第14話 変化する東部

「少し様変わりしたか?」


 酪農都市ヒルテに到着した俺は、賑やかになった大通りをぐるりと見まわす。

 もともと交易都市であるため、それなりに賑わっていたが……今は、ごった返している、と表現した方がいい様な有様だ。


「『マルハス需要』ですよ。いまのヒルテは交易拠点としてパンク寸前です」

「それって、ボクらが開拓したから?」

「ええ、その通りです。周辺の農作物に、乳製品、マルハスから流れ込む迷宮資源、木材。当然、人も集まります」


 大通りは商店の前ですら露店が設置され、大通りには満載の荷物を積んだ馬車が行き来している。

 こりゃ、ヒルテ子爵は大変だろうな。


「この状況で宿が取れるのかよ?」

「先だって手紙鳥メールバードを飛ばしておきました。前回同様、『ホテル・マドレーナ』に部屋をとっています」


 こういう手回しの良さは、さすがというべきだな。

 『シルハスタ』時代も、こういうのはサランに任せきりだった。

 手伝いたいのはやまやまだが、蛇の道は蛇ってやつだ。

 素人が手を出すと、邪魔になりかねない。


「こうも人が多いと、トラブルも多そうだよね」

「ああ。人が集まると、厄介事なんていくらでも起きっからな……」


 マルハスの新市街ができた時も、なかなかそれで困ったのだ。

 それらは結局、暴力か権力か金で解決するしかなく、一番有効で早かったのは暴力だった。

 なにせ、あそこに集まってる人間の多くは世間一般的にはならず者と大差ない冒険者なのだ。

 実力社会を生きるあいつらは、実力で黙らせるのが最適解と言える。


 そう考えると、早々に俺を『ギルドマスター代理』などという役職に押し込んだサランは、状況をよく見ていたのかもしれない。

 まったく、この陰険眼鏡はどこまで広く、どこまで先を見ているんだろうか。


「なあ、姉ちゃん」


 馬とグレグレを郊外の厩舎に預けて大通りに戻る俺達だったが、そんな途中で商人風の男がフィミアに声をかけてきた。

 格好はそれなりだが、目つきが悪い。

 あまりいい商売をしているヤツには見えない。


「はい、なんですか?」

「あの真っ白な走大蜥蜴ラプター、いくらなら譲ってくれる?」

「あの子は売り物ではありませんので」


 曖昧に笑って躱すフィミアに少しばかり感心する。

 さすが〝聖女〟様はお優しいな。

 こんな不躾なことを言われて、まだ笑顔でいられるなんて。

 俺なら、すでに腹に一発入れてるところだ。


「そう言わずにさー。旅の足が欲しいなら、馬も用立てるよ! どうしてもアレが欲しいんだよ」

「そのように言われても、困ります。あの子はわたくし達の大切な仲間ですので」

「そこを何とか」


 商人の男がフィミアの右手を掴んだ瞬間──その顔面に軽いジャブを叩きこむ。

 ぱきりと鼻の軟骨が折れて陥没する感触が拳に伝わって、それと同時に男が地面に尻餅をついた。

 よしよし、吹っ飛ばなかったな。力加減は完璧だ。


「フィミアに触れんな」


 フィミアの手を引いて、背後に庇う。

 こういう鬱陶しい奴の相手は、俺の仕事だ。


「な、なにをするんだ、アンタ!」

「お前が何のつもりだ。強引な商売しやがって」

「うっ、訴えてやるぞ! オレが一声かければ、お前らなんて……!」


 がなるように大声で叫ぶ商人風の男。

 おかげで、余計な注目が集まってしまった。


「面倒くせぇことになったな」

「いいえ。今のは良かったですよ、ユルグ。なかなか様になっていました」


 サランの言葉に軽く首を傾げるが、こいつの言うことがよくわからないのはいつものことだ。

 それよりも、この叫ぶバカをどうにかしたい。


「そこの方。パートナーがいる女性に対して、許可もなく触れればそのような目に遭ってしかるべきだと思いませんか?」

「だからって殴るこたないだろう!?」

「それは解釈の違いですね。もし彼が本気なら、あなたはすでに死んでいますよ?」


 サランがちらりを俺を振り返る。

 確かに、それは事実だ。思いっきりやれば、今ごろコイツの首はどこかに飛んで行ってしまっていただろう。


「東部に来られるのは、初めてですか? 私たちが誰だか知らないなんて、少し不用心ですね」

「何を言って……」

「〝崩天撃〟ユルグ・ドレッドノートの女に触れて生きているなんて、幸運が過ぎると言っているんです」


 サランの猛毒みたいな脅しが、男の顔をひどいものに変えていく。

 だが、嘘は言っていない。この男は、幸運だった。

 俺の怒りを買って、まだ生きているのだから。


「わかったら行きなさい。これ以上、彼の機嫌を損ねないでくださいね?」

「ひ──」


 小さな叫び声を上げて、男が人ごみに向かって走り去っていく。

 足がすくんで動けないなんてヤツが大半なのに、なかなかやるじゃないか。


「あの、ユルグ……」

「おっと、悪ぃな」


 掴んだままだった手を放して、フィミアの頭を軽く撫でる。

 急に俺が暴力を振るったんで、驚かせたかもしれない。


「はあ……さっそく厄介ごとに遭遇ってか? こりゃ、マルハスも色々考えたほうがいいな」

「そうかもね。ヒルテにこれだけ商人がいるってことは、いずれマルハスにもくるだろうし」

「ややこしいことはお前とサランに任せるよ」


 俺の言葉に、ロロが小さく苦笑する。


「冒険者の街なんだし、さっきみたいにちょっと脅かした方がいいんじゃない?」

「それが必要なら、俺がやるさ。そうだろ? サラン」

「ええ。今のところは特に問題ありませんし、必要なら窓口を作って営業権を設定します。無法者は、あなたの出番ですね」


 なるほど。

 俺たちが心配しているようなことは、すでに見越してるってわけだ。

 相変わらず、参謀殿は準備万端で頼もしい。


 ……あとは、性格だけ何とかなればな。


「さて、何やら失礼な気配を感じましたよ? ユルグ」

「気のせいだろ。ほら、さっさと行くぞ」


 夜のとばりが降り始めた酪農都市の道を行く。

 暗くなってもランタンを下げて商売をする露店が、変わっていく東部を象徴しているようだった。

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