第6話 聴聞の教会にて

「……ゾラーク君。君は何を言っているか、わかっているのかな? もう少し賢い男だと思ったのだがね?」


 教会の聖堂。

 冷え込むその場所で、椅子に座ったミオペテ枢機卿が俺達を睥睨していた。

 その足元には、俺がフィミアに押し付けた暖房用魔法道具アーティファクトが煌々とオレンジの光を放っている。

 お前にくれてやったわけではないんだがな。


「あいにく、私も冒険者の生活が長いもので」

「フィミアちゃんの離脱も認めない、聖騎士の派遣も認めないでは愚禿がここに来た意味がないではないか」

「ええ、そのように申し上げています」


 サランの言葉に、丸い顔を赤くするミオペテ枢機卿。

 わめく姿はまるで小物にしか見えない。

 何だってこんなヤツが教会の偉い地位に居座ってるんだろうか。


「そもそも、私にそのような要請をすること自体が間違っています」

「……どういう意味かね!?」

「貴族に名を連ねる者としてお出迎えこそいたしましたが、『メルシア』のリーダーは、ここに居るユルグ・ドレッドノートです。私はあくまで都市開拓部の助言役でしかありません」


 ミオペテ枢機卿の目が、俺とサランの間を行ったり来たりしている。

 なるほど、この男はあまり有能でないらしい。

 いや、権力は持っているのだろう。

 そのように命じれば、誰かが叶えてくれるような生活をしてきたに違いない。


「では、ユルグ君に問おう」

「いや、俺は育ちが悪いもんでな。小難しい話はよくわかんねぇんだ」


 俺の言葉に、周囲の聖騎士たちがざわつく。

 枢機卿を相手に、あまりにもあまりな口のきき方に、動揺したのだろう。

 だが、お行儀よくするつもりはないぞ。お前ら相手なら特にな。


「口のきき方に気を付けたまえ。ここに居る聖騎士たちはどの者も一騎当千……お前など、すぐに首を刎ねられるのだぞ!」

「おや、ミオペテ枢機卿。今のはいけませんねぇ……冒険者ギルド支部長の首を落とすなどと、それは冒険者ギルドに対する脅迫行為ではありませんか?」


 サランが目を細めて、ミオペテ枢機卿を見やる。

 陰険参謀の指摘に、枢機卿は少し顔を引きつらせ、聖騎士たちは少しばかりざわついた。


 冒険者ギルドは大陸全土をネットワークでつないで冒険者を管理する超大規模組織だ。

 その運用の多くを各国に委ねはするものの、れっきとした独立組織である。

 今しがた、その冒険者ギルドの現地統括者の首を落とすと言ったのだ──ミオペテ枢機卿は。


「清廉潔白、公明正大を掲げるサルディン正教の枢機卿殿が、まさかこのようなことを仰るとは……いやはや私には予想もできませんでした。その様な考えでいらっしゃるとは」

「いや、これは言葉のあやというものであって……」

「悪いが失礼させてもらうぜ。俺はこのことを、ギルド本部に報告しなきゃならん」


 そう告げて、俺は踵を返す。

 これで表向き話し合いの余地がなくなったことを、周知できる。

 なにせ、この男は『脅し』のカードを初手で切ってしまったのだ。

 サランの誘導に、乗って。


 ──「あの方は高位貴族出身です。汚い言葉遣いに慣れていないでしょう」

 ──「いつも通りでいいですよ。ぞんざいに、なげやりに」

 ──「言質を取れば、あとは好きにどうぞ。流れに身を任せてください」


 朝方、サランが言った言葉が脳裏に響く。

 まだ他にも仕込みをしているようだが、俺に余計な情報を与えない方が得策と踏んだらしい。

 ここから先は、俺もアドリブだ。


「待ちたまえ、ユルグ・ドレッドノート!」

「あん?」


 不機嫌さを包み隠さず表に出しながら、俺は振り返る。

 早いところ、ここを去ってしまいたいのだが。

 あんまり長居すると、枢機卿ブタの頭をかち割ってしまいそうだ。


「言うことが聞けぬのなら、フィミアちゃんは返してもらうぞ。貴様のような野蛮な男の側においておけるか!」

「それ、本人に意思確認したのかよ?」


 俺の側はともかく、ロロの側から引き離すわけにはいかない。

 あいつらは、本当に仲がいいんだ。

 ロロのためにも、そんな勝手を許してなるものか。


「何を言う、〝聖女〟は我がサルディン正教が任じた役職だ! 拒否権などない」

「はン、『清廉潔白』に『公明正大』だったか? 御大層な看板掲げる割には、小娘一人の自由すら奪うってのかよ?」


 俺のに、わなわなと身体を震わせる枢機卿。

 南の方で食った『茹でダコ』みたいな顔つきだ。


「この野蛮人め……! まったく話にならん! サラン・ゾラーク君、どうしてこのような男を連れてきた!?」

「初めにお伝えした通り、彼が『メルシア』のリーダーだからです。フィミアさんの脱退についても、聖騎士の加入についても、彼が首を縦に振らなければどうしようもありません」

「そんなバカな話が……いいや、ではその無礼者に君が伝えたまえ! 何が正しいかをな」


 そう言われたサランが、俺を振り返って「だそうですよ、リーダー」と小さく笑う。

 俺には頭の悪いふりをするなと言っておきながら、なんて無能のふりをしてくれる。

 まったく、食えない奴。

 だが、その顔はまだ切り札カードを隠し持ってるって顔だな。


 ……仕方ない、もう少し付き合ってやるか。


「なあ、枢機卿さんよ。『メルシア』は俺のパーティだ」

「口のきき方に気を付けろと……!」

「まぁ、聞けよ。俺はパーティメンバーの命を預かってんだ。聖騎士だかなんだか知らんが、冒険者でもない肩書きだけの実力もわからねぇ奴をパーティに入れるわけにはいかねぇ」


 周囲の聖騎士がまたもやざわつく。

 自分たちが侮られていると思ったのかもしれない。


「しかも、そいつがパーティを率いる? そいつは元国選パーティの俺達よりもうまくやれんのか?」

「そんなもの、やればできる」

「できる訳ねぇだろうがッ!」


 俺の怒号が、教会を震わせる。

 ステンドグラスにひびが入ったかもしれないが、どうやら効果は抜群だったようだ。

 枢機卿は怯えて椅子からずり落ちそうになり、聖騎士の何人かは足をすくませた。


「そんなナメた感覚でいられちゃ困るんだよ。わかるか? 死ぬぞ? 俺達は、未踏破地域をかきわけて魔物モンスターの巣を潰して回るんだ。泥と血にまみれて!」


 小さくため息を吐き出して、ぐるりと周りを見る。


「それができるから、リーダーなんだ。遊びじゃねぇんだよ。仲間の命を背負ってんだ」

「ええ、そうですね。その覚悟があるから、『メルシア』は……いえ、彼は〝淘汰〟討滅をやってのけたのです」


 サランの言葉に、ミオペテ枢機卿が目の色を変える。


「〝淘汰〟を討滅した? どうやって?」


 驚いた様子のミオペテ枢機卿に薄く笑って、サランが俺を紹介するように手で示す。


「おや、知らなかったのですか? ユルグ・ドレッドノートはフィミア・レーカースの寵愛を受けた今代の勇者なんですよ?」

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