第23話 予定された失言

「なんだなんだ……?」


 突然ざわつき始めた周囲の者たち。

 何かまずい失言をしてしまったのだろうか?

 それとも、教会本部がある場所で〝聖女〟にタメ口をきいたのはまずかったか?


「あら、まあ」


 そんな状況にあって、フィミアはどこか余裕な様子で俺に笑う。

 何が起きているのか説明してほしいのだが。


「サランさんが言った通りでしたね」

「何がだ?」

「ユルグの失言?」


 やはり俺は何か失言をしてしまったらしい。

 どれかはわからないが、タイミング的にフィミアを『お前』呼ばわりしたところか?

 いや、それまでにも何度かそう呼んでいる気がする。

 いったい何が騒ぎを引き起こした……?


「何がいけなかったんだ、俺は」


 フィミアに連れられて会場の端に移動しつつ、気になっていたことを尋ねる。

 だが、それに答えたのは待ち構えるようにして現れたサランであった。


「服の話ですよ」

「……服?」

「貴族社会では、想い人にドレスを送る男性は多くいますが、想い人に服を選んでもらえる機会というのは、そう多くありません。」

「そうなのか?」

「ええ、貴族社会で女性が男性に服を選ぶのは、成人前の自分の子供と夫……そして、婚約者だけなんです」


 人差し指を立てながら、どこか上機嫌な様子で口を弧に歪めるサラン。


「つまり、何か? 俺は、こんな目立つとこで……」

「実にパーフェクトです。タイミングも、場所も、流れも。さすがはユルグですねぇ」


 こいつ、近くで見てやがったな!

 またこいつに躍らされた……!


「今日、この会場に来ているのはいわば様子見の雀です」

「あん?」

「王都に戻ったサラン・ゾラークの客人、〝聖女〟、そして疑惑の勇者に興味を持った者たちの使い走りですよ。きっと、先ほどの出来事を主人の元でご機嫌に囀ることでしょう」


 口数が多い。

 計画通りに事が進んだことに気をよくしているときのサランの癖だ。

 はあ、やれやれ……俺の失言まで織り込み済みとは頼もしいを通り越してちょっと怖いな。


「はン、ご満足いただけたようで結構なことだ」

「狙ってできることではありません。やはりあなたという男は持ってますね」

「もう、サランさん? あんまりユルグをからかわないでください」

「何をおっしゃる、あなたも共犯ですからね?」


 サランの言葉にぐっと詰まるフィミア。

 まぁ、確かに。

 こいつにしたって、黙ってた上に軽い誘導をした感じはあるものな。

 まったく、何も知らないのは俺だけってことか。


「そういえば、ロロはどうした?」

「あちらでお嬢さん方に囲まれてますよ。あなたから女性の目をそらすのに、ちょうどよかったもので」

「ロロにそういう仕事をさせるのはやめろよ……」


 大きめのため息をつきながら、サランの指したほうを振り返る。

 見れば、色とりどりのドレスがまるでブーケみたいに固っている一角があり、その隙間にちらりと幼馴染の姿が見えた。


「やばくねぇか、あれ?」

「ロロには、お持ち帰り防止の立ち回りと、いくつかの防護用魔法道具アーティファクトを渡してあります、心配ありませんよ」


 そこまでしてるってことは、ロロも納得済みってことだな……たぶん。


「さぁ、ユルグ。ここからが本番ですよ?」

「は?」

「気配に鋭いあなたならわかるでしょう? しっかりとアピールしてきてください」


 サランの言葉にふと周囲を確認すると、何人かが機を窺うようにこちらをちらちらとみている。

 そわついて、まるで暗がりから獲物を狙わんとする魔物モンスターみたいな気配だ。


「おいおい、勘弁してくれよ……!」


 ◆


「あー……疲れた。迷宮深部か何かから戻ってきたみたいだぜ」」

「ユルグにとっては、まさに魔境だったかもしれませんね」

「ああ。どいつもこいつもねちねちと遠回しなことばかり言いやがって……!」


 同じ言葉をしゃべっているのに、何を言っているのかよくわからないことが多いし、こっちが言ってることが通じてないと実感することもままあった。

 今日のことを踏まえると、サランのやつはずいぶんと俺たち庶民に寄り添ってくれていたのだとしたくもない感謝をしてしまったくらいだ。


「……で? お前はなんだってまた俺の部屋にいる」

「サランさんの指示ですね」

「またかよ。いい、俺が許す。部屋に戻れ」

「それが、そうもいかないというか……むしろ、今日だけはといった感じで頼まれてしまいまして」


 フィミアの言葉に、俺は首をかしげる。

 むしろ、今日だけは……というのは、どういった理由だろうか。

 だがまあ、屋敷を取り巻く気配からすれば確かに警戒は必要かもしれない。


「なぁ、フィミア。なんでこの屋敷はこんなに警戒されてるんだ?」

「どういうことでしょう?」

「屋敷の周りに十人程度、庭に数人くらいの気配がある。隠れんのが下手くそ過ぎて、逆に気に障る……こっちを挑発してんのか?」


 俺の言葉にフィミアが小さく苦笑する。

 そして、俺のグラスに冷えた果実酒を注ぎ入れながら首を横に振った。


「飛び出して行って追い払おうとしてますね?」

「都会の作法はよくわからないが、ちっとばかり不躾が過ぎるんじゃないか?」

「おそらくですけど、これもサランさんの手のうちでしょうね」

「つまり?」

「わざと追い払っていないのだと思いますよ」


 サランのやつがいよいよ何を考えてるのか、さっぱりわからない。

 屋敷の囲いの外ならまだ言い訳も立とうものだが、さすがに庭まで入ってくれば殺されても仕方ないレベルだ。

 なにせ、ここは伯爵家の敷地内なのだから。

 それを、あえて見逃してどうする?


「──……まさか」


 向かいに座って果実酒を口にするフィミアを見て、俺は少しばかりピンとくる。

 いくら何でもそれはどうなのかと思うが……サランならやりかねない。


「もしかして、それでフィミアを俺の部屋によこしてんのか?」

「ええ、わざとわたくし達をさせるためですね」


 答え合わせに応じたフィミアに、俺は特大のため息を吐き出す。

 こいつもこいつだ。それがわかっててここにこうして来ちまってるんだから。


「おい、フィミア。なにもサランの手に乗らなくていいんだぞ?」

「でも、せっかくだから少しだけ悪ノリ……しませんか? きっと、明日は大騒ぎですよ?」


 悪戯っぽく笑ったフィミアが、天蓋付きのベッドをそっと指さす。

 まったく、そういう子供っぽいところをいま出すのかよ。

 だが、まあ。たまにはそういうのも悪くはない。


「やれやれ、悪ノリで済んだらいいけどな」


 俺の言葉に、目を丸くしてほんのりと頬を染めるフィミア。

 そんな初心な聖女をそっと抱え上げて、俺はベッドへと向かった。

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