第22話 不足の二人
装備を整え、現地調査をし、注意深く行動する……それが、ごくごく基本的な冒険のセオリーである。
しかし、それがこの場所ではとてつもなく難しい。
今、この場所において、俺は駆け出しか、それ以下だ。
「緊張していますね? ユルグ」
「ああ。情けない話だが、すぐにでも逃げ出したいくらいだぜ」
「気持ちはわかりますけど……まだ、始まったばかりですから」
白と薄青のドレス姿がまぶしいフィミアが、苦笑しながら俺の手を引く。
こういうエスコートは、本来、俺がしなくてはいけないはずなんだが。
「大丈夫、ただの立食パーティーです。無礼講ってやつですよ」
「真の無礼ってやつを俺が教えることになりそうだ」
「いつも通りでいいですよ。言葉遣いもそのままで」
そうは言うが、右を見ても左を見ても王国正装かドレスに身を包んだ連中ばかりでまるで落ち着かない。
これなら、帰郷当初のマルハスのほうが、まだ居心地がよかったくらいだ。
「失礼。あなたがドレッドノート氏かな?」
視線を右往左往させていると、一人の壮年男性が声をかけてきた。
整えられた顎髭に鋭い目つき、そしていいガタイをしている。
正装をまとっちゃいるが、俺と同種の気配がした。
「は。私がユルグ・ドレッドノートであります」
「いつも通りでいい、楽にしてくれ」
俺の付け焼刃な丁寧さに軽く笑った男が、手を差し出してくる。
これは、普通に握っていいやつか?
マナー……マナー……ああ、ダメだ。しゃらくさい。
「ユルグだ、よろしく。こっちはフィミア」
「よろしく、グレッグだ。王立第三軍団の副長をしている」
道理でひどい圧を感じるわけだ。
俺だってあんまりかち合いたくない空気感がある。
なるほど王都を守る軍の上役ともなれば、これほどにもなるか。
「〝崩天撃〟の噂はかねがね」
「悪評でなきゃいいんだがな」
「上長に口説いてこいと命令される程度には好評さ。だが、まあ……そちらのお嬢さんが許してくれそうにないな」
苦笑するグレッグに、俺も軽く笑って返す。
「見ての通り、粗暴な田舎者でな。故郷では〝悪たれ〟なんて呼ばれてんだ。宮仕えなんてとてもじゃねぇができそうもない」
「オレだってそう変わらないさ。ま、気が変わったら言ってくれ」
軽く手を振ったグレッグが離れていく。
少しばかり驚いたが、話したおかげで余計な緊張が抜けた気がする。
王都というのはサランのようなやつばかりが住んでいると思っていたが、ああいうヤツもいるんだな。
「ダメですよ?」
「ちゃんと断ったろ?」
「そうですけど。でも、気を付けてください。今の方はまだよかったですけど、ユルグを取り込もうとする人は必ず出てきます」
俺を取り込んでどうするんだ、と思わないでもないが……肩書だけはそれなりにそろってる。
頭も悪そうだし、利用してやろうという輩がいてもおかしくはないか。
フィミアのいう通り、それなりに警戒は必要かもしれないな。
「で、これが明日も明後日も続くと」
「はい。いずれも、わたくしを帯同してください。もう、遠慮はいりませんからね」
それにしたって、だ。
フィミアをまるで自分のパートナーか何かのように連れて歩くのは少し違う気がするんだよな。
だがまあ、『勇者と聖女』という一つのパッケージとして前面に出したいというのがサランの狙いなのだろう。
そのためにゾラーク伯爵家は、別邸を丸々俺たちに使わせてフィミアまで囲い込んでいる。
フィミアが以前に言っていた「都合がよい」とは、まさにそういうことだ。
〝聖女〟が協会本部に帰らない理由を俺にフォーカスさせることで、何かしらの成果を引き出そうとしている。
俺が自分でコマにしてうまく使えと言った手前、文句を言うのも難しい。
せめて、わかりやすく何をどうしたいのか説明してくれればいいんだが。
「もしかして、わたくしでは不足ですか?」
「あん?」
「〝聖女〟フィミア・レーカースは勇者にして〝崩天撃〟ユルグ・ドレッドノートの隣に置くに見劣しますか、と聞いているんですよ?」
怒ったようでいて、不安そうな顔をこちらに向けるフィミア。
ああ、こいつはきっとバカなんだな。
自分のことがまるでわかっちゃいない。
「お前で不足なら誰を並べておくんだよ」
「例えば、カティさんとか……ロロさんとか?」
「カティはともかく、ロロはどうなんだ」
フィミアの言葉に思わず吹き出してしまう。
ロロにドレスを着せて俺の隣に立たせるというのは……奇襲が予測されるならいい手かもしれない。
きっと、あいつならドレスくらいは着こなすだろう。
ここにきて、貴族社会におけるとあるマナーをふと思い出す。
あんまり詰め込むものだから、すっかりと忘れている部分が多いのだが……やらなくてはいけないのに、やっていないことがあることに、いまさら気が付いた。
「あー……フィミア」
「はい?」
「そのドレス、よく似合っている。お前が不足なんてことは、ない」
声に出すのは些か気恥ずかしかったが、そっと手を取って貴族礼をとる。
ぎこちないものだったが、これでフィミアの不安が解消されるならそれでいい。
『パートナーのドレスをほめる』は、本来初手に切るべき必須カードなのだが、すっかり忘れて手札の中で温めてしまっていた。
ここはそう言ったカードを出す順番を間違ってはいけない場所だというのに。
「いまさらですか……?」
「慣れてないんだ、許せよ」
「では、慣れてください。わたくしは、公にはあなたのパートナーってことになっているんですからね」
ぷいっとそっぽを向くフィミアに軽く苦笑する。
「じゃあ、上手いこと慣らしてくれよ。で、俺はお前をどう甘やかせばいい?」
「甘やかすだけですか?」
「他にあれば、適宜教えてくれ。女のことはなにもわからん」
「甘やかし方は知っているのに?」
フィミアの言葉に、軽く笑う。
確かに、こいつの言う通りだ。
「甘やかし方も知らねぇかもな。となると、俺は何もできんな。不足はどうやら俺のほうらしい」
「ごめんなさい、ユルグ。言いすぎました。……ドレス、本当に似合ってます?」
「ああ。こんなきれいなお前を見るのは初めてだな。気後れしちまいそうだ」
小さく笑ったフィミアが俺に腕を絡ませる。
「自信持ってください。ユルグもかっこいいですよ」
「おう。お前が選んだ服だしな」
何気ない俺の一言に、周囲がいきなりざわりとした。
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