第35話 銀の正十三角形

「僕は、僕は……ッ!」

「うるせぇ、死ね!」


 迫る多頭蛇の尾を薙ぎ払って、バケモノの懐に踏み込む。

 そんな俺を叩き潰そうと振り下ろした前足を、ロロの鎖が縛って止めた。

 同時に、赤い稲妻が俺の直近を横切って、バケモノの腹を焼き切る。


 サランのやつ、相変わらずひでぇ魔法の使い方をしやがる。

 俺に当たったら、どうするんだ……と思うが、当たったためしがないので文句も言えない。

 だが、まぁ……アシストとしては、悪くないな。


「ロロ・メルシア! サラン! 僕の邪魔をするな! 僕は、僕は──ひっ」


 わめくアルバート面のバケモノが、俺を見て恐怖に顔を歪める。

 ああ、やっぱり異界の神とやらはバカだ。

 こんな情けない奴の頭を据え付けて、世界を滅ぼそうなんて凡ミスをするなんて。

 こんなバカの頭を据えたばっかりに、俺の怒りを買って。

 こんなクズのために、〝淘汰〟は失敗する。


 身体の奥底からあふれる力を、体にまとわりつかせる。

 ああ、わかる。この『力』の使い方が。

 漆黒の戦鎚ウォーハンマーが、俺に囁くのだ。


 ──「壊せ」と。


 これは、埒外の力なのだ。

 異界の神と同じく、この世界に在らざる場所にある『』。

 そこから、無理やりにエネルギーを引き出して揮うための仕組みだ。

 俺の頭が悪くても、感覚的にわかってしまう。


 なるほど。

 神様とかいう得体のしれない何某は……そういう者か。

 あんまり、性質のいいもんじゃねぇな。


「ふンッ!」


 戦鎚ウォーハンマーをバケモノに振るう。

 肉を打つ感触、骨を砕く感触、内臓が圧壊する感触……『壊れた』感触は何もかも手に取るようにわかった。

 そして、もっと本質的なことも。


「ユルグッ! お前はァ!」


 やぶれかぶれの一撃を俺に向けるアルバート。

 それを跳躍して、避ける。


「もう、人間のふりすんな……バケモノが!」

「お前も、一緒だろうッ!」


 アルバートの足りない頭部がついてるくせに賢いじゃないか。

 そうとも、同じだ。お前と俺は。

 『神威』を揮うための入れ物。

 つまり、〝淘汰〟の形に過ぎない。


 だが、俺とアイツの間には、埋められない決定的な差がある。

 つまり、だ──俺の方が圧倒的に強い!


「行くぞおらァッ!」


 短く気合を入れて、全力で戦鎚ウォーハンマーを担ぎ上げて駆ける。


「死ね……! 死ね死ねしねええええええええー!」


 半狂乱になって、体を震わせるバケモノ。

 しかし、俺は得物に力を蓄えてただ、突っ込む。


 お前の炎も、破壊の光も、鋭い爪も……何もかも、全て無駄だ。

 忘れたのか? 俺たちの仲間は、強い。


「やらせないよ!」


 ロロの放った魔法のベールが炎をかき消す。


「馬鹿の一つ覚えですね。禁止です」


 サランの反対魔法が破壊の光を打ち消す。


「信じてますよ、ユルグ……!」


 フィミアが放った幾重もの防護魔法が爪を、蛇の牙を受け止める。


「──いやだ、たすけて!」

「ダメだ。死ね」


 真正面から、漆黒の戦鎚ウォーハンマーを振り下ろす。

 打撃と衝撃波がバケモノの身体を木っ端みじんに吹き飛ばし、銀色の液体を木々に飛び散らせた。

 文字通りに、

 もう、再生することもできまい。


「あ──……が、ぁ」


 上空から振ってきたアルバートの頭が、ごろりと転がる。

 こんな時までしぶといことだ。

 せめて、この瞬間に死んでいれば幸せだったものを。


「僕は……僕はさ! ただ──」

「もういい、アルバート。もう、いいんだ」


 銀色に硬質化していく、アルバートの頭部。

 まがい物とわかっていても、気分のいいものではない。


「じゃあな、リーダー。また、冒険しようぜ」


 戦鎚ウォーハンマーを振り下ろして、アルバートの頭部であったものを壊す。

 壊さねばならない。異界の神──『銀の正十三角形』の依り代となった、これは。


「終わったの……?」


 ロロの言葉に、俺は首を振る。


「いいや、まだだ。だが、もう終わる」


 俺の言葉が終わると同時に、森に散らばった銀の液体が、破片が集まってくる。

 それは幾何学的な模様を描きながら、まるで組木細工のように一つの形へと変化していった。


「ロロ、サラン。見るんじゃねぇぞ? 取り込まれる」

「それは勘弁願いたいですね」

「ボクも」


 素直に後ろを向く二人に苦笑しつつ、フィミアに手を差し出す。


「お前の助けがいる」

「わたくしの、ですか?」

「ああ。こいつをどうこうするには、ちょっと俺だけじゃ不足だ」


 カチャカチャと金属音を立てながら、静かにたたずむそれは奇妙極まりない物体だった。

 どの方向から見ても、正面しか見えない……気味の悪い物体。


 ……『銀の正十三角形』。


 俺たちとは決して相容れない、さりとて友好的な異質なる何か。

 仲良くなどできやしないのに、こいつは人を求めるのだ。

 はた迷惑で孤独な『力』の集合体。


「壊したいが、俺たちの摂理じゃ壊せねぇんだ、これ」

「どうすればいいですか?」

「一つ、試してみたいことがある。お前の協力が必要だ」


 そう言い含めてから、俺はある『提案』を口にする。

 感覚的に、それが可能だと思った。

 本質的に〝淘汰〟となった俺には。


「……無茶苦茶ですよ、それ」


 そう渋い顔をしつつも、フィミアが小さくうなずく。

 それに頷きを返してから、俺は漆黒の戦鎚ウォーハンマーに〝淘汰〟たる力を込めて振りかぶった。

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