第21話 大きな誤解

「疲れた……」


 サラン伯爵屋敷別邸へと戻ったのは、もう空が茜色に染まるころだった。

 買い物一つであんなに時間がかかるなんて、ちょっとおかしい気がするが……まぁ、いいとしよう。

 冒険の準備は、念入りにするものだ。

 しかも、サランとフィミアはともかく、俺は一度も踏み込んだことがないヤバい場所に行くのだから、しっかりと整えておかなくてはな。


「あ、いたいた。さすが上手に隠れるね、ユルグは」

「それを見つけるお前もたいがいだけどな」


 軽く苦笑して、ため息を吐く。

 ここは、広い庭の一角で……いくつかの木々に隠された東屋だ。

 整備されてはいるが、ずいぶんと古びている。

 きっと、長らく使われていなかったのだろう。


「今日はお疲れ様」

「ロロもな。なんだか着せ替え人形になった気分だ」

「ボクも。結局、三着も買っちゃったしね」

「俺は四着だ。着て行く場所が違うらしい」


 お互いに溜息をついて、苦笑し合う。

 もう、ため息と笑いしか出ない。

 王都の人間というのは、こんな疲れる毎日を送って、心を病んだりしないものなのだろうか。


「憧れの王都だけど……思ってたのとちょっと違うね」

「そういや、ガキの頃はここに来たいって言ってたもんな」

「ちょっと期待してたんだけどなぁ」


 ロロの言わんとすることはわかる。

 貧しい寒村のガキだった俺たちにとって、ここ王都は夢の場所のように思えていたのだ。

 飢えもなく、危険もなく、どこもかしこも綺麗で、満たされた場所。

 王様が住むくらいなのだから、そうに違いないと思い込んでいた。


 しかし、実際に来てみると……どうにも味気ない。

 確かに整った街並みに珍しい食べ物、綺麗な服を着た人間がそこらじゅうを歩いちゃいる。

 しかし、どいつもこいつもドライというか無表情というか、そりゃサランもあんな風になるという感想しか出てこない場所だった。

 人の熱や生活感といったものが、まるで薄いのだ。

 都市全体がまるで役所みたいな雰囲気で、どうにもぴりぴりしてる。


「でも、こんなものかもね」

「まぁ、確かめられてよかったじゃねぇか」

「そうかも」


 小さく笑うロロが、静かになる。

 空にゆっくりと登り始めた月に魅入るようにして、口を閉じたままのロロ。

 これは……俺から仕掛けろって合図だな。

 幼馴染ともなると、そういうことがわかっちまう。


「なんだよ、ロロ」

「言いたいことがあるのは、ユルグでしょ?」

「お前はときどき、俺のことを簡単に追い詰めるよな」


 舌戦でロロにかなうはずなどない。

 それに、ロロに尋ねさせるのは卑怯というものだ。


「フィミアのことだ」

「うん。ちょっとぎくしゃくしてたよね? ついに、ヤっちゃった?」

「……いや、それは──って、おい!?」


 予想だにしないロロの言葉に、思わず心臓が止まるところだった。

 もしそうだったとして、そんな穏やかに尋ねることでもないだろう。


「その、だな。昨日、あいつが部屋に来たんだ」

「ああ、それで。フィミアもなかなか思い切ったね」

「思い切りが良すぎんだよ。〝聖女〟の使命だか何だか知らんが、もう少し自分を大事にするようにロロから言ってくれないか」


 俺の言葉に、ロロが小さく噴き出す。

 笑い事じゃあ、ないんだが?


「ボクが言ってどうするのさ! ユルグが言いなよ。それに、別に嫌じゃないんでしょ?」

「そりゃあ、まあ……なんだ。嫌じゃねぇけどよ」

「もう、煮え切らないなあ」


 ロロがくすくすと笑い続ける。

 さて、これはどうしたことか。

 普通、自分の女が危ないことをやらかしてりゃ、もうちょっと違う反応をするもんじゃないだろうか。


「お前はいいのかよ?」

「ボク? うーん……ちょっと妬けちゃうけど応援するよ?」

「──は?」


 ロロの言葉に、素っ頓狂な声が飛び出てしまう。

 だっておかしい。

 サランに言われたとはいえ、フィミアは夜這いじみたことまでやらかしたんだぞ?

 俺の理性がもうちょっと浅はかなら、今ごろ大変なことになっていた。

 なのに、親友は「応援する」などと言うのだ。


「ん? むむ……?」

「どうしたの? あんまり考えすぎると熱が出るよ」

「いや、よくわかんなくなっちまってよ。お前とフィミアは、付き合ってんだよな?」

「──ヘ?」


 今度は、ロロが目を見開いてぽかんとした顔をした。

 こんなに驚いた親友を見るのは、久しぶりだ。


「まさか! 違うよ。フィミアとボクはそんなんじゃない」

「そうとしか見えなかったんだが……」

「ユルグの唐変木……!」


 なんだか、吐き捨てるような暴言を浴びせられてしまった。

 ロロにしては、珍しい。


「そりゃあ、仲良くはしてたけどさ……ボクとフィミアは別にそういう仲じゃないよ」

「じゃあ、どういう仲なんだ?」

「簡単に言うと、ちょっとした同好の士みたいなものかな」


 どういう関係なのかの説明になっていない気がするんだが。

 しかし、どうやら俺が少し大きめの誤解をしていたことはわかった。


「あー……つまり、なんだ? お前らは恋人同士じゃない、と」

「そういうこと。なんでそんな勘違いしてたの?」

「普通、そう思うだろ?  じゃあ、なんでフィミアは追いかけてきたんだ?」

「それはもちろん──」


 ロロが言葉を終える前に、茂みから誰かが飛び出して来た。

 俺すら気配を感知できないなんて、とんでもない凄腕だと身構えたが……現れたのは渦中のフィミア本人だった。


「そこまでです、ロロさん!」

「またお前か、フィミア。聖職者のくせに暗がりに潜むのがうますぎんだよ」


 俺のため息に、フィミアが眉尻を下げる。


「これには、いろいろと事情があってですね。……黙秘の律を行使します」

「そうかよ。じゃあ、丁度いいから聞かせてくれ」

「わたくしは何もしゃべりませんよ? 神に誓って」


 〝聖女〟がそう言うと洒落にならんな。

 本場の黙秘の律は、一切の沈黙で全てをうやむやにする神への祈りと聞いたし。


「わーった、何も聞かん。ロロにもお前にもな」


 ほっとした様子のフィミアだが、俺の次の言葉を聞いてギクリと固まる。


「代わりに、もう自分が安全じゃないのは自覚しろよ?」

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