第30話 街道封鎖
──翌日。
どこもかしこも人であふれていて、様相を見ただけで何かあったのだとわかる。
「子爵に話を聞いてきます。ユルグ達は冒険者ギルドに」
「わたくしは教会で事情を聞いてまいります」
「わかった。冒険者ギルドで落ち合おう」
不安を胸に押し込めてロロと共に、大通りを行く。
普段は馬車が数台行き来する大通りも、今日は人が溢れてかなり混みあっていた。
「……こりゃ、何かあったな」
「うん。あ──!」
冒険者ギルドが見えてきたところで、ロロがとある一角を指さす。
視線を向けると、そこには知った顔が困った様子で座り込んでいるのが見えた。
「トムソン!」
「……ユルグ? ロロも!」
立ち上がったトムソンがこちらにふらつく足取りで近づいてくる。
その姿は泥と埃に汚れていて、俺の不安を大きく掻き立てた。
「どうした? なんで
「マルハスで飼育する用の乳牛を買い付けに来たんだ。そしたら、昨日から街道が封鎖されて戻れなくなったんだ」
「他の連中は?」
「何人かいるけど、はぐれちまってさ。兵士は危険だからとしか言わなくて事情も分からないし、オレ……どうしたらいいんだよ」
俯いて不安げに息を吐きだすトムソンの肩を軽く叩く。
我慢しろ、俺。ここで俺が不安に負けて短気を起こせば、こいつの不安まで煽っちまう。
「こっちでも事情を調べておく。しばらくここに居るのか?」
「ああ、宿もあいてなくってよ……」
「おいおい、一晩中この道端にいたのか?」
「お前の辛さが身にしみてわかったよ……」
横目にロロを見ると、こくりとうなずく。
俺みたいな人間はともかく、まともな人間が浮浪者の真似事をするなんて体にも心にもよくない。
特にこんなよくわからない状況では消耗も激しいだろう。
「トムソン、郊外の冒険者用野営地に行こう。野営の装備を貸すから温かい物でも飲んで、落ち着いた方がいいよ」
「俺は冒険者ギルドに情報を仕入れに行く。仮にもギルドマスターの端くれだ、伏せてる情報だって吐くだろうさ。だから、トムソン。ロロと一緒に待っててくれ」
「あ、ああ。わかった。お前らに会えてよかったよ」
力なく笑うトムソンに「少し酔っとけ」と葡萄酒の入った水袋を渡し、ロロに頷いてその場を離れる。
注意深く見れば、冒険者の数もかなり多い。
ここで足止めを喰らってる連中の中にも、新市街から来たヤツがいるのかもしれない。
そう考えていると、歩く俺の隣に並ぶやつがいた。
気配と足音が薄い。手練れの斥候だ。
「お帰りなさい、ギルドマスター」
「モックス……! お前か」
声を聞いて思い出した。
吟遊詩人のモックス・ヴェロー。
『新市街』立ち上げ時に、森の調査を頼んだ斥候の一人だ。
「これはどうなっている?」
「昨日、戒厳令が出されてマルハス方面への街道が封鎖されました」
「それはさっき聞いた。理由はなんだ?」
「〝
「──な」
「声を押さえてください。おれは現地情報をヒルテ冒険者ギルドに届けに来ました。先にギルマスと共有します」
小さく深呼吸し、歩きながら隣に「続けろ」と促す。
「二週間ほど前から、小規模な〝
「避難指示は?」
「カティさん主導で予め策定されていた防衛計画と避難計画が実施されましたが、時間が足りませんでした。現在も新市街で冒険者が防衛戦を準備中です」
モックスの言葉に、強い焦燥感が生まれて心をざわつかせる。
「被害状況は?」
「私は何も。急報の使い走りとして一番最初にマルハスを出ました」
「避難は始まってるんだよな?」
「はい」
「わかった。情報、ありがとな」
俺に小さくうなずいて、モックスが雑踏を駆けていく。
ここで、最新かつ生の情報を得られたのは、幸運だった。
すでにことが起きちまってること自体は、予断を許さないが……行動指針を決めるのにこれ以上の情報はない。
そう考えた俺は、来た道を引き返して冒険者用野営地を目指す。
いま、冒険者ギルドに行けば、災害発生地の現地ギルドマスターとして足止めを食う可能性がある。
情報のためにはそれも致し方なしとは考えていたが、モックスのおかげで手間が省けた。
「急ごう」
そう独り言ちて、俺は混乱する人々であふれる大通りを、静かに駆けた。
◆
「各種の手配は済ませました。行きましょう」
野営地に戻ってきたサランが、俺たちに告げる。
合流して情報共有した直後に出たくはあったが、相手が〝
だから、最優先のものをサランに任せて、出立の準備を整えていたのだ。
「少し休めたから、気力も魔力も十分だよ」
「わたくしも、行けます」
ロロとフィミアには短時間だが休んでもらった。
モックスからもたらされた情報の内容的に、防衛戦はもう開始されている可能性がある。
マルハス到着直後から、動かねばならなくなるなら……二人には、休息をとってもらわねばならないと思った。
「すまねぇな、サラン。お前にも休む時間をやりたかったんだが」
「私は道中、ほとんど魔法を使いませんから問題ありません。それよりも、ユルグ、あなたは大丈夫ですか?」
「問題ねぇ。はなから丈夫なだけが取り柄なもんでな」
馬とグレグレに荷物を括りつけ、軽く笑って返す。
状況的に猶予はない。だが、俺が余裕のない顔をするわけにはいかない。
ここには、仲間以外にマルハスに戻れなくなった連中が数人いる。
「それじゃあな、トムソン。行ってくる。野営道具はここに置いていくから、好きに使ってくれ」
「ユルグ、大丈夫だよな?」
「当たり前だろうが。俺を誰だと思ってんだ」
「──〝辺境の勇者〟」
トムソンの言葉に、小さく首を傾げる。
〝悪たれ〟でも〝崩天撃〟でもなく、〝辺境の勇者〟ときたか。
初めて聞く、二つ名だ。
「お前のことを、そう呼んでるヤツがいたんだ」
「誰だか知らんが……まぁ、悪くねぇな。なら、それらしく振舞ってやるさ。俺に任せておけ」
俺の言葉に頷いたトムソンが、精一杯に笑って見せる。
戦えもしないこいつが、無理をしてでも笑って俺たちを送り出そうとしているのだ。
ならば、俺はそれに応える必要がある。
「よし、みんな。いくぞ」
「うん……! マルハスを救わなくっちゃ」
「ヒルテ所属の聖騎士が数人先行しています。わたくし達も追いつきましょう」
「想定通りとはいかないでしょうが、何とかしてみせましょう。盤面を整えるのは、私に任せてください」
仲間たちの頼もしい言葉に頷いて、東に延びる街道を見やる。
月の隠れた闇夜に続くその先から、フィミアが言っていた圧迫感がじわりと頬を撫でた。
「それじゃあ、出発だ。夜行軍になる、注意して進め」
焦ってはやる気持ちを抑えつつ、俺は出立の号令を仲間達に下した。
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