第34話 聖剣

「フィミア! フィミアが来てくれた! ボクのフィミア!」

「ユルグ、傷を見せてください。……これは手ひどくやられちゃいましたね」


 狂喜乱舞、といった様相のバケモノを無視して、フィミアが俺に触れる。

 治癒の祈りが、傷ついた俺を包み癒してゆくのを見て、アルバート面の何某がピタリと動きを止めた。


「フィミア……?」

「どうですか、ユルグ? まだ、痛みますか?」

「いや、問題ない。動きさえすりゃいいんだ」

「また、そんな事を言って!」


 立ち上がった俺を困り顔で見上げるフィミア。

 そのフィミアを唖然とした顔で見るアルバート。


「〝淘汰〟の気配がします。これが、そうですね」

「フィミア? どうして僕を無視するんだい? 君のアルバートだよ?」

「言語性を獲得した混成型魔獣。〝手負いスカー〟よりもさらに厄介ですね」


 連接棍フレイルを手に、きりりとした顔をする聖女。

 それを見て、納得した。

 アルバートの面が張り付いているからと言って、これはアルバートではないのだ。

 〝聖女〟であるフィミアには、それがはっきりわかってしまうのだろう。


「さて、仕切り直しだ……バケモノ」

「どうして、ボクの思い通りにならないんだ……! 今も、あの日も!」

「お前がバカだからだよッ!」


 左手に手斧を構えて、前方に踏み込む。

 そんな俺に合わせて、ロロが隣を駆けた。


「先に仕掛けるッ!」

「わかった!」


 一歩先んじる俺の斜め後ろで、ロロが小さく指を振るのが見えた。

 〈必殺剣クリティカル・ウェポン〉に〈武器強化エンチャント・ウェポン〉、加えてバケモノの身体に〈束縛の鎖チェーンオブバインド〉で発生させた魔法の鎖が巻き付ける。

 たった一呼吸で三つの魔法とは、さすがロロだ。

 俺も、俺の仕事をしなくては。


「おらぁッ!」


 長い首に向けて手斧を叩きこみ、怯んだところで右ストレートを獅子の身体にぶち込む。

 悲鳴を上げてたたらを踏むバケモノ。

 そうして下がったアルバート面の頭部に、ロロが容赦なく小剣ショートソードを突き立てた。


「痛い……ッ! 痛い……! 僕が何したって言うんだ!?」

「村を襲わせて、カティを殺したんだろうが! テメェはぁッ!」


 昔から自分勝手で他責的なところがある奴だった。

 それでもそれなりにうまくやってこれたのは、いつも一線を越えなかったからだ。

 だが、テメェは違う。


 俺の大事な場所と、大事な女を踏みにじったのだ。

 万死に値するとは、まさにこのこと。

 不死身か何か知らないが、何千回でも何万回でも死ぬまで殺してやる。


「僕は、僕はただ……お前たちを殺したいだけなのに!」

「お前が死ねッ!」


 再生を始めたバケモノの巨体に、蹴りをくれてやる。

 低空を跳ねるように吹っ飛んだバケモノが、数本の木々をなぎ倒しながら悲鳴を上げた。


「ち、戦棍いつものがねぇと、パッとしねぇな」


 軽く肩で息をしながら、起き上がるバケモノを見やる。

 足りない。あれを滅ぼしつくすための、力が足りない。

 カティの敵を討つために、あれを殺すための道具が手元にない。


 あれが人選ミスの〝淘汰〟なら、俺も人選ミスの勇者だ。

 聖遺物になるべき、勇者を表わす武器を持たない。

 頼みの得物はやっぱり普通の鉄の塊で、さっき砕けちまった。

 こんな事なら、教皇におねだりして聖遺物の一本ももらって来ればよかったか?


「精彩さを欠きますね、ユルグ」


 立ち上がろうとしたアルバート面のバケモノに氷塊を降らせながら、サランがちらりとこちらを見る。

 俺に、早いところトドメを指せと言う顔だ。


「俺は半端もんの勇者でな。例の力もなんだか使えねぇ」

「あなたらしくもない。得意の暴力で早く何とかしてください」

「調子が出てきたら素手でもぶちのめしてやるさ」


 サランの言葉に、小さくなずいて俺は胸中に宿る『勇気の炎』を意識する。

 そうだ。俺が勇者であるなら──あれをぶちのめす手段があるはず。

 俺はともかく、フィミアは信じられる。

 稀代の〝聖女〟フィミア・レーカースが俺を選んだのだ。


「ユルグ」


 俺の決意に呼応するかのように、フィミアが隣に立つ。

 そして、そっと俺の手を取った。


「フィミア?」

「わたくしは、あなたに相応しい聖女でしょうか」


 少しだけ寂しそうにフィミアが笑う。


「こんなところで禅問答か?」

「答えてください、ユルグ。聖女が勇者を選ぶというのは、勇気が要ることなんですよ? 本当は」


 真剣な瞳で俺を見るフィミア。

 何を心配しているのか俺には理解しかねるが、答えなど決まっている。


「俺は勇者としてちと不足かも知れんが、お前は聖女だろう?」

「わたくしは、恐れています。あなたが、わたくしを拒むことを」

「拒む? 俺が?」


 何を言っているのか、わからない。

 俺なりに、フィミアを大切に思っているつもりなのだが。


「わたくしは、聖女失格です。あなたを選びながら、あなたを信じきれていないのです」

「そうかよ。だけど、俺はお前を信じてるぜ」


 軽く頭を撫でやって、笑ってやる。

 何を不安に思っているのか知らないが、俺の答えなんて最初から決まっている。


「大丈夫だ、フィミア。俺を信じろ。お前が勇者に選んだ男は、やると言ったら必ずやる男だ」


 少し驚いた顔をしたフィミアが、ふわりと笑う。

 そして、ただ静かにうなずいて、俺の手を自らの胸に引き寄せた。


「お、おい……」

「ユルグ、受け取ってください。今よりわたくしの全てが、あなたのものです」


 目を閉じるフィミアの胸──心臓のある場所から、光が溢れ出す。

 輝く白光の中から、静かに、そしてゆっくりと俺の手に向かって何かが現れた。


 本能的に、それを掴む。

 掴んだ瞬間、自分のものだと理解できた。

 フィミアも、これも……俺のためにあるのだと、誤解のような事実が理解できてしまった。


「ああ、確かに。受け取った」


 フィミアの胸からそれを引き抜く。

 ずしりとしつつも、手に馴染む感触。

 壊れちまった戦棍あいぼうと似てはいるが、こいつはもっと凶暴だ。


 ──艶のない、真っ黒な大型の戦鎚ウォーハンマー


 剣でも、槍でもない。

 俺の知る聖遺物とはまるで違う得物だが……なるほど、これはいい。

 まさに俺におあつらえ向きの武器だ。


「聖剣とは、こうして生まれるのですか……!? ああ──それで。それで、聖女が勇者を選ぶのですね。自らを委ねるべき、相手を……!」


 サランが目を見開いて、俺の持つ漆黒の戦鎚ウォーハンマーを見る。

 それに、フィミアが小さくうなずいて応えた。


「聖女とは、選定者にして聖剣の鞘。その全てを勇者に捧げるべき贄なのです」

「バカ言うな。自分を道具か何かみたいに言うんじゃねぇよ」

「ユルグ、わたくしは……」

「お前はフィミア・レーカース。『メルシア』のメンバーで、俺の仲間で、大事な女だ」


 よろつくフィミアの腰をそっと支えて、前方を見据える。

 サランとロロの攻撃に抑え込まれていたバケモノが、咆哮を上げて圧を増してきていた。


「待たせたな、ロロ! ここからは、俺に任せろ。そいつを、ぶち殺す」

「やっと真打の登場、だね。それじゃあ、いつも通りに行くよ!」


 跳び退りながら、すれ違いざまにロロが俺に強化魔法を次々と施す。

 それを浴びながら、俺は大きく息を吸い込んで一歩ずつ前に進んでいく。

 あのバケモノを終わらせるために。


「では、私もいつも通りに殺す気でサポートしましょうか」

「防護魔法は任せてください、ユルグ!」


 サランとフィミアの言葉に背中を押されながら、漆黒の戦鎚ウォーハンマーを担ぎ上げて一気に駆けだす。


「おおおおおおおおッ!!」


 戦叫ウォークライをバケモノに叩きつけながら、俺は自分の中にある『力』を一気に解き放った。

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