第8話 舌の根も乾かぬうちに

 あの様子だと、おそらく何かしらの行動を起こすだろう。

 そのとき、俺がどうするべきかの指針は決めておく必要がある。

 まあ、殺さなくて済むならそれに越したことはないが、聖騎士はそれなりに手練れだと聞いた。

 手加減ができる相手ならいいが、そうでない場合はひどい傷を負ってもらうか、命をとるしかなくなる。


「できるだけ避けてください。ですが、あなたの命が最優先です」

「いいや、俺達の、だ。お前だって狙われる可能性があるだろ?」

「もしかして、心配してくれるんですか?」


 サランの言葉に、軽く息を吐きだす。


「ヘンな試し方するのはやめろ、陰険眼鏡。お前も俺の大事な仲間だ」

「そういう、ストレートなところはあなたの持ち味ですね。照れてしまいます」

「茶化すなよ。ほら、〝聖女〟がこっちを見てんぞ」


 フィミアが少し離れたところからやけにぬるい目をした笑顔でこちらを見ている。

 ちょっと苦手なんだよな、あの笑顔は。

 心配してくれてるのかもしれないが、それならそれでいつもみたいにしていてほしい。


「フィミアさん。念のためにお聞きしますけど──」

「わたくしは『メルシア』を抜けませんよ?」


 サランの質問にかぶせるように、フィミアはハッキリと言い放つ。

 それはなんだか決意じみたものすら感じる、強い口調だった。


「じゃ、決まりだな。あいつらの要求は一切飲まねぇし、なにかしてくるなら叩き潰す」

「まあ、ユルグったら。ちょっと乱暴すぎですよ?」


 そう笑うフィミアだが、妙に目が笑っていない。

 人間、こういう目をしてる時が一番危なっかしいんだ。


「では、フィミアさん。今後について少しだけお話を」

「わかりました」


 サランがフィミアを教会の一室に誘う。

 うなずくフィミアとサランの様子が少し心配になって、俺もついて行こうとしたのだが、陰険眼鏡に止められてしまった。


「ユルグは冒険者ギルドにお戻りください。情報収集には気を遣ってくださいね」

「おい、サラン。フィミアに余計なことを吹き込むなよ?」


 小声で警告する俺に、サランが口角をうっすら上げる。

 おいおい、悪い顔してるぞ? お前。


「何、少しだけ知恵をお借りして、対策を立てるだけです。問題ありませんよ」


 そう言って、サランはゆっくりと俺を扉の外に押し出した。


 ◆


「お帰りなさい、マスター。さっきまでロロさんがいましたよ」

「入れ違いになったか。はぁ……面倒なことになったんで、ロロに愚痴って癒されようと思ったのによ」


 革張りの椅子に座り込む俺に、カティが苦笑する。

 笑いごとではないのだが、釣られて俺も少し笑ってしまった。


「マスターとロロさんは本当に仲がいいですよね」

「まぁな。あいつは俺の恩人で、親友で、仲間なんだ。俺の人生で一番大事なヤツだよ」

「あら、妬けちゃう」


 俺の机に仕事の束を置きながら、カティが小さく笑う。


「ロロさんが女の子だったら、わたしに勝ち目なかったですね」

「これは正直に答えると角が立つヤツだろ?」

「もう手遅れですよ。ほかにも、手強いライバルがいますしね」


 カティの言葉に、俺は小さく首を傾げる。


「ライバル?」

「あれ、気付いてないんですか? もしかして、マスターってば鈍感?」

「いいや、俺は鋭い方だと思うぞ?」

「そうでしょうか? わたしの場合も、かなりはっきり言わなきゃ意識してくれなかったように思うんですけど?」


 お前の場合はジョークだと思ってたんだよ。

 というか、今もマジかどうか判断がつかない。


「そういや、そのロロはどこ行ったんだ?」


 話題を変えるべく、幼馴染の事を尋ねてみる。

 先ほどあったミオペテ枢機卿とのことは、ロロにも共有しておくべきだと思った。


「えっと、お母さんの宿をお手伝いに行くと聞きましたよ」

「ああ、ホテル・メルシアか」


 そう口に出して、少し嫌な予感が肩をぞわりとさせる。

 いまあそこは、ミオペテ枢機卿と『聖典騎士団』が貸し切っているはずだ。

 俺の態度の腹いせに、ロロやおばさんに何かやらかすかもしれない。


 それに、あのクソ豚坊主がロロを見る視線は、少し異常だった気がする。

 ロロは美形なので冒険都市アドバンテでもよく妙な連中に絡まれたりもしていた。


「少し出てくる」

「マスター?」

「ロロに今日の面合わせについて、早いとこ知らせておきたくてな」

「そのわりに殺気がひどいですよ?」


 さすが冒険者ギルドで受付をするだけのことはある。

 できるだけ、漏らさないように気を付けてるはずなんだがな。


「お仕事、置いときますから。すぐ戻ってきてくださいよ!」

「おう。行ってくらぁ」


 すれ違いざま、カティの頭を軽く撫でやって……俺は、支部長室を後にする。

 冒険者ギルドを出たところで、頬を腫らしたビッツ──ロロの弟──が、駆けこんできた。


「ビッツ? どうした? 怪我したのか?」

「ユルグ! 助けて……!」

「どうした? 何があった」


 ビッツに手を引かれてすぐそばの休憩所に向かうと、おばさんが倒れていた。

 すでに冒険者をしている神官が治療にあたってくれているが、ひどい傷だった。

 俺の顔を見た途端、がばりと起き上がったおばさんが肩を掴む。


「あっ痛つつ……ユルグ」

「どうしたってんだ? この怪我は」

「なんだかあの偉ぶった坊さんが、お湯を持ってったアルコを部屋に閉じ込めちまってさ……」

「──は?」


 瞬間、頭の中で理性の糸がまとめてちぎれる音がした。


「助けに行ったロロも捕まっちまったんだよ! あたしらも助けようとしたんだけど、みてのとおりで……ユルグ、こんなことを頼んで悪いんだけどさ」

「みなまで言うな。少し待ってろ、すぐに連れ戻してくる。……おい、そこの。教会まで走ってサランとフィミアに伝えろ。『ユルグがキレた』とな!」


 近くにいた冒険者に指示を飛ばし、俺は立ち上がる。

 どうも、あのクソブタ野郎は死にたいらしい。


「……待ってろ、ロロ。アルコ」



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