第18話 ゾラーク邸にて
「ここが王都スルディナか……」
宿場町で一泊し、馬で駆けることしばらく。
日が傾き始めた頃合いに、俺たちはようやく目的地へと到着していた。
「すげぇな……」
「うん。こんな大きな建物、見たことがないよ」
巨大な城壁を見上げて、ロロと二人でため息じみた感嘆を漏らす。
そんな田舎者の俺たちを見て、サランが小さく鼻を鳴らした。
嫌味な陰険参謀に何か言ってやろうかと思ったが、俺たちが『おのぼりさん』なのは間違いないので、いかんともしがたい。
だが、そう恥じるつもりもない。
おそらく……・この王都を訪れる冒険者など、そう多くはないはずだ。
冒険者としていくつかの都市を訪れた俺とて、王都に足を踏み入れるのは初めてのこととなる。
……国選パーティ印章の授与式を蹴って、マルハスに帰ったからな。
それに、ここには冒険者の仕事が少ない。
冒険者の仕事といえば、駆け出しができる様な雑用くらいしかないのだ。
そんなことで大丈夫なのかと思っていたが、この城壁を前にすれば冒険者の仕事が少ない理由がよくわかった。
この巨大な城壁と頑丈な鋼鉄の門は
確かに、冒険者の仕事はあまりなさそうだ。
「なんていうか、ちょっと怖いね」
「ああ、街ってより要塞って感じだな」
城壁にぽっかり空いたトンネルを通りながら、俺は周囲を見渡す。
この城壁は高いだけでなく分厚さも相当だ。
壁というより、横長の要塞みたいな印象を受ける。
「物珍しいのはわかりますが、あまりきょろきょろしないでください。このサラン・ゾラークに恥をかかせるつもりですか?」
「そりゃいい。手軽にお前に恥をかかせる機会なんてそうはねぇからな」
「あなた、性格が悪いと言われませんか?」
「お前ほどじゃねぇよ」
先頭を行くサランが小さくため息を吐く。
毎度毎度、やりこめられてるんだ。
少しくらいいいじゃないか。
「そう言えば、宿っていくらくらいするんだろう。王都って物価が高いんだよね?」
「ゾラーク家の別邸を使います。滞在費もこちらで処理しますので、気にしないでいいですよ」
サランの言葉に、少しばかり驚く。
この男は、金勘定に関して割とドライな奴だ。
貴族だからと言って、俺たちの懐を甘やかしたことなど一度もない。
それが、急に「気にしないでいい」など、一体何を企んでいるのだろうか。
「フィミアさんはいかがいたしますか? 教会本部にお戻りになられるならそれでもいいのですが」
「わたくしもゾラーク家にお世話になってもいいですか? ……その方が都合がよいでしょう?」
「ええ。そうしていただけると助かります」
うなずくサランに、にこりと笑顔を返すフィミア。
どうも、俺にはよくわからんやり取りだ。
まあ、パーティが一か所というのは俺としてもやりやすくていいが。
「今日はもう日が落ちます。明日から少し忙しくするので早く休んでしまいましょう」
「それはいいが、段取りはちゃんと教えてくれよ? 急に現場に放り出されてわたわたするのはごめんだからな」
「なに、まだ明日はゆっくりしてもらいますよ。上流のお歴々は、お会いするにもお伺いを立てねばなりませんからね」
小さく口角を上げたサランが、小さく顎をしゃくる。
その先には、マルハス旧市街がすっぽり入ってしまいそうな巨大な庭が見えていた。
「こちらです。ようこそ、王都スルディナへ。我がゾラーク伯爵家が、皆さんの滞在をエスコートさせていただきますよ」
◆
「落ち着かねぇ」
割り当てられた部屋の、やけに柔らかいベッドに横になりながら俺はそう独り言ちる。
貴族というのは、こんな場所で生活しているのだなと感心する一方、もと浮浪児である俺にとってここは少しばかり気が散ってしまう場所だ。
ベッドサイドに置かれた水差し一つとってもガラス製で触れるのが怖い。
こんな場所でしばらく生活するなど、おかしくなってしまいそうだ。
だが、飯は美味かった。
サランがテーブルマナーのおさらいなどと言ってきて面倒ではあったが、出された食事はどれも上品な味で、仲間と話をしながらゆっくりと食うというのは新鮮な体験だったと思う。
政治はテーブルの上に乗っている、なんてことを誰かが言っていたが、なるほど。
ああも美味い料理を出されれば、舌の滑りが良くなりそうだ。
明日は何が食えるんだろう……などと考えていたら、扉が控えめにノックされた。
「開いてるぜ」
ベッドに寝転がったまま返事をすると、静かに扉が開き……静かに閉まった。
体を起こして訪問者を確認した俺は、軽く驚く。
「部屋、間違えてねぇか?」
「いいえ、あってますよ」
薄っぺらい寝間着姿のフィミアが、酒瓶とグラスを手に俺に笑う。
何をやってるんだ、コイツは。
そんなことを考えている間に、とことこと部屋の中央にあるテーブルに歩いて行ってしまうフィミア。
「ユルグ、一杯やりましょう」
「おい待て、生臭聖女。悪いこと言わねぇから、とっとと帰れ」
いくら冒険者、そして同じパーティのメンバーとはいえ、夜に男の部屋を一人で訪れるなんて、ひどい誤解を招く行為だ。
それくらいのこと、この女はわかっているはずなんだが。
「どうしてです?」
「どうしてもこうしてもあるか。人肌恋しいなら、せめてロロんとこにしとけ」
「仕方ないじゃないですか。サランさんの指示なんですから」
そう話すフィミアからは、うっすらとアルコールのにおいがする。
人々を安寧に導く〝聖女〟様が何たる体たらくだ。
それに、サランの指示だと?
あいつもあいつで何を考えてる。
「おい、フィミア。自分に〈
「……こんなこと、酔わないとできませんよ」
言わんとすることはわかるが、このままでは埒が明かないではないか。
仕方ない。サランを探してくるか。
「とりあえず、待ってろ」
扉に向かう俺の裾を、すっと掴むフィミア。
「どこにいくのですか?」
酒瓶を片手に、フィミアが悪戯っぽく笑う。
それ、〝聖女〟のしていい顔じゃないだろ。
「逃げるんですか? ユルグ」
軽い挑発だ。
そうわかっていながら、俺は黙ってフィミアの向かいに腰を下ろした。
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