第17話 街道の戦い

 懐かしき『踊るアヒル亭』で一晩十分に休んだ俺たちは、日が昇り切らぬ朝のうちに冒険都市を後にした。

 何かあれば、帰路でまた情報を得ることもできる。

 今は王都に向かうのが先決というのが、全員の一致した意見だった。


 冒険都市アドバンテはいくつかの街道が交差する王国中央の要所であり、王都に向かうには『北西街道』というそのまんまな名前の街道を行くことになる。

 王都スルディナは領土の北西位置にあり、馬車ではおよそ二週間の道のりとなっているが、俺たちの足ならもっと速い。


「ずいぶんと進んだはずだが、まだなのか? サラン」

「あと少しですよ。この先の宿場町で一泊して、明日の午後には到着できるでしょう」


 延々と続く街道に飽き飽きしてきた俺は、小さくため息を吐く。

 王都に至る街道だというのに、人通りは寂しいし景色にあまり変わらない。

 冬ということもあるだろうが、行商人もかなり少ないように思えた。


「昨日、一昨日と野営でしたしベッドが恋しいですね」

「ぐれぐれ!」

「ふふ、グレグレも藁のベッドがいいんですね」


 フィミアがグレグレに声をかけているのを見て、少し不思議になる。


「なぁ、フィミア。グレグレの言ってることがわかるのか?」

「ええと、どうでしょう?」

「だって、いま喋ってたじゃねぇか」

「こういうのはフィーリングですから……」

「ぐれぐれ!」


 不思議と成り立っているように見えるのは、何でだ。

 グレグレは俺が拾って孵したというのに、もうすっかりフィミアになついちまってるし。

 馬だって嫌いじゃないが、冒険者の夢としては戦闘もできる乗騎が欲しい気持ちはある。


「グレグレは本当にフィミアが好きだね」

「ぐれ?」

「君をフィミアにとられて、ユルグが拗ねちゃってるよ?」

「ぐれぐれ」


 ロロの言葉に、何か感じたのかグレグレがフィミアを乗せたまま俺の横に並ぶ。

 同じ厩舎のよしみか、俺の馬は全く怯えた様子もない。


「ぐれぐれ!」

「お、なんだ?」

「ぐれぐれ」

「何言ってるかわかんねぇけど、同情も謝罪もいらん。お前はフィミアを守ってろ」

「ぐれぐれ!」


 なるほど、フィーリングか。

 賢い奴だ。こいつはきっと俺たちの言葉をちゃんと理解している。

 走大蜥蜴ラプターがそこまで知能の高い魔物モンスターだとは思っていなかったが、少なくともグレグレは俺たちの意図を汲む程度には賢いらしい。


 そんなことを考えていると、首筋にひりついたものを感じた。

 同時に、ロロが声を上げる。


「ユルグ!」

「ああ、お出ましだ!」


 馬を下りて、戦棍メイスを担ぎ上げる。

 こちらを狙う気配は複数。しかも、囲まれているようだ。

 そりゃそうか、街道があれば人間が通る。

 魔物モンスターにとっては、待ち伏せするにいい場所には違いない。


猿人ボルグールの群れですね。そちらは任せましたよ」

「おう。ロロ、行くぞ! 接敵後、分散だ」

「ボクは反時計回りだね」


 小剣を構えたロロが、俺でもぞっとするような殺気を放って強化魔法を付与する。

 普段はおっとりして優しく見えるロロだが、こと戦闘が始まれば容赦などしない。

 俺やサラン同様、敵を殺すということに躊躇のない戦い方をする冒険者だ。


「では、お先に」


 

 雷が落ちたような音と共に、背後から爆風と衝撃波。そして震動。

 サランの魔法を合図に、俺たちも飛び出す。


「おらあああッ!」


 戦棍メイスを横薙ぎにして、粗末な武器を持った猿人ボルグールを吹き飛ばす。

 粗末とはいえ武装しているということは、それを指揮する上位猿人ハイ・ボルグール長老猿人エルダー・ボルグールあたりが、群れの背後にいるはずだ。

 見つけたら優先的に捻り潰そう。

 どんな戦いケンカも頭を潰すのが、一番手っ取り早い。


 猿人ボルグールを薙ぎ払いながら地を駆ける。

 ここのところ、書類仕事だ移動だ面会だ……と、俺向きの仕事じゃあなかったからな。

 鬱憤を晴らさせてもらうぜ。


 蹴散らしながらぐるりと半周回ったところで、同じく小剣で猿人ボルグールの首を刎ね落としたロロと目が合う。


「ボクの方が少し早かったかな?」

「抜かせ。潰した数は俺の方が上だ」


 お互いに笑い合い、足を止めてしまった猿人ボルグールの本隊に視線を向ける。

 取り囲んで混乱を誘い、本隊で仕留めるという腹づもりだったんだろうが、アテが外れたな。


「いたな。偉そうに、狼に乗ってやがる」

「あれが、この群れのリーダーっぽいね」


 戦棍メイスを構える俺の横に、小剣を青白く光らせたロロが並ぶ。

 敵の数は、そう多くない。

 俺たちを相手にするには、あまりに不足だ。


「おっと、手が滑りました」


 俺たちが飛び出そうとした瞬間、サランが杖から青白い稲妻を発射した。

 様子を伺っていた猿人ボルグール数体がそれに触れて、瞬く間にその姿を崩す。

 それがヤツらを刺激したのか、こちらに向かって突撃してきた。


「ほら、やりやすくなりましたよ?」

「お前な。性格が悪ぃぞ?」

「よく言われます」


 陰険魔法使いに軽くため息をついて、ロロと二人で飛び出す。

 数はともかく、あの狼に乗った上位猿人ハイ・ボルグールを潰せば終いだ。


「どけッ! 死にたくなきゃな!」


 向かってくる猿人ボルグールを叩き潰す。

 そんな俺の隣を、白い影が駆け抜けていった。


「ぐれぐれッ!」

「──せいッ!」


 俺も、ロロも……そして、上位猿人ハイ・ボルグール、唖然としてしまう。

 まったく反応できずに連接棍フレイルの一撃を頭部にもらったリーダー格の上位猿人ハイ・ボルグールは、そのまま狼から落ちて地に伏せた。


「ぎぃあ!?」

「ぐれぐれっ」


 跳躍したグレグレが、悲鳴を上げる上位猿人ハイ・ボルグールの頭をくしゃりと踏み潰す。

 そして、まるで睥睨するかのように猿人ボルグール達を振り返った。


「おっかねぇ……〝聖女〟ってこういうもんか?」

「フィミアはちょっとお転婆だよね」


 散って逃げる猿人ボルグールを傍目に、決着がついてしまった戦場で俺たちは、少しばかりのやるせなさに小さくため息を吐く。


「これで、終わりですね。さぁ、先に進みましょう」


 そんな俺たちとは裏腹に、当の本人はなんだか晴れ晴れとした顔をして笑った。

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