第3話 凍える不審者

「──……!」


 深夜。

 ログハウスの中に寝袋を敷いて眠っていた俺は、何者かの気配に目を覚ました。

 ロロは眠ったまま。〈警告アラート〉に引っかかってないってあたり、手練れかもしれない。


 そっと立ち上がった俺は、薪割り用の手斧を片手に扉に近づく。

 気配はする。すぐそばだ。

 壁を背にして扉に手を伸ばし、静かに開ける。

 隙間から流れ込む冷気が、寝起きの俺の頭をすっきりさせた。


「……ッ!」


 無言で扉を押し開き、外に飛び出す。

 それに驚いて固まった何者かを一気に背後から拘束した。


「……何してんだ、お前?」


 何やら柔っこい触り心地の不審者に、俺は軽く驚く。

 捕まえたそいつはよく知った顔で──つまり、フィミアだった。


「えへへ、バレちゃいましたね?」

「バレちゃいましたじゃないんだよ。なんでこんなとこにいんだよ?」

「それにはいろいろと事情がですね」

「まあ、いい。中に入れ。凍えて死ぬぞ」


 軽く抱き上げて、急いでログハウスへと戻る。

 見れば、〝聖女〟は肩に雪まで積もらせていて、少し震えていた。

 年頃の娘がこんなところで身体を冷やすなんて、何考えてんだ。


「フィミア?」


 扉からフィミアを抱えて戻ってきた俺を、ロロが驚きと共に迎えてくれた。


「わりぃ、ロロ。起こしちまったか」

「というか、行動するときは起こしてよ」


 軽く眉を吊り上げるロロに、少しばかりバツが悪くなる。

 ぐっすりだったので起こしたくなかったのもあるし、ロロを起こして不審者──このおバカな〝聖女〟のことだ──に気取られるのも良くないと思ったのだ。

 だが、まあ……確かに一言伝えるべきだった。

 反省はしよう。


「それにしたって、フィミアがどうしてここに? 一人できちゃったの?」

「その、ちょっと気晴らしをしようと思って……」


 気晴らし?

 そんな軽さで冬の未踏破地域に突っ込んで深層部までくるなんて、さすがというかなんというか。

 だが、とにかく……まずはこいつを何とかしないとな。

 どこもかしこも雪まみれで、かなり顔色が悪い。


「もしかして、日が落ちる前にうろうろしてたのって、お前か?」

「……あはは」


 誤魔化し笑いで乗り切ろうってか?

 まったく。最近は少し落ち着いてきたと思っていたが、相変わらずよくわからん事をする。

 ついてくるならば、先に言ってくれればいいものを。


「お小言は後だ。雪を落として、上着を脱げ。ロロ、俺は炭を拾ってくる」


 ◆


「待ってください。これではユルグが困るではないですか」

「生意気なことを言ってるんじゃねぇよ。俺は火の番をしてるから気にすんな」


 フィミアを自分の寝袋に放り込んだ俺は、フライパンの上で赤く燃える炭を軽くフォークでつつく。

 あまりお行儀のいいことではないが、室内の温度を上げようと思うとこれしか思いつかなかった。


「怒らないのですか?」

「来ちまったもんはしょうがねぇだろ。だが、次からはちゃんと言えよ?」

「……」

「わかりましたって言え、お転婆聖女め」


 軽く苦笑しつつも、フィミアが無事だったことに少しばかりほっとする。

 年齢のわりには大人びている……はずなのだが、ときどきこうして年相応の無茶をするものだからなかなか目が離せない。


「そのくらいにしといてあげなよ、ユルグ」

「わーってるよ。とりあえず、今日は寝ろ。風邪ひいたら自分の魔法で治せよ?」

「わたくしは大丈夫です」


 がたがた震えてたくせに何を強がっているんだろう。

 こっちの心配も知らないで、まったく。


「それよりも、ユルグが川で大顎鮭マンディブルサーモンを捕まえた話の続きを……」

「おま!? 聞き耳を立ててたのか?」

「聞こえてきただけです」

「嘘をつけ」


 焚火の側で葡萄酒ワインを飲んでた時、周りに誰もいなかったはず。

 いや、居たのか。こいつが。

 俺達に勘付かせないなんて、〝聖女〟様は斥候の才能までお持ちらしい。


「あの時は大変だったんだよ。近くの川にあんな大きな魔物モンスターがいるなんて」

「おい、ロロ」

「ここまで来たんだから、いいじゃない。フィミアにもユルグの冒険譚をおすそ分けしないとね」


 寝袋から半分身体を出してにこりと笑うロロ。

 しくじった。ロロの寝袋にフィミアを投げ込めばよかった。

 そうすれば、フィミアもわざわざ俺のくさい寝袋に入らなくて済んだのだ。


「でも、やっつけたんですよね?」

「その頃からユルグはすごかったんだ。一抱えもある岩を放り投げて、大顎鮭マンディブルサーモンにぶつけた時なんて、まるでおとぎ話の英雄みたいだったよ」

「さすがに盛り過ぎだ。そこまでデカくねぇよ」


 軽く苦笑して、話題を変えることを諦める。

 気恥ずかしくはあるが、寝物語の主人公が自分というのも悪くない。


 特にロロの口から語られる俺は、ちょっと好きだ。

 まるで知らないようなヤツだが、好感が持てる。

 ロロにとって、そういう俺でいたいと思わせてくれるのだ。


「それで、えらに腕を突っ込んでさ……川岸に放り投げたんだ」

「昔から力持ちだったんですね」

「うん。ボクは何度も助けてもらったよ。それにユルグは確かに乱暴者だったけど、いつだってボクを助けてくれたし、律儀だった。本当はすごく優しいんだ」


 おっと、話の流れがおかしくなってきたぞ。

 ロロのやつ、まだ酔ってるのか?


「知ってます。ユルグはいざという時に、必ず助けてくれるんですよね」

「だよね。面倒くさそうな顔するのに、断らないし」

「おい、二人ともその辺にしとけ。なんだかむずむずする」


 妙な居心地の悪さに、寝袋の二人を止める。


「こういうところがちょっと可愛いですし」

「言えてる。ボクらしか知らない〝崩天撃〟の弱点だよね」


 仲良さげに笑うロロとフィミア。

 まったく、バカップルめ。

 俺を肴にいちゃつきやがって!


「ほら、本当にそろそろ寝ろ。明日はフィミアにも調査を手伝ってもらうからな」


 ため息を吐きつつ、俺は静かに燃えた炭をフォークでつついた。

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