第20話 冒険の準備は念入りに
「なぁ、サラン。これ、本当に必要なのか?」
「当たり前です。むしろ正装の一着もないなど、思いもよりませんでしたよ。私は」
王都スルディナの一角にある大きな
今回ばかりは、甘んじてそれを受け入れるしかない。
用意していなかった俺が悪いのだ。
カティにも、
ここに来て、そのツケを払う羽目になるとは思わなかったが。
「まあまあ、サランさん。ちょうどよかったのではないですか? ここなら、どこに出しても恥ずかしくない紳士に仕立ててくれますし」
「恐れ入ります。精一杯のお手伝いをさせていただきますね」
上機嫌なフィミアに、店員が恭しく頭を下げる。
この店員からして、都会の空気漂うスタイリッシュさがあり、田舎者の俺は少しばかり気後れしてしまう。
アドバンテに出て、都会の生活に慣れたつもりだったが……王都は別格だ。
人が多い、物が多いという話ではなく、どれもこれも洗練され過ぎている。
おかげで、どこに行っても落ち着かないわけだが。
「サランさん、ユルグをどこへ連れて行きますか? 茶話会だけならこの『三等正装』が一着で大丈夫だと思いますけれど」
「顔見せ程度に夜会に出ていただくかもしれません。それにあなたに並ぶなら『二等正装』くらいは必要でしょう」
「では、派手になり過ぎないように二等色を足しましょう。ええと、冒険者なので濃い赤と、教会色の藍色も」
「お任せします。私はロロさんをフォローしてきますね」
ダメだ。
何言ってんのかさっぱりわかんねぇ……。
いま着せられてるヤツで十分じゃないのか?
これだって、軽くていい生地だし着心地はいい。
鏡で見る限り、服に着られている感じは否めないが。
「ユルグはどう思います?」
急に話を振られて、俺はぎくりと固まる。
どう思うもこうも、わかるわけがない。
「すまん、なにがなにやら」
「……すみません、はしゃぎ過ぎましたか?」
「そうじゃねぇよ。礼服を買うのなんて初めてでよくわかんねぇんだ。それに、俺が知ってる礼服とも違うしな」
俺の知る礼服というのは、一般的に
シーンによって裾の長さが変わると言うくらいの知識しかない。
それにしたって、「仕立て屋さんで一式下さいって言えばいいですよ」というのがカティの話だった。
しかし、いま俺が纏っているのはどちらかというとコートと
これが中央の正装なのかと、今まさに面食らっているところである。
「基本の配色は、黒と白にしました。ユルグは身体が大きいのでメリハリが利いている方が似合います。でも、ユルグを表す色をいくつか入れないといけません。基本的には、わたくしが選んだのですけど、最後の一色はユルグが選んでください」
「そういうもんか……」
差し出された鮮やかな色の布見本を覗き込む。
そんな俺をなにやらじっと見るフィミアとふと目が合って、ピンときた。
「じゃあ、この色にしよう」
「この色、ですか?」
「ああ、お前の目の色と一緒だ。晴れた日の明け方みたいで綺麗だよな」
何気ない一言のつもりだったが、目の前で赤くなっていく〝聖女〟にどうやらしくじったらしいことを実感した。
考えてみれば、浮ついた口説き文句みたいな言葉だと反省する。
「べ、別の色にするか?」
「いいえ、この色にしましょう。もう決めました。はい、お願いします」
布見本を店員に渡して、そっぽを向いてしまうフィミア。
どうやら、怒らせてしまったようだ。
朝の出来事を払拭しようと軽い調子でいたせいかもしれない。
これは失敗だ。
「おや、決まりましたか?」
「ええ。後は靴とアクセサリーです」
サランとフィミアの声に俺はげんなりとする。
「まだ、あんのかよ……」
「いいですか、ユルグ・ドレッドノート。これは、冒険前の装備チェックです」
「は?」
いまいち理解できない言葉を吐くサランに首を傾げる。
「
「まぁ、そうだな」
「それと同じです。これから上流社会という環境に巣くう貴族という
「なる、ほど?」
そうすると、お前は
いや、そういう事ではないとはわかってはいるが。
「あなたの武器は、彼女です」
「フィミアが? 振り回すには些か荷が重い。逆に振り回されそうだ」
「ユルグ?」
「……冗談だ。そう目くじらを立てんなよ」
俺とフィミアにサランがにやりと笑う。
「言い得て妙ですが、それはそれであっています。この環境ではユルグは無力ですからね。フィミアさんに振り回してもらいましょう。きっと、うまく使ってくれます」
「よくわからねぇが……フィミアに任せて動けってことだな?」
「おおよそはそれで間違いありません。私としてもあなたに田舎者以上の働きを期待はしていません」
これはバカにされているでいいのだろうか?
どうも、王都に入ってからのサランは迂遠が過ぎる。
「ここでの買い物も、その一環です。いいですか、ユルグ。頭の悪い振りはやめなさいと言いましたが……しばらくは頭の悪いままでいてください」
「そりゃどうも。素でいりゃいいんで気楽なもんだ」
「結構。では、フィミアさん、後を任せました」
それだけ言って、サランはまた去っていく。
よくわからんが、わかった。
つまるところ、俺は何も考えずに流されていればいいってことだな。
「なんだか、腑に落ちませんけど……ユルグ、よろしくお願いしますね」
「ああ、任せた。俺にはわからんことだらけだからな。うまくやってくれ」
笑い合って、フィミアと軽く拳を触れあわせる。
ようやく、気まずさがほぐれてきたのか、心が軽い。
「では、次は靴ですね」
「歩きやすくて、蹴っとばしやすいのにしてくれ」
「蹴っ飛ばしたりしないでくださいね? 誰も」
……いざという時の備えは必要だろ?
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