第11話 冴えた提案

「ええと、それはロロさんとちょっと相談した方が……いいかも、ですよね?」

「だよなぁ……。サランのやつはそういうところが本当に気を配れないんだ。すまねぇな」


 何で俺が謝るはめになってるんだと思いつつも、フィミアに小さく頭を上げる。

 サランが俺たちを何かしら利用しようとしているのはわかるのだが、全貌が見えてこない以上、それなりに振舞う必要があるかもしれない。


 本気でフィミアとどうこうって気は全くないが、あらかじめロロには相談をしておかなければ、筋の通らない話になりかねない可能性がある。

 俺がロロの幸せを邪魔するなんてことなど、あってはならないのだ。


「勇者だの〝聖女〟だのって教会のしきたり、俺は気にしねぇからよ。これまで通り上手くやろうぜ?」

「そ、そうですね! では、今日はこれで失礼しますね。おやすみなさい!」

「ああ、おやすみ。体冷やすなよ」


 いまだに紅潮さめやらぬフィミアが妙に挙動不審な様子で、ぱたぱたと階段を駆け上がっていく。

 あの様子だと、相当驚かせちまったみたいだな。


 それにしても、あの初々しい反応。

 ……もしかして、まだ生娘おぼこだったりするのだろうか?

 まったく。ロロの奴は、何を悠長にしてんだ?


 いや、ロロだからこそか。

 あの朴訥で真面目な親友だからこそ、聖職者相手に婚前交渉はしないと考えたほうがしっくりくる。

 文字通りの『清く正しいお付き合い』をしてると考えたほうが自然だ。


 一瞬でもフィミアに劣情を抱きそうになった自分が嫌になる。

 ロロに比べて、己の何と浅ましいことか。

 サランのやつが「まぐわっていい」なんて言うから、余計に意識してしまったのかもしれない。


 ……ロロとフィミアには迷惑をかけることになる。

 サランの企みがいかなるものかはともかく、二人のためにも俺がしっかりしなくては。

 対外的にフィミアと仲良くする必要があっても、仕事として割り切れば問題ない。


 こんなことになるなら、やはり『勇気のでる魔法』はロロに使うべきだったのだ。

 あの日、フィミアが俺を赦し、あの魔法を施してくれたおかげでいろいろとうまくいったという実感はある。

 しかし、それによって厄介な状況に二人を巻き込んじまったのは、少しばかり気が重い。


 そうだ……。

 ロロもこの家に住んでもらえばいいんじゃないか?

 ここにはロロの自室もあるし、当初の予定ではこの家に住むと言っていたじゃないか。

 これは、妙案かもしれない。


 ここはパーティ拠点でもあるのだからロロがいたって何の不自然もないし、俺とフィミアが一つ屋根にいることで不安にさせることもなくなる。

 いくらロロが俺のことを信用してくれているとはいえ、やはり不安要素は少ないにこしたことはないはずだ。


 サランには……黙っておこう。

 女遊びは控えろとは言われたが、親友を家に住ませるなとは言われなかったし。

 向こうが始めた無理難題だ。

 俺が多少のをしたって、構うまい。


「よし、善は急げだな」


 一人きりになってしまったリビングでそう独り言ちた俺は、すっかり冷めてしまったコーヒーを喉に流し込んで、気分良く立ち上がった。


 ◆


「引っ越し?」


 自宅を出てしばし。

 ちょうど新市街を歩いていたロロを見つけた俺は、さっそくに件の計画を伝えた。


「ああ。ちょっと諸事情あってよ……フィミアの生活拠点が俺の家になってよ」

「そうなの?」

「ああ。それで……ロロもウチに来ないかって話なんだが」


 俺の提案に、ロロが小首をかしげる。

 突拍子もない提案をしているのは俺も自覚しているが、ここで「はい」と言ってもらわなければ、計画そのものが破綻してしまう。


「引っ越し自体は少し考えてたからいいんだけど……どうして急にこんなことに?」

「それはだな……」


 ロロの質問に、サランが言ったことをかいつまんで説明する。

 それに相槌を打ちながら、何度か頷いたロロは小さくため息を吐いて苦笑した。


「話は分かったけど、サランに相談した?」

「してねぇ。無茶苦茶言いやがったんで肩ゆすって帰ってきた」

「もう、ユルグはそういうところがちょっと残念だよね」


 眉尻を下げて小さく笑ったロロが、俺の肩を軽く叩く。

 残念とは何だ、残念とは!

 俺だって、いろいろと考えてるんだぞ?


「でも、わかった。そういう事ならボクもそっちに引っ越すよ。大した荷物もないし、家具も新調しようと思ってたから買い替えちゃおうかな」

「そう来なくっちゃな!」


 計画が上手くいったことにほっとして、俺は息を吐きだす。

 これでフィミアもきっと安心だろう。

 やはり、ロロとフィミアは一緒にいないとな。


「少し前に言ったことが本当になっちゃったね」

「ああ、それを思い出してな。いい機会だからロロを誘おうと思ったんだ」

「あの時のボクはユルグと二人暮らしを想定してたんだけどね?」


 ロロの言葉に、俺は小さく唸る。

 確かに、トラブルのついでのように提案したのはよくなかったかもしれない。

 俺というやつは、どうしてもう少し気を回せないのか。


「あはは、そんな顔しないでよ。別に責めてるわけじゃないよ」

「いや、責めていい。俺ってやつは、いつまでもガキのままだな……」


 肩を下ろす俺の背中を軽く叩いて、ロロが笑う。


「冒険者ギルドマスターで〝崩天撃〟が、そんなに小さくならないでよ。ボクはね、嬉しいんだ」

「嬉しい?」

「うん。あの頃のユルグはまだまだ拗ねてて、村に居づらそうだった。だから、ボクは君と二人で住めばそういう寂しさが紛れるかなって思ったんだ」

「拗ねてねぇよ……!」


 反論する俺に、ロロの言葉がじわりと心に染み入る。

 この幼馴染で親友は、昔から相変わらず俺のことを心配してくれているのだ。


「でも、今はマルハスにいることを当たり前に考えてくれていて、女の子と一緒に住むのが気まずいから一緒にいてくれ……なんて、ちょっとかわいいじゃない?」

「かわいいってお前な! 俺はだな──」

「昔のユルグなら、『気に入らねぇから出てく』とか『犯されたくなきゃ出てけ』かな?」

「ぐぬ……」


 確かに、言いそうな気がする。

 何なら、これ幸いとフィミアをぺろりとやっちまってる可能性だって無きにしも非ずだ。

 よくよく考えてみると、そういう邪な人間が勇者だなんてやっぱり神様ってのはどこか考えなしな奴なのかもしれない。


「だから、嬉しいんだよ。君が当たり前にここに居てくれるってのがさ」


 ロロが小さく笑って、俺を見る。


「ボクは、ユルグがボクを大切にしてくれてることを知っている。だから、同じくらいボクもユルグを大切にしたいんだ」

「おいおい、お前にそんな風に言われると少し照れる。ほどほどにしてくれ」

「何度言ったって、なかなかわかってくれないユルグが悪い!」


 小さく眉を吊り上げながら、ロロが苦笑する。

 そんなロロに俺も軽く笑ってしまう。

 もちろん、わかっちゃいるとも。

 だからこそ、俺はもっとお前を大事にしたくなる。


 お前の夢と幸せこそが、俺の目指すべき場所なのだから。


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