第2話 雪上の足跡

「煉瓦製の建物があったほうがいいな。ログハウスのままでもいいが、ちと冷える」

「だねぇ。大きさはこのくらいでいいのかな」

「あんまりデカいと、外に野営させる場所がなくなっちまうんだよな」


 『深層監視哨』に置かれたログハウスの中。

 ようやく到着した俺達は、あまりの設備の無さに少しばかり困ってしまった。

 まあ、適当に作らせたのは俺達なので文句は言えないが。


「まず、暖炉がいる。それと、二階建てにしてもらおう」

「そうだね。一階部分は広くとって、受付と休める様なエリアを作ったほうがいいかも」

「ああ。で、職員の駐在は二階だ。魔法使いが居ればいいが、そうじゃない場合にも備えて水栓の魔法道具アーティファクトはあったほうがいいな。」


 必要なものを、羊皮紙にメモしていく。

 この半年で、王国文字の読み書きはかなりスムーズになった。

 ロロとフィミアが根気よく教えてくれたおかげだ。


「食料品はどうするの?」

「保存食中心になっちまうだろうが、魔物料理モンスタージビエを冒険者に分けてもらうでもいいかもな。その分はギルドで負担すっか」

「結構大変だね、駐在可能な監視哨って」


 ため息を吐くロロに、俺は軽く笑って返す。


「そりゃ、迷宮ダンジョンのど真ん中に、家建てるようなもんだしな」

「そう言われると確かにそうかも。こんな所に駐在してくれる人なんているのかな?」

「なに、最初は俺が詰めるさ」


 俺の言葉に、ロロが小さく眉根を寄せる。

 おいおい、美形が台無しだぞ。


「ユルグ? キミったら、またそうやって──」

「別に村の連中に気を遣って言ってるんじゃねぇ。ただ、面白そうだと思ってよ」

「面白い?」

「おう。寝ても覚めても未踏破地域の深層でよ、そばには迷宮ダンジョンの入り口がぽっかり空いてる。冒険者にとって、最高のロケーションじゃねぇか」


 語る俺に対して、ロロはぽかんと口を開ける。

 そして、すぐに肩を震わせて笑い始めた。


「もう、キミったら本当に! うん。でもわかるよ。じゃあ、ボクも一緒に詰めようかな」

「お、そりゃいいな。ロロと二人なら、最高に面白そうだ」

「その予行練習がてら、今日のことも考えないとね」


 がらんとしたログハウスを示して、ロロが小さく笑う。

 テント代わりになるだけましと言えなくもないが、本当に何もない。

 野営のつもりで来ているので不便とは思わないが、ここに駐在員を置くとなると、やはりかなりの整備が必要そうだ。

 サランとカティに相談だな。


「とりあえず、寝袋があればいいか。メシは外で火を起こすか?」

「そうだね。暗くならないうちに作っちゃおう」


 荷物の中からいくつかの道具を取り出しながら、頷くロロ。

 はて、気のせいだろうか?

 ちょっと嬉しそうなんだよな、コイツ。


 まあ、親友と二人の野営というのは俺も楽しみではあるんだが。

 遊びで来ているわけではないとはいえ、最近じゃなかなかなかった機会だ。

 せっかくなので、誰の耳もないところでよもやま話に花を咲かせるのも悪くない。


「それじゃあ、軽く薪を拾ってくる」

「じゃあ、焚火の準備はボクがしておくね」

「おうよ、頼んだぜ」


 ロロに頷いて、扉の外に出る。

 そこまで分厚くはないが、足首ほどまで積もった雪が森の視界を白一辺倒に変えていた。

 保護色の魔物モンスターは見つけにくい。

 薪拾いとはいえ、気を抜かないようにしなくては。


 ◆


「ん……?」


 薪を集めながら森を歩くことしばらく。

 監視哨へ戻るべく雪原を歩く俺は、小さな違和感に気が付いた。

 雪の上に足跡──しかも、人間の足跡だ。

 崩れて形があまりわからなくなっているが、間違いない。


 これでも斥候の端くれだ。

 魔物モンスターと人間の足跡くらい見分けられる。

 まぁ、これだけ薄くなっていると猿人ボルグールの可能性も出てくるが。

 どちらにせよ、帰ったらロロに共有しておこう。


 猿人ボルグールならば討伐すればいいし、人間なら『深層監視哨』にやってくるかもしれない。

 そろそろ日も落ちる。

 冷え込み雪が舞う未踏破地域を、視界が悪いままマルハスへ……というのは、どちらかというと自殺行為に近い。


 歩幅からして体格たっぱはそこまでではないな。むしろ小さい。

 しかし、不可解なことに方向が一定ではない。

 これではまるで……『深層監視哨』の様子を伺っているような位置取りだ。


「こりゃあ、どうもキナ臭いぞ」


 歩調を速くして、ロロの待つ監視哨へと急ぐ。

 足跡はもう見当たらなくなっていたが、どうにも気になってしまう。

 『深層監視哨』に誰かいるなら、それでよし。

 いないとなれば、警戒が必要だ。


「ロロ!」

「おかえりユルグ。……どうしたの? 怖い顔して」

「誰か来たか?」

「いや、誰も見てないけど?」


 そう答えてから、ロロの顔がにわかに険しくなる。


「何かあったんだね?」

「足跡があった。おそらく人間の」

「……! ここ、深層部だよ? ボクら以外に、人なんて……!」

「ああ。だから警戒が必要かもしれない。足跡を残すようなマヌケだが、こっちを伺うような足取りだった」


 俺の言葉に頷いて、ロロが指を振る。

 小さな赤い光が周囲にうっすらと広がって、静かに消えた。


「念のために〈警告アラート〉の魔法をかけておいたよ。何かあればボクが知らせる」

「ああ、助かる。まったく、どこのどいつか知らんが、デートの邪魔をしやがって」


 俺のボヤキに、ロロが苦笑する。


「もし人間なら姿を現すよ、きっと。冬の未踏破地域は危なすぎるし」

「ああ。やせ我慢が死に直結する場所だからな」


 夜になれば気温が下がって雪が降り、場合によっては吹雪になる。

 さらに魔物モンスターの動きも活発になって、かなり危険だ。

 俺だって、冬の夜は『深層監視哨ここ』から出たくない。


「それよりも、ごはんにしようよ。お酒も持ってきたよ」

「お、いいな。静かなところで雪見酒ってのは趣がある」

「周りから魔物モンスターの気配がするけどね」


 苦笑するロロに、笑って返す。


「それがなおのこといいんじゃねぇか。なかなかないぜ? こんな機会はよ」

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