第15話 冒険都市アドバンテ
酪農都市を出発し、一路西へ。
いくつかの都市や宿場町を経由してひたすらに進むこと、十日。
俺たちは、ようやく古巣である冒険都市アドバンテへと戻ってきていた。
「ここは相変わらずだな」
「うん。なんだかパズルみたいだよね」
「そんな良いもんか? ごちゃごちゃし過ぎだぜ、ここは」
大通りを歩きながら、変わらず雑多な街並みを見渡す。
見晴らしのいい
増築しすぎて隣同士が繋がってしまったアパートメント、雑に二階への階段が外部に備えられたカフェ、民家なのか店なのかわからない家々。
混沌として整合性のない町並みは、まるで人間が作った
「それで、サラン。段取りはどうする?」
「まずは、『踊るアヒル亭』に。部屋を確保してから、ユルグとロロは冒険者界隈の情報屋を当たってください。私は市長などの上役にアポイントメントをとってきます」
ここで「全部私がやっておきます」と言わなくなっただけ、サランも随分と馴染んだ。
昔、アドバンテで会ったばかりのサランは、俺たちを一切信用していなかったからな。
「では、わたくしは教会に顔を出してきますね」
「それなら……ロロ、一緒に行ってやれよ。盗賊ギルドも情報屋も俺で回っとくからよ」
「え、でも」
「フィミアを一人でうろつかせる方が心配だろ?」
「それならボクがそっちを回るよ」
おいおい、せっかく気を回したのにどうしてそうなる。
だいたい、ロロを一人で盗賊ギルドに向かわせるのもダメだ。
別に独りでも危険はないと思うが、あいつらは人を見て判断するところがあるからな。
俺くらい危なそうな方が向こうも話しやすいだろう。
「わたくしなら一人でも大丈夫ですよ? だいたい、以前はそうだったじゃないですか」
「まあ、そりゃそうなんだが」
「ユルグったら、少し過保護になっていますよ。わたくしだって、一人前の冒険者です」
「……そうだな。悪かった」
素直に頭を下げて謝る。
いっぱしの冒険者に対する態度ではなかった。
まったく、仲間であるはずの俺がフィミアを侮ってどうする。
言われた通り、少しばかり過保護になっているのかもしれないな。
「でも、心配はありがとうございます」
にこりと笑うフィミアに小さく苦笑を返す。
こういう気遣いができるところが、こいつの魅力なのだろう。
ロロに少し似ていて、ほっとする部分がある。
「じゃあ、盗賊ギルドは俺が行く。〝飲んだくれ〟と〝キャットタワー〟は頼んだ」
「うん。二人とも元気にしてるかな」
「〝飲んだくれ〟は危ないかもな。ちょっと飲み過ぎだ」
〝飲んだくれ〟と〝キャットタワー〟はこの冒険都市に住む情報屋だ。
どちらも非常に有能で、この町で知りたいことがあれば、まずはこの二人に話を聞くのが早い。
直接に知らなくとも、知っていそうなヤツに繋いでくれるしな。
……もちろん、それなりの金貨を積まねばならないが。
「では、話がまとまったところで……まずは、腹ごしらえと行きましょう」
立ち止まったサランが、看板を提げた大きなアヒルの木像の前で立ち止まる。
そのアヒルを見た瞬間、なんだか懐かしいものがこみ上げてきた。
──『踊るアヒル亭』。
俺とロロの冒険者としての出発は、まさにここから始まったのだ。
感慨深さに少し足を止めていると、ロロが俺の腰を軽く叩いた。
「行こう、ユルグ」
「ああ。ここの飯は久しぶりだ」
ロロに頷きを返して、宿の中に足を踏み入れる。
どこか懐かしい匂いが、少しばかり胸を絞めつけるようで俺は小さく息を吐きだした。
◆
「ダメだな」
アドバンテでの情報収集一日目は、空振りに終わった。
ロロにしても、フィミアにしても大した情報はつかんでいないようだ。
とはいえ、何をどう尋ねるべきかという部分で、そもそもが曖昧なのでどうしようもない部分はある。
ここは冒険都市アドバンテだ。
そんな場所で「何か変わったことは?」なんて尋ねれば、逆に情報が多すぎてしまう。
それでも、盗賊ギルドのマスターである〝塩犬〟は協力を申し出てくれた。
金はとるらしいが、ありがたいことだ。
「やはり教会では情報があまり得られませんでした。最近、
「〝飲んだくれ〟からの情報はあんまり。〝キャットタワー〟は何か知っていそうだったけど、確実な筋じゃないからって教えてくれなかった」
三人で羊肉のスープを食べながら、小さくため息を吐く。
そううまくいくとは最初から思っていなかったが、こうも空振るとさすがに気が滅入る。
「なぁ、フィミア。そもそも〝淘汰〟ってのは何だ?
「時代によります。自然災害だったり、疫病だったり、
「今回は〝
ロロの質問に、フィミアが小さく首を振る。
「わかりません。わたくしたち人間が前回〝淘汰〟に晒されたのは、もう三百年も前のことなのです。記録すら曖昧になってしまっていて、王都にある教会本部にだって記録が残っているかどうか」
「その時は、何があったんだ?」
「わたくしが聞いた話によると……『神』が降臨したと」
「──は?」
思わず、唖然として口の端からシチューを垂らしてしまった。
行儀の悪いことに違いないが、開いた口に罪はあるまい。
「わたくし達の信奉する神ではありません。何かしらの高位存在……わかりやすく言うと、すごく強い
「それでどうなった?」
「詳しくは。すごく恐ろしいことになったという話しか知らないんです」
逸話の規模がまるで違う。
『終末の獣』とやらを自称した〝
なるほど、それを考えれば……勇者とやらが現れたことに、危機感を抱くのもわかる。
『まだ何かある』と俺だって考えるくらいに。
「うん。それじゃあ……明日は
「ああ、それがいいな」
ロロに頷いてパンをむしる俺に、フィミアが首を傾げる。
「それはどうしてです?」
「〝
「一理ありますね」
加えて、言葉には出さない少しばかりの推測があった。
俺が勇者だったとして……〝淘汰〟に立ち向かうべき存在だというなら、それは暴力で解決できる何かだ。
この世界において、人間を害する力で暴力といえばおそらく
「おや、みなさんお帰りでしたか」
食事をそろそろ終えようというところで、陰険眼鏡が宿に戻ってきた。
相変わらず、交渉ごとに関してはタフに動く。
「サラン。どうだった?」
「仕込みは上々です。明日は、あなた方の力も貸していただきますよ」
何かつかんだらしい、サランがすっと目を細めて俺たちを見た。
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