第33話 一人きりの戦い

 アルバート面をしたバケモノが、獅子の前足が横薙ぎに振るう。

 それをバックステップで軽く避けて、片腕で戦棍メイスをその前足に振り下ろした。

 小さな悲鳴を上げて、バケモノが一歩下がる。


 ……痛みがあるなら、丁度いい。

 とんでもなく痛くしてやる。


「お前、お前如きが! 僕のものに触れるなんて!」

「お前のもんじゃ、ねぇだろうが!」


 踏み込みがてらに前蹴りを叩きこむ。

 首の付け根が大きくへこみ、骨がへし折れる感触が脚に伝わった……が、だらりとなったバケモノはすぐに持ち直した。

 〝手負いスカー〟同様に、不死身タフであるらしい。


「僕は銀なる神に救われたんだ! 神の使いなんだ! この世界のルールに囚われない、新たな支配者なんだ!」

「お前の素性なんて、知ったことかッ! ただ、殺す……それだけだ」


 神だろうが、支配者だろうが、〝淘汰〟だろうが関係ない。

 俺からカティを取り上げたんだ。それ相応の報いは覚悟してもらう。


「特別に痛くしてやるよ!」


 戦棍メイスを振り上げて、跳ね上がる。

 そして、全身のバネをフルに使ってアルバートをした頭部に叩きこんだ。

 頭蓋を粉々にした感触はあったが、手応えが足りない。

 このバケモノが〝手負いスカー〟と同じ手合いだとすると、決定力に欠ける。

 その証拠に、首から盛り上がるようにしてアルバートの頭部が再生されてしまった。


 ……〝手負いスカー〟の時よりも、さらにバケモノじみているらしい。


「無駄だよ、ユルグ。君じゃ、もう僕を殺せない。〝手負いスカー〟みたいには、いかないからな?」

「やってみなきゃわかんないだろッ!」


 戦棍メイスを担ぎ上げようとする俺に、アルバートの目から細い光線が放たれる。

 まるで予備動作なしに発射されたそれは、反応できなかった俺の右足を焼いた。

 森を焼く威力ではないが、人を殺すには充分な威力。

 しくじったな、これは。


「ぐ……!」

「なぶり殺してやるよ、ユルグ。僕のフィミアに触れた罰だ」

「はン、フラれた男がバケモノになった後まで未練がましいこった」

「貴様ァ!」


 激昂した様子で、俺を踏み潰すべく飛び上がるバケモノに、にやりと笑って見せる。

 相変わらず詰めが甘いんだよ、テメェは。

 たかだか片腕片足を潰したくらいで、優位にたったと思うなよ!


「だぁあああらぁああッ!」


 残った左足を踏みしめ、跳ぶ。

 利き腕さえ残ってりゃ、だいたいのことは暴力で解決できんだよ!


「ヒッ」


 小さな悲鳴を上げたバケモノだったが、危機を感じるのが少し遅い。

 やはり、アルバートの頭なんてものがついてるから、考えが足りないのだろう。

 〝淘汰〟たる異界の神とやらは、人選を誤ったとしか思えないな。


「ぼぁっ……が」


 横っ腹に戦棍メイスを叩きこまれたバケモノが、臓腑を撒き散らしながら吹き飛んでいく。

 追撃をかけたいが、右足が動かない現状ではいかんともしがたい。

 だが、今度は少しばかりの手応えがあった。


「やっと調子が出てきたぜ」


 そう独り言ちて、戦棍メイスを担ぎ直す。

 少しばかり動かないところはあるが……まだまだ戦えるはずだ。

 そうだ、俺はアレを殺さなくてはならない。


 カティにそう約束した。


 あいつは、俺との約束を守ったのだ。

 ならば、応えなくてはならない。無茶でも、無理でも……やってみせる。

 そう決めて、一歩踏み出したところで光が見えた。

 木々を焦がしながら迫るそれを、戦棍メイスを盾にして防ぐ。


「くっ……!」


 電撃を受けたような衝撃と共に、吹き飛ばされて地面を転がる。

 身体に風穴があくことを回避はしたが……傍らに落とした戦棍メイスは砕けてもう使い物になりそうになかった。

 ここで得物を失うとは、少しばかりまずったな。


 迫る地響きに、俺は身体を起こす。

 腰には手斧もあるし、手甲の突起は攻撃用だ。

 まぁ、最悪……素手でも戦えはする。


 まだ、行ける。

 やってみせる。

 諦めるのは、死んだ時だけだ。

 そう心を奮い立たせて、俺は再びバケモノと対峙する。


「許さないぞ! ユルグ!」


 抉られた腹から、銀色の液体を垂れ流しながらアルバートの面ががなる。


「そりゃ、こっちのセリフだ……! バケモンが」

「うるさい! 僕は支配者──『終末の獣』だぞ!」


 叫ぶと同時にバケモノの首がパクリと左右に割けて、炎を吐き出す。

 耐えてやる、と身構えた瞬間……ふわりと俺を魔法の風が包んで熱をやわらげた。


「ユルグ! また無茶したね!?」

「ロロ……!」


 指先に魔法の光を宿した幼馴染が、小剣ショートソードを抜いて俺の前に出る。

 その背中の頼もしさに、俺は少しばかりほっとしてしまった。


「まったく、ユルグは! 先行して勝手に戦いを始めないでって言ったでしょ? 後でお説教だからね!」

「全くです。あなた、私の手駒としての自覚があるんですか?」


 ひやりとしたものが吹き抜けて、バケモノを霜で包み込む。

 気が付けば、俺の背後には魔法使いサランが立っていた。


「ロロ・メルシア……! サラン……!」


 凍り付きながら、アルバートの面がこちらを睨む。

 憎悪と殺意のこもった目に、涼しい顔でサランがため息をついた。


「おや、何処かで見た顔ですね。今度はバケモノの日雇いアルバイトでも始めたんですか?」

「サラン、サラン……! お前が、僕をハメたんだ! 利用するだけ利用して!」


 霜を振り払ってこちらに向かってくるバケモノに、ロロが指を振る。

 瞬間、アルバート面のバケモノがその場でつるりと足を滑らせて、叩きつけられるようにして派手に倒れた。

 ロロの得意魔法である〈転倒スネア〉だ。


「させないよ、アルバート。仲間みんなに手出しするなら、ボクは容赦しない」

「ロロ・メルシア……! お前が、お前のせいだ! 何もかも、お前がッ!」


 立ち上がり、吼えるアルバート面のバケモノ。

 タフな奴だ。生きてる時に、このくらい根性があれば……いや、いまさらか。

 今は、殺すべき敵だ。


「ユルグ、大丈夫?」

「ああ、どこもかしこもボロボロな上に、得物まで失せたが……まだ、やれる」

「大丈夫には聞こえないね」


 ロロが小さく苦笑して、俺の身体を引き起こす。

 親友の肩を借りるのは、久しぶりだ。


「サラン、どうする? 一時撤退?」

「いえ、その必要はなさそうです。──来ましたよ」


 サランの言葉に応えるように、木々の間を抜けてくる音がする。


「ぐれぐれー!」

「遅れましたが……間に合いましたね」


 純白の聖女が、俺の隣に立って小さく笑った。

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