第4話 厄介事は外からくる

 四日間の調査を終えて、マルハスに帰還。

 必要な情報をサランとカティに共有し、丸投げすること二週間。

 冒険者ギルドの『私室』で、スタンプを押す俺の元に、カティが駆け込んできた。


「マスター、マルハス旧市街にお客さんです」

「厄介事か?」

「はい、厄介ごとになると思いますよ。サランさんが渋い顔をしていらしたので」


 真剣な顔なカティに頷いて、俺は席を立つ。

 サランが顔色を変えるくらいの客だ、厄介でないはずがない。

 呼ばれちゃいないが、様子くらいは伺いに行くべきだろう。

 なにせ、前回は乱闘になったくらいだしな。


「それで、誰が来たって?」


 部屋を出ながら、カティに尋ねる。


「教会のお偉いさんです。名目は新しい教会の視察だそうですが……」

「冒険者ギルドにも先触れは来てないよな?」

「抜き打ちですね」


 なるほど、厄介事の匂いしかしねぇ。

 普通、こういうお客ゲストは迎え入れる側も準備が必要だ。

 だというのに、遠路はるばる報せもなしにここまで来るってことは、難癖を付けに来たか厄介事を持ち込みに来たかどっちかだろう。


 やれやれ……都市化にあたってこういう事もあるとはサランに聞かされちゃいたが、ついに来たかって感じだな。

 だがまあ……新興の開拓都市にできた教会の指揮を〝聖女〟が執っているとなれば、視察に来たっておかしくはない。


 カティに後を任せて、冒険者ギルドを飛び出した俺は、早足で旧市街──村の方向に向かって歩く。

 まだ、新市街にまで騒ぎが波及している様子がないのは、サランが足止めをしているからだろう。

 教会は旧市街と新市街の境界部分でもある『開拓都市』の中心にある。

 冒険者ギルドとは、そう遠くない距離だ。


「ユルグ!」

「ロロか。話は聞いてるか?」

「うん。一応、様子は見ておいた方がいいよね」

「ああ。サランがどうするつもりかはともかく、俺たち『メルシア』があいさつしないわけにはいかねぇだろうな」


 そうでなくとも、〝聖女〟フィミア・レーカースの立場は少しばかり特殊だ。

 あいつは教会の威光を示すために『シルハスタ』に派遣された聖職者で、その二つ名と肩書きは同一である。

 つまり、『字持ちネームド』としても、教会の正式な肩書としても〝聖女〟なのだ。


 『シルハスタ』を国選パーティに引き上げるためにサランが要請し、派遣されたフィミアだが……例のロロ追放を受けて『メルシア』に合流する形となった。

 教会本部としては、少しばかり理解しがたい話かもしれない。

 じきに『メルシア』も国選パーティとしての認定を受ける運びだと陰険眼鏡は言っていたが、現状のフィミアは自由気ままが過ぎると教会に思われても仕方がない状態なのだ。


「おっと、こりゃまた大仰なことで」


 教会の建つ広場に近づいたところで、思わずそんな言葉が口から漏れる。

 なにせ、この辺境に『聖典騎士団』らしき白銀の鎧をまとった面々がずらりと並んでいて違和感が強い。

 まぁ、危険な魔物モンスターがはびこる未踏破地域に隣接する新興都市に来るのだ……このくらいの警戒は仕方がないか。


「サランがいたよ」

「ああ。珍しく焦ってやがんな」


 いつも表情にあまり変化のないあいつが、今日は随分とわかりやすい。

 これだけの聖騎士を引き連れてくるような御仁だ、きっと相当な大物だな。

 知らない奴だと思ったら、隣のロロが答えを教えてくれた。

「──ミオペテ枢機卿だ。王国教会の第三席の人だね」

「よく知ってんな?」

「一度だけ顔を見たことがあるんだ。気を付けて、ユルグ。彼は……悪い人だ」

「……おう」


 特に理由を尋ねることはしない。

 ロロがそう判断したなら、そうなのだろうということがわかればいい。

 早い話が、サランを困らせるようなヤツで、俺達も警戒せねばならない相手という訳だ。


「ユルグ、ロロ、こちらへ」


 遠巻きにしていた俺たちを、サランが呼んだ。

 さすがに気が付いているだろうとは思ったが、いきなり呼ばれるとは少し予想外だった。


「こちらが冒険者ギルドマルハス支部長のユルグ・ドレッドノート。その横が、マルハス環境整備補佐長のロロ・メルシアです」


 サランの紹介に合わせて、軽く会釈する。

 お偉いさんとのやり取りでは、基本的に口をきかないのが『シルハスタ』におけるルールだった。

 田舎者の育ちの悪さが出ちまうからな。


「ほうほう、君達が……なるほどねぇ」


 まるで『卵の魔人ハンプティ・ダンプティ』のようなずんぐりむっくりしたミオペテ枢機卿がにこにこと笑ってこちらに向き直る。

 表情とは裏腹に、その目はこちらを値踏みする様でまるで笑っていないが。

 なるほど、生臭坊主の総本山って感じのたたずまいだ。


「ユルグ君と言ったね? フィミアちゃんは上手くやってるかね?」

「は。普段よりよく助けていただいておりマス」

「そうかいそうかい」


 気安く俺の二の腕を叩くミオペテ枢機卿に少しいらりとする。

 話し方といい、触れ方といい……どうにもねちっこいというか、薄気味が悪い。

 神様ってやつは、どうやら仕える人間について無頓着らしいな。


「で、君が……ロロ君だね? フィミアちゃんから話は聞いているよ。仲良くしてもらってるとね」

「恐縮です」

「うんうん、いいね。とてもいい」


 肥え膨らんだ手でロロの肩を撫でさするミオペテ枢機卿。

 気持ちの悪い手つきをしてくれる……!

 この場でその禿げ頭をかち割ってやろうか?


「それで、ミオペテ枢機卿……」

「ゾラーク君、立ち話もなんだし……詳しい話は後ほどにしよう。愚禿ぐとくは、新たな教会の視察に戻るよ」

「承りました。それでは、こちらに」


 深々と頭を下げたサランが、一瞬だけこちらに視線をむけて生臭坊主の前を行く。

 任せておけというなら任せておくが、どうにも鬱陶しい奴が来てしまったようだ。


「ちょっと、ヤな感じだね」

「気色の悪いヤツだな……」


 教会に向かうサランとミオペテ枢機卿を見送りつつ、辺りに視線を向ける。

 整然とした『聖典騎士団』は周囲を威圧するではないが、やはり『開拓都市ここ』に似つかわしくない雰囲気を放っていて、早いところお帰り願いたいところだ。


 ここは冒険者の街だ。

 あのように規律正しいローフルなヤツらは、居るだけで迷惑に感じる。

 まぁ、それを表立って口にするほど俺もガキではないが。


「いったん冒険者ギルドに戻ろう。冒険者どもにも余計なトラブルを起こさねぇように、触れを出さねぇとな」

「宿の部屋を全部借り切るみたいだから、困る人がいるかも」

「要人の来訪にかこつけて境界野営の依頼を多めに出す。しばらくはこっちで金を払ってテント生活をしてもらうさ」

「じゃあ、ボクは差入れのお酒を多めに手配するよ」


 二人でうなずき合って、拳を当てる。


「まったく、魔物モンスターよりも人間の方が厄介とは。この辺境も変わっていくもんだな」


 俺のついた特大のため息は、しばらく白く残って風に消えた。


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