第37話 フィミア・レーカースの決心

 サランの執務室を出た俺は、仮の冒険者ギルドへと戻るべく混沌とするマルハスを歩く。

 新市街の半数ほどが、今回の『大暴走スタンピード』の影響を受けた。

 倒壊や延焼によって住めなくなった家を追い出された者もそれなりにいたが、今は少し落ち着きを取り戻している。


 開拓都市の住民はタフなのだ。


 少しばかりの災害で折れたりはしない。

 すぐさま悲しみを乗り越えて、前に進もうという意思と行動は、俺も随分と勇気づけられた。

 勇者だなんだと言われちゃいるが、勇気ある者は俺だけではないということがよくわかった。

 この開拓都市マルハスこそが、まとめて〝淘汰〟に相対する『勇者』であるのかもしれない。


「ユルグ?」

「おお、珍しいな。こんなところで」


 考え事をしながら歩いていると、そんな勇者を選定した〝聖女〟──フィミアがこちらに気付いて歩いてきた。

 春先らしいやや厚手のカントリードレスを纏うフィミアは、なんだか嬉しそうな表情で俺の隣に並ぶ。


「あなたこそ。こんなところでどうしたんですか?」

「サランのとこに行った帰りだ。あんまりあいつに賦活魔法を使ってくれるなよ? またひどい顔をしてたぞ?」

「理路整然と『やることリスト』を説明されると、使わないわけにはいかなくて……」


 苦笑するフィミアに、こちらも小さく苦笑を返す。

 なるほど、必要なことだと言われれば仕方のない部分もあるか。

 俺とて、あいつのそういう部分に振りまわされて無茶をしたことは何度かある。


「それより、ユルグはどうですか? 不調などあったらすぐに言ってくださいね」

「ああ、大丈夫だ。前みたいにぶっ倒れたりはしてねぇしな」

「それなんですけど、あれって多分わたくしのせいなんです」

「ん?」


 フィミア曰く。

 前回――〝手負いスカー〟の時に俺が倒れた理由は、中途半端だったかららしい。

 神なる〝淘汰〟の揮い手として、俺とフィミアの関係性が希薄で出力に耐えきれなかったというのだ。


 原因は、迷いと自覚だ。

 俺はあの時、自分が勇者であるなどとは知らなかったし、フィミアは俺にそのようなものを背負わせるべきか、また聖女として俺に相応しいかどうか迷っていた。

 本来は、あの日に聖剣たる黒い戦鎚ウォーハンマーを俺が取り出すべきだったのが、それもなされなかったことにより、言ってみれば俺の中に消化不良な力がたまり、それが俺の意識を吹き飛ばしたのだ。


「なるほどな。まぁ、しかたねぇよ」

「ユルグが大丈夫ならいいんですけど」

「それなら、今回は大丈夫だろうな。前みたいに薄ぼんやりじゃなくて、はっきりと感じられっからよ」


 ――〝淘汰〟の力が。


 いまだに、それと繋がっているというのが、はっきりと自覚できる。

 日常生活においては特に必要としない力だが、いざとなればいつでも引き出すことができるという確信があった。

 それに伴って、意識まで多少すり替えられたのも自覚がある。

 一番は、目の前のコイツだ。


「どうしたのですか? ユルグ。お腹が減ったなら、何か持ってきますか?」

「腹は減ってない。ちょっとばかり気疲れがあるだけだ」

「書類仕事もお手伝いできたらいいんですけど」


 うまく誤魔化したが、思ったよりきついことになっている。

 聖女というのは、神とかいう高次元存在と俺を繋いで最適化させる……いわば、武器の柄みたいなものだ。

 それでもって、勇者は抜き身の刃部分。

 本人が言った通り、鞘でもあるのだろう。


 つまり、無意識化に「アレは俺のものだ」という観念が刷り込まれてしまっている。

 歴代の勇者と聖女がもれなくだった理由が、実感を以て理解できた。


 しかも、しばらく女を抱いていない俺にとって、これはひどい毒になり始めている。

 そりゃあ、一言あればフィミアは俺に抱かれるだろう。

 俺にしてこの感覚なのだ。〝聖女〟も同じような刷り込みがあったって不思議ではない。

 だからと言って、これに流されるのもどうかと思う。


 ……早いところ、マルハスにも娼館を建ててもらわないと。


 いや、ダメだ。

 きっと、サランに小言を言われるし、カティには叱られるだろう。

 目の前のコイツは、懺悔の告白をさせるかもしれない。


 少なくとも酪農都市ヒルテか……いっそ、冒険都市アドバンテまで足を延ばさないとダメだろうな。

 今の俺が、単独でそこに向かうことを赦してもらえることはないだろうが。


「ユルグ?」

「あ、おう。大丈夫だ、問題ない」

「まだ何も聞いてませんけど? 何を考えていたんですか?」

「黙秘の律を使っていいか?」


 俺の返答に、フィミアがくすくすと笑う。


「そこで嘘をつかないのが、あなたのいいところですね」

「お前相手にはどうせバレる」

「だったら、何に悩んでいるかも教えてくださればいいのに」


 フィミアの言葉に、俺は小さくため息を吐く。

 それを相談できないから、悩んでいるのだ。

 お前なら、解決できてしまうが故に。


「個人的なことだ。気にしないでいい」

「個人的な事でもいいんですよ? わたくしは聖職者ですし、なによりあなたのモノなんですから」


 フィミアの言葉にどこか蠱惑的な響きを感じて、思わず生唾を飲み込む。

 もしかしてだが、こいつ……何もかもわかっていて言ってるんじゃないだろうな?


「あんまりそういうことを言うな。お前は変わらず俺の仲間だよ」

………………いくじなし

「ん?」


 フィミアが小さな声で何か言ったような気がして、聞き返す。

 が、当の本人は小さく首を振って笑った。


「何でもありません」

「そうか?」

「そうですよ。あ、今日はそちらに戻りますので夕食は一緒にしましょう」

「教会はもういいのか?」


 ここのところしばらく、フィミアは教会に寝泊りしていた。

 結界の一部が破損したことに加え、怪我人の治癒や、魔物モンスターの襲撃で心の傷を負った人間のケアなどに奔走していたからだ。


「はい。それに、わたくしにも色々思うところがありまして」

「思うところ……?」

「夜にでもお話します。と」


 何だか少しばかり迫力を帯びた笑顔を見せるフィミアに、思わずぎくりとする。

 別に悪いことをなどしていないはずなのに、なんだろう……この、説教前に似た空気感は。


「では、また後ほど。覚悟、してくださいね」

「お、おう……?」


 曖昧な返事をしている間に、フィミアが去っていく。

 さて、俺は何を覚悟したらいいんだ?



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