第26話 繋がる線

「なるほど……かなり大きな収穫を得られましたね」

「そっちはどうだった?」


 俺が教会本部神殿の最奥で、聖職者から聖職者らしからぬ質問をされていたころ、サランとロロは王弟殿下から招かれた茶話会に出席していた。

 サラン曰く、『わかりやすいお誘い』だったそれは、ロロに聞く限りはかなり盛況だったらしい。


「こちらもある程度の仕込みを終えました。数日中に謁見の機会を得ることができるでしょう」

「謁見……って、王様に会うのか?」

「国選パーティともなれば、一度はあることです。肚を括ってください」


 俺がごねることを見越してか、サランが言い含めるようにして俺に告げる。

 それにため息をつく俺の背中を、ロロが軽く叩いた。


「名誉なことだよ、素直に喜ぼうよ」

「失礼をやらかして首が飛んだらどうする」

「過去にそう言った事例がないので安心してください」

「だってさ。でも、できるだけ敬語は使うようにしようね」

「黙ってていいか?」

「リーダーがそういうわけにもいかないでしょうね」


 軽口の応酬が繰り広げられる中、ふと視線がフィミアに止まる。

 先ほどから心ここにあらずといった様子で、ずっと黙りこくったままだ。

 俺の視線に気が付いたらしいロロが、小さく耳打ちしてくる。


「今度は何やらかしたのさ」

「俺は何もしてねぇよ」

「本当に? いつもみたいに朴念仁も真っ青な唐変木をぶちかましたりとかは?」

「……自信がない」


 そもそも、俺が朴念仁だったり唐変木だったりする事実はない。

 少しばかり勘違いと行き違いがあっただけだ。


「フィミアさん、今後のことも話したいので少ししっかりしてください」

「え、あ……ごめんなさい。少し疲れてしまったみたいで」

「明日にしますか?」


 サランの言葉に、フィミアが首を小さく振る。


「大丈夫です。えっと、謁見があるかもしれないんですよね」

「はい。その際は、ユルグとフィミアさんは、それらしく振舞ってくださいね」


 サランが目を細めて、俺とフィミアを見る。

 信用できなさそうな雰囲気を出すのはよせ。

 俺だって、不安に思ってはいるんだ。


「今日、私たちが得た情報を合わせると、やはりマルハスへの援助と警戒は欠かせません。陛下を始めとするお歴々からそれを引き出すには、あなた方が『勇者と聖女』であることが重要なんですからね?」

「わかってる、そう詰めるな」

「わかっているなら、もう少しそれらしくしてください。あなた達には色気と説得力が足りません」


 だからって酒に酔った聖女を部屋に向かわせるとか、悪魔の所業だと思うがな。

 まぁ、サランに分かるくらいだ。

 見るやつが見れば、俺たち二人がぎこちなく映るだろうことはわかった。


「ま、まあまあ……ユルグ達だって頑張ってるんだから。それよりも、あのことは話さなくていいの?」

「おっと、そうでした」


 ロロにうなずいて、サランがいくつかの上質紙を机に広げる。

 整えられた文字が並ぶそれは、ところどころ数字や図も書き込まれており、何かしらの報告書であることは一目瞭然だった。


「それは?」

「各地の領主から王城にもたらされた税収の試算表です」

「それ、持って出てよかったのか?」

「盗み見たものをロロさんと二人で手分けして模写しました。原本を抜いたわけではないので大丈夫です」


 道理で見たことがある字だと思った。

 まったく、何が大丈夫なもんか。

 公文書を模写して持ち出すなんて、俺だってヤバいと知ってるぞ。


「ともあれ、これを見てください」


 サランが朱色で印をつけた部分を指す。

 どの部分も税収が落ちてる。アドバンテの名前もあった。


「迷宮を抱える場所です」

「聞いた通り、迷宮資源の算出が落ちてるのが原因っぽいな」

「ええ。それで、こちらがマルハスのものです」


 別に取り出した上質紙をテーブルに置くサラン。

 これは何度か見たことがある、俺もギルドマスターとしてカティやロロと一緒に金勘定をしたしな。


「税収が大幅に上がってるな」

「これは推測でしかないのですが……マルハスの税収だけが上がっているんです」

「そりゃ、新たに開拓したからじゃねぇのかよ?」

「それも含めて試算した結果、迷宮があるほかの領地に比べて、二倍以上の資源産出量なんですよ」


 サランの言葉に、故郷を思い浮かべる。

 それまで細々と未踏破地域の資源を得ていた時に比べて、大規模にもなったし、魔物も資源にするようになった。

 しかし、言われてみれば開拓の費用も合わせて差し引きゼロかマイナスになるはずが、逆に潤いすぎているきらいがある。


「もしかして、他領の迷宮資源がマルハスに横流しされてるかもっていいたいの?」

「惜しいですね、ロロ。そうではありません、しかし関係があるのではないかと思っています」

「──……まさか『迷宮同源理論』?」


 ロロの言葉に、サランがうなずく。

 一方、俺はよくわからずに首をかしげるしかない。

 頭のいい奴はいつも俺を置いてけぼりにするのだ。


「わかるように説明してくれ」

「えっと、迷宮は全部どこかでつながってて、リソース……つまり材料みたいなのを共有してるって学説があるんだ」

「つまり?」

「マルハスの迷宮にそういう力みたいなのが、流れ込んでる可能性があるってこと」


 ロロの説明を聞いて、フィミアと顔を見合わせる。


 古代から続く終わらない〝淘汰〟の脈動。

 打ち捨てられた異界の神の残骸。

 そこに広がる、未踏破地域と地下迷宮。


「どうしたの? ユルグ」

「いや、ちっと嫌な予感がすんだよな……サラン予定を繰り上げて帰ることってできるか?」

「それは、謁見をキャンセルしてってことですか?」


 サランの問いに、小さく唸る。

 ……いや、俺たちだけが戻るんじゃだめだ。


 もし、本当に〝淘汰〟が現れるなら……たくさんのヤツの手を借りる必要がある。

 あれだけ遠ざけようとした故郷だったが、今は何としても守りたい。

 あそこには、俺の居場所と冒険者たち……そして、ロロの夢が詰まっているのだ。


「できるだけ、謁見を早めてくれ。それで、お前から王に提案してもらいたいことがある」

「聞きましょう。今ここで説明できますか?」


 指を組んで訊く姿勢に入ったサランに、俺は小さくうなずいた。

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