第9話 報復は徹底的に

「こんなことをして……ッ どうなるかわかっているのか!?」


 尻餅をついて丸い腹を晒したまま、ミオペテ枢機卿ががなる。

 よくもまあ、そんな床に近い場所から上から目線の発言ができたもんだ。


「なんだ、脅しか?」

「お、脅しではないぞ! こんな辺境、愚禿が一声かければ──」


 その言葉に、俺の理性やら自制心がいよいよ限界を迎えた。

 まったくもって滑稽な話だ。

 こいつはいまだに無事にここから帰れると考えているらしい。

 『聖典騎士団』が全て制圧された──この惨状を目の当たりにして。


「じゃあ、一声も発せねぇように念入りに擦り潰してやるよ」

「ヒェ……」


 俺が一歩踏み出すと、ミオペテ枢機卿の股間から湯気の立つ液体が広がる。


「おいおい、『ホテル・メルシア』のスイートルームを汚ねぇもんで汚すんじゃねぇよ。まあ、いい。どうせテメェもお掃除しないといけないしな」


 そうだ。許すわけにはいかない。

 森の脅威が〝手負いスカー〟だったとしたら、こいつは人の脅威だ。

 に手を出した分、〝手負いスカー〟よりも悪質かもしれない。


「愚禿は次期教皇にも届く、選ばれし者だぞ!」

「じゃあ、一足先に神さんに挨拶しとけ。行先は地獄だと思うがな」


 石ころでも蹴るようにして、豚坊主の股間を蹴り上げる。

 声ならぬ悲鳴が上がって、床でのたうちながら吐瀉物を撒き散らすミオペテ枢機卿。

 少なくとも、これでもう二度とアルコやロロに手を出すことはできまい。


 そう、この度し難い好色豚野郎は、幼いアルコをベッドに引きずり込もうとし、止めようとしたおばさんとビッツに暴力を振るったのだ。

 しかも、今度はアルコを人質にロロを呼びつけて……好きにしようとした。


 幼児性愛者で男色家、しかも下衆ときた。

 生きてる価値はない。綺麗にひき潰して薬草園の肥料にした方がまだ役に立つだろう。


 幸い、すんでのところで俺は間に合った。

 ロロもアルコも無事だったし、おばさんもビッツも大した傷ではない。

 しかし、だ……こいつらを皆殺しにして森に撒き散らすのに十分な理由ではある。


「ゆ、ゆるさんぞ……! お前のような下民が……」

「許さねぇのはこっちだ。俺の一番大事なモンに手ェ出しやがって……!」

「知ったことか! 愚禿が殺されたことがわかれば、こんな辺境などあっという間に消えてなくなるぞ! 土下座して詫びよ! その後、晒し首にしてくれるわ」


 ああ、どこまでも度し難い。

 こんなヤツがそれなりに信用してた教会組織の上役だなんて、がっかりだ。


「そうかよ。それじゃあ全員まとめて、行方不明になってもらうか」

「は──?」

「おいおい、ここは辺境の未踏破地域隣接地だぜ? 事故や行方不明なんて日常茶飯事だ」


 ため息を吐きながら、俺はミオペテ枢機卿を一瞥する。


「先触れがなかったってことは、お忍びだろ? 他の奴に気取られねぇように、たったこんだけの手勢でマルハスくんだりまで来た。違うか?」

「……ぐ、む」

「しかも、このホテルも貸し切って人払いの結界までかけてた。目撃者はいねぇ。俺にとっちゃ好都合なんだよ」


 見る見るうちに顔色を悪くする豚野郎。

 怒りに紅潮していた顔は青くなり、やがて自分の状況を悟った土気色へと変化した。


「ま、待て! 聖騎士の中には妻子ある者もいるのだぞ」

「運がなかったな」

「良心が痛まないのか!?」

「お前がそれを言うのかよ」


 思わず口から失笑が漏れてしまった。

 ああ、サルディン正教という組織はもう駄目かもしれない。

 こんな下衆野郎が幅を利かせているなんて、ロクでもないとわかってしまった。


「いまならまだ間に合うぞ、ユルグ・ドレッドノート!」

「いいや、もう手遅れだよ。お前は殺すと、踏み込んだ時から決めてるんだ」


 踏み込む俺に、尻餅をついたまま後退る豚坊主。

 小便と吐瀉物が混じったものが、尻に引きずられて広がってにおう。

 どこまでも迷惑な奴だ。


「だ、誰か……! 愚禿を助けよ! それでも聖騎士か! 役立たずどもめ!」


 俺にほうぼうをへし折られて呻く聖騎士に、枢機卿が暴言を吐く。

 命がけで俺を止めようとしたってのに、せいのないことだな。

 まあ、痛いのはあと少しだ。すぐに楽にしてやるから少し待ってろ。

 全員一緒に神の御許に送り出してやるよ。

 何なら、教会で一節くらいは祈ってやってもいい。


「おい、おい! ……そうだ! ユルグ君。特別に許してやってもいい! 愚禿と友誼を結ぼう。いろいろ困ってることがあるだろう? な?」

「ああ、目の前のゴミがうるさくて困ってる」


 そう告げて、俺は戦棍メイスを振り上げた。


 ◆


「で、あいつは?」

「教会本部で聖火刑に処するとのことでした」

「なんだそりゃ」

「早い話が火あぶりですよ。フィミアさんの使う〈聖火〉の魔法を見たことがあるでしょう?」


 ああ、あの消えない青い炎な。

 確か、体内の魔力に火をつけて焼くとかって言ってたか……?


「あなたに殴られて即死していた方が、ずっと楽だったでしょうね。聖別の青い炎に焼かれながら、息絶えるまで懺悔をさせられます。罪を犯した聖職者の最も重い裁きでもありますからね」

「うへぇ……」


 結局のところ、俺は何とあのクソ坊主を殺すことを踏みとどまった。

 四肢を叩き潰して、いよいよ……というところでサランに制止されたためである。

 付き従っていた聖騎士たちも何かしらの処分が下されることになった。


 そもそも、あの枢機卿は教会本部でも扱いに困る俗物であったらしい。

 教会の私物化、権威をかさに着た放蕩、そしてあの忌まわしい淫欲。

 俺としては殺処分してしまいたかったが、サランが「あれは売れる素材です。教会に売ってしまいましょう」と提案したので、くれてやった。

 〝聖女〟であるフィミアと一緒に捕縛と告発の準備を進めていたサランにとって、俺の暴走は都合の良い状況であったのだ。


 大罪人ミオペテが所有していた多くの財産が、教会の所有となる。

 そのうちの何割かが、別ルートで洗われてサランの元に流れ込んでくるらしい。

 どういう仕組みかわからないが、おそらく賞金首のようなものだろう。


「さて、ユルグ。一仕事終わったところで、次の手を打たねばなりません」

「次の手? もう終わったんじゃねぇのかよ?」

「あなたが勇者であるということが、世間に公表されます」

「──勘弁しろ」


 サランの言葉に、思わず固まる。

 それはクソ坊主をやりこめるための方便ではなかったのか。


「今後は女遊びを控えてください。カティさんともできるだけ距離感を保って、性的接触は避けるように」

「は?」

「フィミアさんとは、まあ……少しくらいならも構いませんが、節度は忘れないようにしてくださいね」

「おい、冗談じゃないぞ」


 俺の言葉に、サランが小首をかしげる。


「おや、失礼──もしかして、童貞でしたか?」

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