければ、できない話なのでいい機会と思ったがやはり話すべきではなかったか。


「最近は、カティとフィミアがカチ合って、二人して俺を追い詰めてくる。この間なんて……いや、やめとこう」

「聞いてるよ。三人一緒に蒸し風呂トントゥに入ったんでしょ。フィミアから聞いたよ」


 一体どこまで情報が漏れているのか。

 というか、どうしてそんな話がロロに伝わってしまっているのか。

 やはり、ロロとフィミアは仲が良すぎる気がする。


「フィミアも不安なんだよ。キミがいつまでたってもハッキリしないから」

「ハッキリって、言ってもなぁ。仲間じゃないか、あいつは」

「それ以上になりたいから、困ってるんじゃない?」


 ロロが困ったような顔で小さく笑う。

 その顔には、なんだか経験めいたものが見え隠れしている気がした。


「それ以上、それ以上ってなると……お前みたいな感じだよな」

「ボクみたい!?」

「抱く、抱かねぇとか、男女って話を抜きにすると、俺にとって一番大事なもんはお前になるだろ?」


 こうして口にするのは、少し照れる。

 だが、ロロは俺にとって生きる意味に等しかったし、それは守るべきものが増えた今でも変わらない。


「もう、嬉しいけど……そういうんじゃないでしょ? ボクらは。対等な家族だよ?」

「俺をこんな風に懐かせたお前が悪い。人誑しめ」

「はあ、これじゃあフィミアが苦労するわけだよ……しかも、ボクのせいだなんて」


 がっくりと肩を落とすロロが、すぐにきりりとした目で俺を見る。


「ボクのことは置いといて。ちゃんとフィミアに向き合いなよ。女の子が、据え膳で身体を晒すなんて勇気が要ることなんだからね?」

「だから困ってるんだよ! 覚悟が重すぎる! そういうの、わかんねぇんだよ!」

「へんなところで意気地なしなんだから。はぁー……」


 ため息を吐かれてしまった。

 俺だって、真剣に悩んだ上での現状維持だというのに。


「もう、二人いっぺんに抱いちゃったら?」

「おいおい、えぐい提案するなよ」

「ボクがちゃんと段取って話を通しておくから。今なら、サランの説得付き」


 人差し指を立てて、俺に怖い笑顔を向けるロロ。

 なんだか、少し怒っている感じがする。


「そうやってキミが二人を大切に思ってること、向き合う気はあること、よくわからないことをちゃんと説明しないと。それでどちらかが身を引くかもしれないし、ちゃんとしたいい関係を築けるかもしれない」

「だけどよ……」

「ユルグ、そうやって自己完結して失敗したでしょ、子供のころ」

「ぐ、ぬ……!」


 苦笑しながら、ロロが俺の手を握る。


「ちゃんと話さないとダメだよ。ボクも手伝うからさ」

「……わかった」

「だいたいさ、キミったら……性欲に任せてどっちか襲っちゃったら、自己嫌悪でまた自暴自棄になるでしょ? 早いところ、解決しちゃおうよ? ね?」


 痛いところを突かれて、思わず膝から崩れ落ちる。

 〝淘汰〟との戦いでも、膝をつかなかった俺が、だ。


「帰ったら、すぐにだからね?」

「──おう」


 もしかすると、俺にとって最も手ごわい相手はロロなのかもしれない。

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