第7話 枢機卿は狼狽する
「フィ、フィミアちゃんが、こんな男を……?」
「ええ。私もこの目で見ましたよ? 〝淘汰〟が滅ぶ様を」
「そ、そんな……!」
顔色を悪くして、ミオペテ枢機卿が椅子から立ち上がる。
聖騎士たちのざわつきもかなり大きくなった。
「ご本人に聞けばどうですか?」
サランがそう告げながら、聖堂の一角を示す。
そこには、いつの間にかフィミアが静かにたたずんでいた。
「フィミアちゃん……。嘘だろう? こんな蛮人に」
「サランさんの言っていることは事実ですよ、ミオペテ枢機卿」
そう答えながら、フィミアが俺の隣に進み出る。
真っ白な司祭服がふわりと揺れて、先日のおてんば娘と同一人物とは思えない美しさだ。
「彼は確かにわたくしの選定した勇者です。事実として〝淘汰〟を討滅せしめ、この地に安寧をもたらしました」
「その件に関しては、そろそろ教皇様の元に報告が届くころと思いますよ」
フィミアの言葉を継ぐように、サランが言葉を口にする。
「由々しき事態だ、汚らわしい……このような男に、聖女の寵愛を与えるなど!」
「つまり、ミオペテ枢機卿は認められないと?」
「当たり前だ! そのような言葉使いもまともではない者が勇者などと、愚禿は認めぬ!」
サランに誘導されるようにして、否定の言葉を口にするミオペテ枢機卿。
さて、今どういう状況なのか俺にはわからないが……サランが愉快そうにしているってことは、流れの中にあるってことだろう。
フィミアの出てくるタイミングといい、サランは順調に昨日の意趣返しを進ませているようだ。
「フィミアさん、第三席は認めないそうです」
「そのようですね」
「?」
このやりとりに、どんな意味があるのか?
フィミアにしたって妙に上機嫌で、俺にしてみたら些か気味が悪い。
「では、わたくしは破門ということですね」
「──は?」
にこりと笑うフィミアに、くちをぽかんと開けて間抜け面を晒す枢機卿。
かく言う俺も、隣で唖然としてしまったが。
「
「ええ、わたくし……いけない娘だったようです。これは破門されても仕方ありませんね」
あからさまな小芝居ではあるが、述べられる言葉は事実である。
フィミアが俺に『勇気のでる魔法』とやらを使ったのも、俺が聖遺物なしでは倒せない化物を屠ったのも、その通りで間違いない。
「おっと、いけない。勇者についての取り消し文書を教皇様にお送りしなくては。第三席がフィミアさんを破門した以上、ユルグは勇者ではありませんからね」
「ええ。わたくしも今後は〝聖女〟ではなくなりますし」
「愚禿は破門などしておらんぞ!」
ようやく気を取り直したらしいクソ坊主が、声を張り上げる。
「いえ、先ほど認めないとはっきり仰ったではないですか」
「その男が勇者などとは認めないと言ったのだ」
「つまり、〝聖女〟たるわたくしの選定も認めないということでしょう? ミオペテ枢機卿」
「フィミアちゃん、駄々をこねるのはよしなさい。その様な男……」
お前に、『そのような男』呼ばわりされる筋合いはないんだがな。
「駄々ではありません、ミオペテ枢機卿。〝聖女〟の勇者選定は然るべき時に、然るべくして行われる神聖なる
きっぱりと言い放つ、フィミア。
こういう時のコイツは、本当にいい女だ。
自分の筋を通す女ってのは、なかなかそそる。
「考え直したまえ! フィミアちゃんには〝聖女〟としての役割が──」
「──それはテメェが決めるもんじゃないだろうが」
一歩前に出て、ミオペテ枢機卿を睨みつける。
丸い腹をしやがって。そこまで肥え太ってもまだ甘い汁を吸いたいのか?
「フィミアの生き方はフィミアが決めるもんだろうが。それとも何か? 教会ってのは人の生き方を勝手に変えちまうもんなのかよ?」
「貴様は黙っていろ!」
「また命令か? それしかできねぇのか、お前。それを聞いてくれる相手としか接してこなかったんだな?」
「な……なっ……!?」
顔を赤くして席を立つミオペテ枢機卿と、殺気立つ聖騎士たち。
それに対し、俺も殺気を撒き散らす。
「ユルグ、失礼ですよ。枢機卿閣下も、フィミアさんのことを心配しているのです」
ここにきて、突然サランが俺を諫めた。
どういうつもりかわからないが、とりあえず構えた拳を下ろす。
「教会組織というのは、大きな家族のようなものと聞きます。フィミアさんは娘のようなものなのでしょう。違いますか、ミオペテ枢機卿」
「う、うむ。だからこそ──」
「ええ、だからこそフィミアさんと
一瞬、聖堂の空気が凍り付くようにして止まった。
こいつは、何を言い出したんだ?
「例えば、ベッドの上で優しくしてもらっているか、なんて聞きにくいでしょう? ねぇ、ミオペテ枢機卿」
「────」
こいつ、確かに好きにやれとは言ったが……!
そういう線で煽っていくのかよ。
ああ、やっぱりサランに丸投げはまずかった。
「ユルグは優しいですよ。いつでも」
「おい、フィミア」
にこりと笑って俺に身体を寄せるフィミアに、少しばかりドキリとする。
だめだぞ、ユルグ。これは
「……愚禿はこれで失礼させていただく!」
しばらく黙って震えたままだったミオペテ枢機卿が、聖堂の中をずかずかと歩いて出て行く。
それに付き従うようにして、聖騎士たちも後に続いた。
「んで? 帰っちまったが?」
「事実上の敗走ですよ。我々の勝利と言い換えてもいい。思い通りにいかないということを印象付けただけで十分です」
「わたくしは少しすっきりとしました。昔から苦手なんですよ、あの人」
俺に寄り掛かったまま、ご機嫌な様子で笑うフィミア。
まったく、サランめ。
フィミアにこんなマネをさせやがって。
ロロに知れたらどうする。
それにしたって、あの俗物はどうも気が短いな。
あんな男が、救いを求める声に対応できるのか?
神聖魔法を使えるかどうかすら怪しい。
「それで? 殺していいのか?」
俺の質問に、サランが小さく唸った。
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