第二部

第1話 冬ごもりの開拓都市

 〝手負いスカー〟の脅威が去って半年。

 『開拓都市』となったマルハスに初めての冬が訪れていた。

 予想されていたことだが、この寒さにやられるやつが続出してマルハスではかなり大変なことになっている。

 特に、教会は病人で毎日大賑わいだ。


「フィミア、どうだ?」

「感冒の症状で教会を訪れる方が多いですね。正直、わたくしも寒くて……大変です」

「だろうと思って、暖房器ストーブ魔法道具アーティファクトを持ってきた。そばに置いとけ」


 フィミアの足元にやや小ぶりな魔導暖房器ストーブを置いて、起動させる。

 即座にふわりとした熱を放射したそれを見て、フィミアが小さく目を輝かせた。


「あたたかい……」

「暖炉じゃこの広さは温まり切らんだろう。病は魔法で治せると言っても、凍えたままじゃ気が滅入る。くれてやるから持っていけ」

「ありがとう、ユルグ」

「気にすんな。また後で顔を出す」


 そう告げて、俺は病人たちが座り込む教会を後にする。

 何とかは風邪をひかぬ──という伝承の通り、俺はすこぶる元気な上に、孤児の時はこの季節でも外で寝ていた。

 あんなものがなくとも仕事くらいできる。


「ユルグ!」

「おう、どうだった?」

「あんまり変わりないね。でも、森で薪用の枝や倒木を拾うのは、慣れた人が行ったほうがいいかも」

「……寒いと動きが鈍るからな」


 未踏破地域の魔物は、冬の季節でも元気だ。

 灰色背熊グレイバックベア森大蜥蜴トラヴィなどの冬眠するような魔物モンスターは少なくなったが、代わりに雪鮫スノウシャーク氷柱虫アイシクルバグなどが増えた。

 地下迷宮──『マルハス遺跡迷宮』と命名された──は、なかなか季節感を把握しているらしい。


「固形燃料もあるし、油も、魔法道具アーティファクトもある。冒険者以外の連中には、迂闊に立ち入らないように言ってくれ」

「うん。それは代官さんにもう伝えておいたよ」

「さすが、仕事が早い」


 軽くロロの肩を叩いて、俺はにやりと笑って見せる。

 こいつがいると、細かいところの仕事が終わっていることが多くて助かる。

 酪農都市ヒルテから新しく来た代官は、悪い奴ではないのだが少しおっとりしている。

 まぁ、これにしたって俺達やサランの邪魔をしないようにできるだけ無害な人選をしてくれたのだろうとわかってはいるが、有事の際にはちと心細い。

 おかげで、新市街は冒険者ギルドが主体であれこれを回すことになってしまっていた。


迷宮ダンジョンの調査は冬が明けてからだね」

「ああ。この時期の冒険者には他にもやることがあるしな」


 寒さや雪に慣れた冒険者であれば、この状況でも森に入って稼いでくるが、多くの冒険者はそうではない。

 中には雪など初めて見たというヤツだっているくらいだ。

 なので、しばらくは酪農都市ヒルテを行き来する商人の護衛であったりや、新市街での雑事などを依頼として出している。


 収入は減るが、その間にやるべきことをやっておかなければならない。

 例えば、マルハスの防壁の補修や強化。

 他にも魔法道具アーティファクトによる水栓の設置や、新たな家屋の建設など、冒険者の手が余っているうちにやっておきたいことは山ほどある。


「あ、ボクはちょっと森に入りたいんだよね」

「どうした? なんかあんのか?」

「冬の魔物モンスターの分布について調べておきたいのと……冬の監視哨でどのくらい生活できるのか把握しておきたいんだ」


 ロロの言葉に、俺は少しばかり思案する。

 確かに、何かあったときのために冬の未踏破地域に関する情報は必要だ。

 加えて、都市内ではない監視哨での哨戒がどのくらい過酷かも。


 将来的にあの場所には、大きめの野営地が作られて、冒険者ギルドの職員などが月替わりで詰めることになる。

 いわば、森の中に小さな冒険者ギルド施設が設置される形だ。

 当然、季節に関係なく配置されるわけで……今のうちに、どのような施設や設備が必要になるかの肌感と調査はいるかもしれない。


「わかった、俺も行こう」

「え、来れるの?」


 少しだけ目を輝かせるロロが、即座に小さく首を振る。


「ダメだよ。ユルグにはギルドマスターの仕事があるし」

「知らん。カティとサランが上手くやるはずだ。だいたい、ウチの職員はみんなバカみたいに優秀だからな、放っておいても大丈夫だ」

「でもさ」

「それに、お前ひとりで行かせて何かあったら、リカバリーできねぇだろ。勝手知ったる冬の森だ、一緒に行ったほうがいい」


 俺の言葉に、ロロがおずおずと頷く。

 よしよし、わかってくれたならいい。

 別にロロの能力を疑っているわけではない。


 しかし、相手は未踏破地域だし、季節は冬だ。

 どんな不測の事態が起こるかわからない。


「すぐに行くか?」

「うーん……うん、そうしよう。ボクとユルグならそんなに時間もかからないだろうし」

「だな。じゃあ、俺はギルドの連中に伝えてくる」

「ボクはフィミアとサランに伝えてくるよ」


 お互いの拳を軽く当てて、別れる。

 久しぶりの二人斥候なので、実は少しばかり楽しみだったりする。

 それに二人でキャンプというのも、フィミアが合流した時以来かもしれない。

 たまには親友と二人……水入らずで語らうのもいいだろう。


「さて、カティのご機嫌はどうかな?」


 優秀な事務局長の事を思い浮かべながら、俺は冒険者ギルドへ向かって軽く駆けた。



「よかったの? カティさん……すっごく怖い顔してたけど」

「このくらいの勝手は許してもらわなきゃ、椅子と一体化しちまうよ」

「もう、帰ったらちゃんと謝るんだよ?」


 そんな会話をしながら、雪上を駆ける。

 ロロの強化魔法のおかげで、雪が積もる森の道もすこぶる快適だ。

 まさか〈水上歩行ウォーターウォーク〉の魔法を改造して雪上を移動できるなんて、ロロの魔法センスは相変わらずずば抜けている。


「見た事ねぇ魔物モンスターがいるな?」

「どれ?」


 あたりを見回すロロに指さして示す。

 そいつは、雪の中から首だけを出したヘビのような姿をしていて、数匹が同じ場所からぽこぽこと頭を出して揺らめいていた。


「わ、珍しい。雪穴小蛇タイニースノースネークだ」

「俺は初めて見るな」

「僕は昔見たことがあるよ。大丈夫、アレは襲ってこない」


 どこか懐かしそうに雪穴小蛇タイニースノースネークを見つめるロロ。

 まあ、確かに積極的に襲ってくるような魔物には見えない。


「都会ではみるといいことがあるって噂だよ?」

「そうなのか? いいこと、いいことねぇ……」


 いいことが思いつかない。

 というか、はここのところ飽和している。

 村の連中ともなんとなく和解して、〝悪たれ〟だったころの事をちゃんと謝ることができたし、都市開発も順調で大暴走スタンピードの危機も去った。


 ダメだな。

 俺が見てもあまり意味のない幸運だったようだ。

 まあ、ロロにいいことがあるならそれでよしとしよう。


「そう言えば、前に見た時はどんないいことがあったんだ?」

「えっと、それは……ヒミツ、かな」


 照れたように小さく笑うロロ。

 そういうことを根掘り葉掘り聞くのも無粋だとわかっちゃいるのだが、なんだか気になってしまうのだ。


「そのうち話すよ」

「よし、忘れんなよ」


 軽く笑い合って、俺達は雪穴小蛇タイニースノースネークを驚かさぬよう、そっとその場を離れた。

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