第5話 人でなしの帰還

「困ったことになりました」


 ──騒ぎがあった日の夜半。


 俺の自宅を訪れたサランが疲れた様子で椅子に座り込んだ。

 こいつの体調が悪そうなのはいつものこととして、いつも以上に顔色が悪い。

 あの『卵の魔人ハンプティ・ダンプティ』のような生臭坊主の相手をしていたのだ、疲れもするだろう。


「何があった?」


 濃い目のコーヒーを差し出しながら、そう尋ねるとサランが俺をじっと見た。

 おっと……これは、今言うべきかどうかを推し量ってる時の目だな。

 これは俺も心を落ち着けて聞かねばなるまい。


「大丈夫だ、冷静に聞ける」

「聞いた後、冷静でなくなるでしょう?」

「要件次第だな」


 俺の返事に小さくため息を吐いたサランが、コーヒーを一口飲んでから口を開く。


「ミオペテ枢機卿が無理難題を我々に提示しました」

「なるほど、頭をかち割ろう」

「まだですよ、ユルグ。短気が過ぎます」


 サランがとんとんと机を指で叩いて、顔をしかめる。

 俺に伝えるべきかどうか、そしてどんな言葉を選ぶべきか考えているに違いない。

 真向かいに腰を下ろし、俺もコーヒーを口にする。


「とりあえず言ってみろ。お前がロロもフィミアも呼ばないで……直接、俺のところに来たってことは、そういう事なんだろう?」

「あなたはそういう察しのいいところは、好ましいですね」

「お前に褒められてもな。それで? どんな無理を通そうってんだ、あのクソ坊主は」


 俺の問いに、意を決したらしいサランが目を細めて俺に向き直った。


「フィミアさんの処遇についてです」

「うん? 処遇ってどういうことだ?」

「現在、フィミアさんは教会の発令した『聖令セイントオーダー』から逸脱した状況にあります」


 『聖令セイントオーダー』は教会本部が聖職者に対して発令する最上位の指示である。

 俺たち冒険者ならば『王命依頼キングスオーダー』と呼ばれるものと、同義だ。

 フィミアが『シルハスタ』に同行したのは、この教会本部からの指令による。


 ……なるほど、読めてきたぞ。

 そこを、例の生臭坊主に詰められたな?


「枢機卿はフィミアさんを『メルシア』から脱退させるようにと指示がありました」

「フィミアは教会のモノじゃねぇだろうに」

「ええ、私もそれについては受け入れがたい、『メルシア』は新たに国選パーティとなると伝えました」


 そこで、一口コーヒーを含んで、サランが止まる。


「それで?」

「フィミアさんをこのまま置くなら、ミオペテ枢機卿が推薦する聖騎士を一人帯同させ、リーダーとせよと」

「腕が立って、話の分かる奴なら歓迎するが?」

「そうだといいですが、おそらくそんな訳ないでしょうね。枢機卿子飼いの聖騎士は貴族の子息です。冒険者に向いているとは思えません」


 目の前に貴族子息で冒険者をしてる奴がいるので、何とも頷きがたい。

 とはいえ、王侯貴族の子息子女が冒険者になってうまくやるなんてのは、ごくごくまれだ。

 サランのように一種のビジネスとして立場を利用するならともかく、冒険譚の裏側にある泥臭さに、きらびやかで清潔な生活をしていた連中はついて行けない。

 そんなのがパーティに入れば、かなり動きを制限されるだろう。


「その上、私が私のために作り上げた国選パーティが、枢機卿の手に渡ってしまいます」

「俺としても、気に入らねぇな。このやり口はよ」

「加えて、もう一点。もし、その人物が『メルシア』に加入すれば、このマルハスの運営にも口を出してくるでしょうね。『開拓都市計画』の発起人は我々ですから」


 サランの言葉を、ゆっくりと頭の中でほぐしていく。

 こいつは、直接口に出さないで俺に勘付かせようとしている。

 現状の危機を。


「……つまり何か? あの偉そうな生臭坊主は、開拓都市ここの乗っ取りを仕掛けてきてるってわけか?」

「そうなります。ここは金になりますし、大義名分が立ちますからね」

「大義名分?」

「私がここを開拓都市にする時に使った方便と同じですよ──民の安全です」


 ああ、そういうことか。

 未踏破地域の境に新しくできた教会。

 発起人の一人は〝聖女〟。

 民の安全を名目に、ここを特別教区か何かにしてしまえば、ヒルテ子爵から領地を分断して甘い汁を吸えるってわけか。

 で、それを断れば……フィミアを連れて帰ると脅してるわけだ。


「落ち着いてください、ユルグ」

「大丈夫だ。キレてない」

「いいですか、ユルグ。たとえ、乗っ取りにあっても、当初の目的は達せられます」

「あ?」

「先ほども言いました、この地の『民の安全』は守られるのです」


 サランがコーヒーを飲みほして、カップをテーブルに置く。

 こいつにしては、雑な所作。

 俺だけではない、こいつも我慢しているのだ。

 きっと、俺以上に。


「教会特区や聖律保護区となれば、この場所は『聖典騎士団』を始めとした聖騎士や神官戦士によって強固に守られますし、宗教的都市として発展もするでしょう。そうなれば、マルハスの人々は、もはや未踏破地域の魔物モンスターに怯えることも、日々ギリギリの生活をすることもなくなります」


 吐き出すように、ペラペラとそれらしい理由を口にするサラン。

 一つ一つを見れば、確かにそれは理想的かもしれない。

 だが、それを受け入れようという気持ちには、とてもなれなかった。


「建前はそのくらいにしとけよ、サラン。こういう時、薄ら笑いしながらひっくり返すのがお前だろうが」

「ユルグ?」

「金に目がくらんだ生臭坊主が、フィミアを盾に俺らを脅してる。『仕事の成果をよこせ。甘い汁は自分たちが吸う』とな」


 手に持っていた木製のカップがバキリと割れる。

 少しばかり、力がこもりすぎたか。

 まぁ、じきにあの『卵の魔人ハンプティ・ダンプティ』も同じようにヘシ割ってやるとも。


「それは、冒険者として許せるか?」

「しかし、これは高度に政治的な判断が……」

「サラン、お前は政治屋か?」


 俺の言葉に、サランが少し詰まったような顔になる。

 これはもう一押しだな。


「お前は俺と同じだ。机にかじりつきすぎて、いろいろと鈍っちまっている。研ぎたてのナイフみたいな鋭さはどこに置いてきた? 腹黒参謀」


 俺の挑発に、サランが小さく口角を歪める。

 ほら、戻ってきたぞ。俺でもぞっとするような人でなしの顔が。


「そうでした。ああ、少し根を詰め過ぎましたね」

「俺はコマなんだろう? 好きに使え。多少の無茶は笑ってやる」

「言いましたね? ひどいことになりますよ?」


 口を弧に歪める参謀に俺は、「おう、やってみろ」と軽く笑って見せた。












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