第12話 陰険参謀は笑う

「王都に行きます」


 ロロとフィミア、そして俺の同居生活が始まって一週間ほどしたある日。

 サランが突然そんなことを言いだした。

 いつもながら突然が過ぎる参謀殿だが、今回のは特に突然だ。


「王都ってすごく遠いよね?」

「ええ。ここからだと片道一ヶ月ほどでしょうか」


 ロロの言葉に、サランが頷く。

 サルディン王の玉座がある首都スルディナは、冒険都市アドバンテよりもさらに遠い。

 行って帰ってくるだけで二か月ほどもかかってしまう。


「サラン、まずは理由を聞かせろ」

「端的に表現すると『タイミングがいいから』です。雪が解ければ、迷宮ダンジョン関係の調査が再開され、おいそれと離れるわけにはいかなくなりますからね」

「俺達全員で行く必要があるのかよ?」

「国選パーティの登録と、教会周りのあれこれ、それと……事態についての共有が必要です」


 サランが目を細めながら俺達を見る。

 こいつがこういう顔をする時は、おおよそ決定事項となることが多い。

 それにしたって、事態とは?


「よくわかっていなさそうなユルグのために説明を追加します」

「俺の心を読むんじゃねぇよ」

「顔に出すのが迂闊なんですよ」


 サランが眼鏡を押し上げて、小さくため息を吐く。

 いつに増して慇懃無礼だな、今日は。


「一番の問題は、あなたが勇者であるということです」

「ぴんとこねぇな」

「いいですか、勇者とは〝淘汰〟……つまり、世界に影響を与える様な大きな危機に対して現れる自浄作用のような存在なんです」

「つまり?」

「この先、あなたが相対するべき脅威がまだ存在するかもしれないということです」


 おいおい、なんだか話が大きくなってきたぞ?

 もしかして、俺が考えているよりずっとヤバくないか、これ。


「〝手負いスカー〟がそれであった、という可能性は十分に考えられます。魔物モンスターを率いて『終末の獣』に至ろうという危険で邪悪な存在でした。自らも〝淘汰〟であると語っていましたし」

「じゃあ、それで解決じゃねぇのかよ?」

「とのことですが? フィミアさん」


 サランに話を振られて、フィミアがぐっと詰まった顔をする。

 なかなか見ない珍しい表情だが、少し息を整えてからゆっくりと口を開いた。


「あれが〝淘汰〟の一端であったことは確かです。でも、全てがあれで終わりだったのか……わたくしには、まだ判断しきれないのです」

「つまり、なにか? ああいう輩がまだ潜んでるってことか?」

「わかりません。危険の種を芽吹く前に刈り取ったのか、それともただの一葉だったのか」


 少し思い詰めた様子のフィミアの肩を、ロロがそっと手を添える。


「それを確認するために、教会本部にいくんだよね?」

「はい。教皇様なら、何かご存じかも知れません」

「よし、わかった。サランとフィミアが必要だってんなら、そうなんだろう。俺も書類仕事には飽きてきたところだ。ちょうどいい」


 軽く笑う俺に、サランがまたもや小さくため息を吐く。

 今日の参謀役は、どうも俺に対して当たりが強いな。


「いいですか、ユルグ。敬語とマナーについて、道中きちんと思い出していただきますからね。あなたは『メルシア』のリーダーで、ギルドマスターで、勇者なんです。何でも暴力と勢いで乗り切れる辺境ではないんですからね?」

「ぐ……!」


 ああ、そうだった。忘れてた。

 故郷いなかに戻って気楽にしていたが、中央の方はサランのように連中が幅を利かせる場所だ。

 空気からして俺に不向きな場所なんだよな……。


「最悪、謁見の可能性もあります。いいですか、ユルグ? 私とフィミアさんでみっちりと訓練しますからしっかりと身につけてくださいね?」

「勘弁しろ。人間、向き不向きがある」

「努力は誰にでもできる美徳ですよ。ねえ? フィミアさん」

「ええ、ユルグならきっと大丈夫ですよ」


 二人の笑顔が怖い。

 つまるところ、俺にこいつらみたいな喋り方をしろって言ってるんだろう?

 全身がかゆくなって、舌が攣っちまうよ。


「ロロ、助けてくれ」

「大丈夫、ボクも一緒に訓練に参加するからさ。田舎者同士、力を合せようね」


 くそ、良い子ちゃんめ!


「あと、もう一点」


 俺が肩を落としていると、サランが人差し指を立ててこちらを見る。

 まだやることがあるのかと思うと、さらにげんなりしてしまう。


「王都での行動についてなのですが……ユルグとフィミアさんは、振舞うようにお願いします」

「それなんだけどよ、どうにかなんねぇのかよ?」

「なりませんね」


 取り付く島もないとは、まさにこのことだ。

 サランには、ロロとフィミアについてのことや、それ故に俺がフィミアと仲睦まじくするのが難しいことなどを伝えたのだが、この通りである。


「エスコートのつもりで、必要に応じて二人でいてくれればそれでいいんです。それ以上のことは求めません」

「それが難しいって言ってるんだけどな?」

「大丈夫ですよ、ユルグ。わたくしに任せておいてください」


 それで、なんでお前が妙に乗り気なんだよ。

 まぁ……嫌がられるよりゃ、ずっといいんだが。


「基本的には私がメインで動きます。みなさんは指示に従ってさえくれれば大丈夫ですよ」

「しゃあねぇ。お前の駒になってやるって約束はしたしな。上手く使え」

「ええ。その調子で思い通りに動いてくださいね」


 サランがすっと口角を上げる。

 こいつがこういう顔をするってことは、今回の王都行きに何かしらの期待があるということだ。


「そう考えるとボクは気楽かも?」

「そうはいきませんよ、ロロ・メルシア」

「え」


 ほっとした様子のロロに、サランが妙に湿気た笑みを浮かべる。


「〝妙幻自在〟の二つ名は、いまや王都でも人気の魔法剣士を指す言葉です」

「えーっと……?」

「吟遊詩人に歌わせた結果が出ていますね」

「ちょっと、サラン! ボク、それ聞いてないけど?」


 焦った様子のロロに、陰険眼鏡が首を振る。


「私は〝手負いスカー〟でのあなたの活躍を、少しだけ酒場で語っただけです。いやはや、まさかその中に名うての吟遊詩人がいるとは予想外でしたね」


 嘘だ。

 絶対、狙ってやったに違いない。

 この場合、陰険眼鏡をぶん殴るべきなのだろうが……ロロの活躍が歌になるというのは悪くないというか、俺も是非聞いてみたい。


「ロロには、私と一緒に茶話会行脚をしていただきますよ。なに、ニコニコしていればそれで十分です」

「恨むからね、サラン」

「うまくいったら王立劇場で、売れっ子俳優を使って舞台化しましょう。マルハスが、また有名になりますよ?」


 眼鏡を押し上げて暗く笑うサランに、俺達は妙な敗北感と共にため息を吐き出すしかなかった。

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