第36話 復興するマルハス

 復興が始まって一ヵ月。

 開拓都市マルハスは急ピッチで修繕と拡大、加えて発展作業が進んでいた。

 というのも、この場所が短期間で二度も〝淘汰〟の危機にさらされたというのは、王国上層部にとってかなり頭の痛い話だったようで、『次』に備える必要が出てきたからだ。

 かく言う俺も、次が起きないとは断言できないので毎日忙しくしている。


 『銀の正十三角形』については一応の解決を見た。

 破壊はできなくとも、こちらの摂理ルール押し付けて無力化することはできる。

 かなり無茶をしたが、無理でなければおよそ押し通すのが、俺たち冒険者という生き物だ。

 今後も何とかする。


「考え事ですか? マスター」

「わかってるなら、そっとしておいてくれ──カティ」

「冷たくないですかね!?」


 俺の答えに、少し眉を吊り上げる受付嬢。

 その姿にほっとしつつ、いまだに、少しばかりの気恥ずかしさと気まずさがあることを自覚する。


「ちゅーした仲なんですから、もうちょっと優しくしてくださいよ」

「わりぃ、覚えてねぇな」

「む、思い出させてあげましょうか?」


 つかつかとこちら歩いてくるカティ。

 この様子を見るに、もう身体は問題なさそうだ。


「はい、どうぞ」

「仕事中だぞ、グリンベル事務局長」

「ユルグさん、さすがに傷つきますよ?」


 しゅんとした様子のカティを椅子に座ったまま軽く抱き寄せて、膝に座らせる。

 驚いて「ひゃう」とかわいい声を漏らすカティ。

 緩く抱擁すると、柔らかな温もりが伝わった。

 零れ落ちて失われたと思ったものが、ここに在るだけで少し泣きそうになってしまう。


「えっと、からかい過ぎました?」


 腕の中で小さく苦笑するカティに、俺はため息で返す。

 本当に、幸運だったのだ。カティは今こうしていることは。

 カティの傷は、致命傷だった。


 誰がどうやって助けたかはわからない。

 ただ、カティと同じく助かった者が新市街には多くいた。

 俺たちと面識のない、流れの凄腕治癒術士がいたのかもしれない。


「大丈夫、ちゃんと生きてますよ?」

「一回死んでただろうが」

「えへへ、それはそうなんですけど」


 俺に抱擁を返しながら、曖昧にカティが笑う。

 この笑顔がもう見れないと思ったあの時、俺がどんな気持ちだったかわかってるのか? こいつは。


「さて、ユルグさん成分も補給したことですし……仕事してきまっす!」

「もう少し休んでていいんだぞ、カティ」

「心配しすぎですよ。仕事は山積み! 人手は足りない! しかも、サランさんがお仕事を追加発注してます」

「あいつも、もうちょっと何とかしねぇとな」


 膝から下りて離れるカティに名残惜しさを感じつつ、心の中で頭を振る。

 いくら嬉しいからといって、あんまりカティに依存するのはよくない。

 カティにせよ、フェアじゃないと理解しているのか必要以上には踏み込んでこないのだから、俺も自制せねば。


「では、ユルグさん。また後ほど」

「ああ。仕事、程々にだぞ? 無理すんなよ?」

「わかってますよー!」


 軽く手を振って、部屋を出て行くカティ。

 その背中を見送って、俺はテーブルに広げられた書類の中から、数枚の羊皮紙をつまみ上げる。


「うーむ……」


 これは相談が必要な案件だ。

 仕方ない。様子見がてら、サランのところに行くとしよう。


 ◆


「どうしました? ユルグ」

「これはまた悲惨な有様だな、おい」

「あなたも加わっていいんですよ?」


 サランがそんな事を口にするあたり、相当切羽詰まってんだな。

 まぁ、執務室を見ればそう言いたくのもわかる。


 書類の山、書簡の山。そして、意識を失った文官の山ができている。

 ちゃんと仕訳けられているのが、サランらしいが。


「有事防衛計画書と避難計画書、今期の探索指標リストの相談に来たんだが……出直した方がよさそうだな」

「喫緊でなければ、明後日以降にしていただけると助かりますね」


 書類に何やら書き留めながら、ちらりとこちらを見るサラン。

 頬が削げて、顔色が悪い。

 こりゃ、しばらくするとこいつも倒れた文官の仲間入りだな。


「サラン、持ってきたよー……って、ユルグ?」

「おう、ロロ。お前はこっちの手伝いか?」

「うん。サランったらひどいんだよ? 強化魔法で事務員さん達の思考速度を上げろだなんて」


 ああ、それで。

 なるほど。慣れない人間を強化魔法で無理やり働かせれば、こうもなる。


「ついてこれない彼らが悪いのです」

「おい、〝人でなし〟。もう少し考えてやれよ。逃げられちまうぞ」

「大丈夫です。いずれも家督を継げない次男坊、三男坊です。この開拓都市で一旗揚げようという野望は、冒険者と変わりませんよ」

「……なら、仕方ねぇか」


 そのように言われてしまえば、納得するしかない。

 自己責任は冒険者の基本だ。まぁ、死なない程度に頑張ってもらおう。


「お前は休めてんのか?」

「もちろん」

「サラン、嘘はいけないよ?」

「動けている内は、大丈夫ということですよ」


 こいつ、何も反省してねぇな。

 だがまぁ……今がこいつにとっての踏ん張りどころで、一番楽しい時期だというのはわかる。

 国から莫大な開発資金と溢れる人員が手配され、大規模な事業がいくつも動いているのだ。

 サラン曰く「計画を二十年は前倒しにできます。生きている間に『大陸横断鉄道』が通るかもしれませんよ」とのことで、マルハスの様相は大きく変わりつつある。


 それは村の名残を残す旧市街も同じくで、ロロの実家も、村長の家も取り壊されることになった。

 『開拓都市』の玄関口として整備されることとなったのだ。

 少しばかりの反対もあったが、最終的に村人全員が受け入れることに合意した。

 そも、ここが開拓都市となる時に「全てを捨ててもらう」なんて言われていたのが、効いていたのかもしれない。


「冒険者ギルドで、事務に強い冒険者を募集しといてやる。使い走りと掃除くらいはできんだろ」

「その発想はなかったですね。よろしくお願いしますよ、ユルグ」

「だから、お前はちょっと休め。ロロ、こいつが次に生意気言ったら眠らせて縛り上げろ」

「そうするよ」


 俺たちの言葉に、サランが小さくたじろぐ。

 なかなか人間らしい反応をするようになったじゃないか。


「自分の事は自分でできます。手駒らしく、私の指示で動いてください」

「そういうなら、ちゃんと手駒おれらを安心させろ──〝指し手〟サラン・ゾラーク」


 俺の言葉に、口角を小さく吊り上げるサラン。


「わかっていますよ。少ししたら、あなた方にも仕事がありますからね。覚悟してください」

「厄介事じゃねぇだろうな」

「もちろん、厄介事です」


 思わぬサランの反撃に、俺たちは顔を見合わせて苦笑するしかなかった。

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