第16話 市長会議にて

「あんた達がいま噂の『メルシア』だね。以前に見たことがある顔が揃っているが?」

「諸事情ありまして」

「まあ、そういうこともある。我がアドバンテを去ってしまったことは寂しいことだが、また会えて嬉しいよ」


 精悍な顔つきの老婆が、にやりと笑う。

 齢七十を超えてなお、この威圧感。

 相変わらずおっかない婆さんだ。


「さて、都市会議にお前たちを招いたのは、その方が二度手間の面倒がないと考えたからだ。〝御曹司〟の依頼ならしかたがない」

「恐縮です。クトー市長」


 恭しく貴族の礼を取るサランの後ろで、俺たちは黙ったまま佇む。

 というか、ここに来るのは初めてで些か緊張をしている。

 冒険都市の政全般を決める都市会議。

 その会議に招かれるなど、冒険者として生活していれば、そうそうあることではない。


「ユルグ、しゃんとしな。お前はマルハスの冒険者ギルド長って肩書があるんだ。ここに居たって、別におかしくはない」

「ったく、婆さんは変わんねぇな」

「クトー市長と呼びな! 礼儀の無さは変わんないね!」


 眉をきりりと吊り上げる婆さんから、思わず目を逸らす。

 何かと目をかけてもらっている自覚はあるが、お仕置きをされたことも多い。

 今であればどうかわからないが、駆け出しのころの俺はこの婆さんに一度も勝てなかったのだ。

 それ故か、こうして目の前に立たれると膝に来るほど怖い。


「クトー市長、お久しぶりです」

「ああ、久しぶり。……いい面構えになったね。二つ名もついて、もう一人前だ」

「みんなのおかげです。ボクは何も変わっちゃいませんよ」

「謙遜のし過ぎが鼻につくのは、前と一緒だ。あんたの二つ名は〝万能無双〟か何かにしとけばよかったね」


 にやりと笑う婆さんに、ようやくロロの二つ名について合点がいった。

 ロロの二つ名が妙に市井に浸透していたのは、冒険都市のトップが手を回したからだ。

 まったく、もう少し早く動いてくれれば『シルハスタ』はまだあったかもしれないのに。

 いや、いまさらか。


「それじゃあ、行くよ。会議は無礼講だ。あんたたちが必要だと思うことを耳に入れて行くといい」


 矍鑠かくしゃくとした様子で歩く婆さんの後に続いて、会議室へと足を踏み入れる。

 窓のない円形の部屋の中央には大型の円卓が据え置かれ、そこにはアドバンテ各組織のトップが静かに着席していた。

 昨日に顔を合わせた、盗賊ギルド頭目の姿もある。


「待たせたね。今日はゲストがいるよ」


 残る椅子に姿勢よく座った婆さんが、こちらに視線を向ける。

 それに申し合わせるかのように、サランが頭を下げた。

 ……俺も下げるべきだったんだろうが、タイミングを失したらしい。


「さぁ、各々がたの報告は後回しにして、こいつらが昨日から嗅ぎまわってる件について、解決しようじゃないか。頭の悪いユルグが蜂の巣を突っつく前にね!」


 小さな笑い声がにわかに上がる。

 そりゃあ、サランほどうまくはできないが、俺とて冒険者で斥候の端くれだ。

 踏み込んじゃまずいラインくらいわきまえている。


「で、あんた達が探してんのは……〝淘汰〟だろう?」

「あ? 何でそれを?」


 婆さんの言葉に、思わず聞き返してしまう。

 サランとフィミアからは、情報収集の際にその言葉を使わぬようにと念を押されていた。

 どうしてここでそれが出てくる?


「昨日、〝聖女〟殿から聞きましたからね」


 髭の男がにこりとフィミアに笑って、俺の疑問を解く。

 なるほど。〝聖女〟による教会への聞き取りならば、隠す必要もないという訳か。


「〝塩犬〟、どうだい?」

「あいにくだが、昨日にユルグから話を聞いた直後だ。今のところ、危惧しているような情報は入ってきていない」


 昨日会った時とは違って、髪をしっかり撫でつけた色男が首を振って応える。

 それに頷いた婆さんが、今度は小太りの男に視線を向ける。


「商会ギルドはどうだい?」

「いまのところ例年通りといったところですな。東からの資源流入が増えているのは、まさに彼らの仕事でしょうし、西と北については大きな変化はありませんな。ですが、一点……」


 商会ギルド長が、考えるように小さく首を傾ける。


「このアドバンテも含めて、迷宮資源の産出がやや低下していますな」

「どういうことだい?」

「いま、武装商人や冒険者に声をかけて調査しているところですな。微々たるものですが、各地の迷宮ダンジョンも同じと聞いております──ですな?」


 話を振られた老人が、小さくうなずく。

 この爺さんはアドバンテ冒険者ギルドのギルドマスターだ。

 俺の同僚ということになるが、冒険者としてもギルドマスターとしても大先輩にあたる。


「うむ。冒険者たちから、話は上がっておるの。個々ではまだ『運が悪い』という感覚じゃな。じゃが、数字を見れば徐々に下がっておるのよ」

「原因はなんだい?」


 婆さんの言葉に、運営トップたちが押し黙る。

 迷宮ダンジョンの資源産出が上下することは、異常といえば異常だが、それが〝淘汰〟と結びつくとは思えない。

 単純に、迷宮ダンジョンの調子が悪いだけではないのだろうか。


「杞憂であればいいんです」


 静かになった会議室に、サランが言葉を投げかける。

 それを継ぐように俺も口を開く。


「何もなけりゃ、それに越したこたねぇんだ。どこかで這い出しオーバーフロウがあったとか、大暴走スタンピードの兆候があるとか、やべぇ魔物モンスターが見つかったとか……何かねぇか?」


 俺の言葉に、〝塩犬〟が苦笑する。

 さて、俺は何か笑われるようなことでも口にしたか?


「心当たりがあるぞ、〝崩天撃〟」

「本当か?」

「ああ。アドバンテからはるか東、『開拓都市』マルハスでの出来事だ」


 〝塩犬〟の言葉に、がっくりと肩を落とす。

 そりゃ、お前の言う通りだともさ。

 這い出しオーバーフロウ大暴走スタンピードの兆候も、やべぇ魔物スカーも、確かにマルハスで実際にあった出来事だ。


「逆に言や、それ以外に情報は入ってきてない。おそらく、盗賊ギルドウチだけじゃねぇ、商人筋も冒険者筋も一緒だ」


 〝塩犬〟の言葉に、各組織のトップが小さくうなずく。

 つまり、ここまで来たのに空振りってことだ。


「悪いね、力になれなくて」

「いいえ、これも一つの答え合わせです。何もないのが一番ですよ」


 婆さんの言葉に、サランが会釈を返す。


「進展あれば、手紙鳥メールバードをいただければ。私たちは王都へ向かいます」

「何かつかんだら、こっちにも情報を寄越しな。〝淘汰〟ってのは恐ろしいもんだからね、あんた達だけじゃ太刀打ちできないよ」


 鋭い視線をこちらに投げかける婆さん。

 それに頷いて、俺たちはこのまま議題が続くらしい会議室を、そっと辞した。


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