第29話 過ぎたる成果を求めて
東街道をマルハスに向かってひたすらに進む。
王都に向かうためにこの道を通った時は、雪すら混じる冷たい風が吹いていたのに、今は陽気を帯びた暖かい空気を感じた。
だが、それが逆に俺──そして、ロロの気分を焦らせた。
「暖かすぎる、ということですか?」
「ああ。この陽気はちっと異常だ」
「うん。暖かすぎるし……漂う魔力の流れもちょっとヘンかも」
「なるほど。興味深いですが──いまは、それを楽しんでいる場合ではありませんね」
眼鏡を押し上げて、サランが小さく唸る。
同じくロロも、考え込む姿勢を見せたので俺は黙って後ろを振り返った。
「フィミアは何かわかるか?」
俺の問いに一瞬詰まったような顔を見せたフィミアが、おずおずと口を開く。
「その、不安にさせてはいけないと思って黙っていたんですが……なんだか圧迫感のようなものを東から感じます。なんだか、こちらを見ている様な気持ち悪さを感じます」
「マルハスからか?」
「わかりません。ですが、方向的にはおそらく。黙っていてすみません」
しゅんとした様子で目を伏せるフィミアに、ミルクと蜂蜜入りのコーヒーを差し出す。
コーヒーがあまり得意ではないというフィミアだが、これは好きだと言っていたので常備しているのだ。
「気にするな。こっちこそ気を遣わせてすまんな」
「いえ、わたくしこそ。何かわかれば、伝えますね」
「おう」
軽く笑い合う俺たちを見て、ロロが小さく顔をほころばせる。
それに釣られるように、サランも少し口角を上げた。
「なんだよ、二人とも」
「ううん。ユルグがまた少し変わったなって思って」
「正確には、フィミアさんにそれらしく接するようになりましたね」
「ちょっと、サラン。そこを濁したのに!」
二人の言葉にギクリとしてちらりとフィミアに視線を向ける。
それに気づいたフィミアは、少し耳を赤くしてさっと視線を俺から外してしまった。
ああ、なんだ? この妙な空気は。
俺だって、反省くらいする。
リーダーとして仲間に寄り添おうとしてるだけなのに……!
「悪いことではありません。私は正直羨ましいくらいです」
「お前が? 羨ましい? やめろよ、雨が降ったらどうしてくれる」
「失言でした。忘れてください」
小さく首を振るサランだったが、意外なことにそれに食いついたのはフィミアだった。
「サランさんには婚約者などいないのですか?」
「昔はいましたよ?」
なんてことはない、といった風情でサランが答える。
そう言えば、こいつの身の上を聞く機会というのは今までなかった。
この様子から、聞けば応えてくれはしたのかもしれない。
「昔ってことは、今はいないの? 貴族でしょ? サランって」
「さて、どうでしょうね? 貴族なのか、冒険者なのか。そろそろ怪しくなってきました。少なくとも、私の元婚約者の両親は、私を貴族とは認めなかったようです」
サランがコーヒーを口に含んで、小さく息を吐きだす。
普段は仏頂面な参謀役の顔に、少しばかり人間らしい表情が滲んでいる気がする。
「思えば、そのことがあったからかもしれませんね。私が行き過ぎた成果主義に傾倒するのは」
「自覚、あったのかよ……!」
「成果は多ければ多いほどいいでしょう? それが今の私の生き方です」
俺の言葉に軽く口角をあげながら、サランは続ける。
「幼馴染でしてね、家柄も丁度よく……幼いころから婚約をしていました。ですが、今の彼女は兄の妻です」
「──え」
「おや、フィミアさんは知っているとばかり。お茶会で会ったことがあるでしょう? ゾラーク伯爵夫人に」
声を上げたフィミアが、少しばかり顔を青くする。
どうやら藪をつついて、蛇に触れちまった気分なのだろう。
「兄の婚約者がまたバカな人でね、逃げたんですよ。それで、私の婚約者だった彼女に白羽の矢が立った」
「そんなことって、あるの? ボクには信じられない世界だよ……」
「貴族の世界というのは、そういうこともままあります」
王都を見てきた俺としては、あり得ると思った。
あいつら、まとめてちょっとおかしいのだ。
まるで、血と地位を継ぐための歯車みたいな生き方をしている。
人の心が、ない。
「その頃の私は、ちょうど『シルハスタ』を結成したばかりでどうしようもなかった」
「婚約者の方を取り戻そうとは思わなかったんですか?」
「そのために実績が必要だったんですが、間に合いませんでした。……なるほど、今の私は復讐心でここに居るのかもしれませんね」
何かに気が付いた様子で、サランが眼鏡に触れる。
焚火が反射して、レンズの向こうが見えなくなったサランがぐっとコーヒーを飲み干す。
「兄を、婚約者の家を、そんな判断を下した実家を……見返したくなったのかもしれません。あり得ないほどの功績を打ち立てて」
「サランさん……」
「サラン……」
しんみりとしたロロとフィミアに対して、俺は少しばかり笑ってしまった。
不謹慎かもしれない。されど、嬉しかったのだ。
この冷血な人でなしが晒した、人間の部分に。
「いいじゃねぇか。お前らしいよ」
「そのためにあなた方を駒にしてるんですよ、私は」
「いまさら気にするかよ。やっぱお前は冒険者で貴族だよ」
軽く笑って、サランの肩を叩く。
「一攫千金のデカい夢を追う『冒険者』と、それを使ってのし上がろうって『貴族』が同居してんだ。〝人でなし〟のサランはそうじゃなくっちゃな!」
「それ、二つ名にしないでくださいよ?」
「だったら、お前らしい二つ名を早いところ広めちまいな。マルハス冒険者ギルドのギルドマスターが直々に申請してやる」
珍しく素直な笑顔を見せるサランに、ロロとフィミアが目を丸くする。
いや、フィミアだけちょっと違う気がするがまあいい。
「やれやれ、マルハスを守らねばならない理由が増えてしまいました」
「あん?」
「あの場所は、私が関わる最も大きな成果です。手放すわけにはいきません」
「おいおい、そこはもうちょっと素直になれよ」
にやりと笑って、陰険参謀に言ってやる。
きっと、こいつ自身がまだ気が付いていない願望を。
「素直に、ですか?」
「そうだ、〝人でなし〟。お前が作った新しい都市を王都よりデカくして、そこで王様みたいにふんぞり返ってやれ。それでもって、お前がやりたいことをやればいい」
「何をです?」
きょとんとするサランに、再び笑ってやる。
「決まってんだろ──俺の女を返せって怒鳴り込んで、好いた女をかっさらってこい。傍若無人な冒険者の王様らしくな」
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