第27話 急報

「俺たちは野営も含めて最短で帰る。後続の調査隊と軍は無理のない速度で来てくれ」

「ああ、そうさせてもらうぜ。何せ、王国の端から端だからな」


 王の謁見が成った翌々日。

 巨大な城門に見送りに来てくれた王立第三軍団副長のグレッグと握手して、言葉を交わす。

 王との謁見は、シンプルで事務的な確認のようだった。

 俺が勇者であること、〝淘汰〟の再出現が危ぶまれていること、そのために多くの助けが必要なことなどが、サランの口から説明され……王がそれにうなずく。


 少し前、ロロが「サランが王様向き」だと話していたが、得心いった。

 あれは人間というよりも、国を動かす仕組みの一部のように思える。

 人でなく国を見ている、サランのヤバい版だ。


 俺たちが謁見した時点で、もういくつかの状況を動かしており……その一つが、目の前にいるグレッグである。

 王都の第三軍団を動かして、俺の提案を実行する……それが王の選択だった。

 もちろん、有識者たるサランの口添えもあれば、教皇からの託もあったのだろう。

 それにしたって、かなり迅速が過ぎるが。


「すでに各所で軍と冒険者が動いているはずだ。貴族連中の中には公金の無駄という輩もいたが……オレはお前に乗るぜ、ユルグ」

「ああ。最悪っつーかなんつーか、何もないならないで、それが一番いい」

「だな。それじゃ、道中気を付けてな!」


 俺の肩を軽く叩いて、引き返していくグレッグ。

 その背中を見送って、俺はすっかりと出発準備を整えて馬に乗った仲間たちの元へ向かった。


「ユルグって友達作るの上手だよね」

「あいつがいい奴なだけだ。さて、準備はいいか?」


 俺の確認に仲間たちがうなずく。

 ここから先は、行きと違って強行軍になる。

 一刻も早くマルハスに戻って、調査と対策に手を付けなくてはならない。

 どこで何が起こるかわからない。

 最悪、あの場所で異界の神が起き上がる可能性だってゼロではないのだ。


「しかし、考えたものですね? ユルグ」

「あん?」


 馬を並ばせて、サランが目を細めて笑う。

 こいつの愉快どころがいまいちわからないが、まあ、怒らせるよりはいい。


「各地の迷宮に逆に攻勢を仕掛けるなんて、ちょっと考えつきませんでしたよ」

「迷宮何とか理論が本当だとして、マルハスの迷宮に力を送る余力を削ればいいってシンプルな愚策だ。本当に有効かなんてわからんぞ?」

「それならそれで、有用な資料になります。うまくいかなくともね」


 俺としては、サランがもう少し現実的なプランに仕上げてくれるだろうと期待していたのだが、まさかそのまま力押しで行くなんて思いもしなかった。


「現実的な案だと思いますよ、ユルグ」

「ぐれぐれ!」


 隣に並んだフィミアがこちらにうなずく。

 そういえば、こいつも教会本部に働きかけてこの案を押してくれたんだった。


「すべての人をマルハスに集結させるのは現実的ではありませんし、パニックになりかねません。それなら、冒険者や軍で迷宮という存在そのものを弱らせるというのは悪い手ではないように思います」

「フィミアさんの言う通りです。少なくとも、データはそういった挙動を示している。であれば、あなたの策は有効打になりえると思いますよ」

「それもこれも、まずはマルハスに戻ってからの話だ。急ぐぞ!」


 俺の言葉にうなずいたロロとフィミアが、強化魔法と活力賦与魔法を馬たちに施す。

 雪が残る春前の街道を、俺たちは全速力で駆け抜けた。


 ◆


 北西街道を十日で駆け抜け、アドバンテへ。

 すでに市長や冒険者ギルドに一報が届いてるはずと面会を申し出た俺たちだったが、そこで逆に報告を受けることになった。


「落ち着いて聞きな。這い出しオーバーフロウが開拓都市であったって報告があがってる」

「どこ情報だ!」


 思わず声を荒げる俺の額を、市長が指で弾く。

 強烈な打撃にたたらを踏んだ俺に、市長がゆっくりと口を開いた。


「落ち着けと言ったはずだよ、〝悪たれ〟」

「……すまねぇ。それで、状況は?」

「情報はヒルテ経由。今のところ、押し返しに成功したって報せが来てる。警戒した東部の各領主が防衛部隊を編成中だ。冒険都市ウチからも後詰めの冒険社カンパニーをいくつか出す」


 婆さんの言葉に、ほっと胸をなでおろす。

 とはいえ、這い出しオーバーフロウが起きた以上、事態は一刻を争う。

 くそったれ……春の気配がしたからと言って、一斉に元気にならなくともいいものを!


「あんたらが王都で詰めた事情についてもこちらに届いてる。こっちのことは任せな」

「ああ、悪い。ありがとうな、婆さん!」


 仲間たちと共に市長室を後にした俺は、厩舎の方向に足を向ける。

 すでに日が落ちているうえに、本来はここで一泊する予定だったがそうも言ってられない。

 少しばかり無謀なのはわかっているが、いてもたってもいられなかった。

 そんな俺の肩を、サランがいつになく強い力で掴んだ。


「ユルグ、焦りは禁物です」

「サラン、急がねぇと……!」


 俺の言葉に参謀役が首を横に振る。


「ロロとフィミアは連日の魔法行使で疲れています。馬とグレグレに関しても、魔法で強化しているとはいえ、このままでは潰れてしまいますよ」

「じゃあ、俺だけでも」

「冷静になりなさい!」


 普段、声を荒げることのないサランが俺の肩を強い力で揺さぶった。

 まるで余裕のない参謀役の顔にようやく俺も落ち着いた。

 こいつも、俺と同じなのだと。


「すまねぇ、サラン。それに、二人も」

「いいんですよ、ユルグ。急ぎたいのはわたくしも同じです」

「ボクも。母さんたちが心配だし」


 見れば、二人の顔には疲労が滲んでいる。

 ここまでろくに休息もとっていなかったので当たり前だ。

 こんな状況で飛び出そうとするなど、俺はリーダーとして全くなっちゃいない。


「厩舎には動物用の魔法薬ポーションを持たせて専業の治癒士を向かわせます。明日には元気になるはず。同じく、我々にも栄養のある食事とベッドが必要です」

「ああ、わかってる。悪かった、サラン」


 頭を下げる俺に、小さく息を吐き出すサラン。


「わかっていただければいいんです。私も怒鳴って申し訳ありませんでした」

「やっぱり、俺ってやつはリーダーに向いてねぇ」


 アルバートほどに馬鹿であれば、サランにうまく手綱を握ってもらえたのだろう。

 そう考えると、あいつはあいつで褒めるべきところがあったのかもしれない。


「今日は、とにかく休もう。ボクらはともかく、賦活魔法の使い過ぎでフィミアは倒れそうだし」

「すみません、ユルグ……」

「いや、俺が悪かった。歩けるか? 宿に行こう」


 顔色の悪いフィミアをそっと抱え上げて、『踊るアヒル亭』へと足を向ける。

 無理をさせすぎたのは、俺のミスだ。

 ……今は落ち着け。きっと大丈夫だ。


 心の中でそんな言葉を反芻して月明かりに照らされた冒険都市の大通りを、宿に向かって歩いた。

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