第一部 最終話 ロロの夢

 ロロがかけてくれた〈暗視ナイトビジョン〉のおかげで、灯り一つない迷宮ダンジョンの中でも視界は良好。

 サランが言っていた歴史的な話はよくわからないが、ここがひどく旧い場所だというのは、壁のレリーフや柱の彫刻を見れば一目瞭然だった。

 それらは、俺が知る王国の雰囲気とはまるで違っていて、まるで外国に迷い込んだかのような違和感ある印象が強い。


「高さはおおよそ俺の身長の三倍くらい……壁も床も石材。レンガかと思ったが違うな。だがまあ、迷宮ダンジョンなのは間違いなさそうだ」


 床と壁に触れて、感触を確かめる。

 さらりとした手触りはレンガというよりモルタルに近い。

 専門家ではないのでわからないが、俺にとって必要な情報はこれがどのくらい丈夫なのか、ということだ。

 壁をぶち破って魔物モンスターが飛び出してくる可能性や、逆にいざとなったら壁を破壊できるかは把握しておきたい。


「しかし……気味が悪いな」


 意味があるのかないのか、天井に向かって伸びる太い柱には様々な彫刻が施されており、見たことのない生き物もあって、どうにもなれない。

 サランなら何かわかるかもしれないが、今のところは先行警戒だ。

 軽く行ける所まで行って、内部状況を把握しないとな。


 迷宮ダンジョンの内部は、長い間放置されていた割にほこりっぽさもあまりなく、どちらかというと整備されていた印象すら受ける。

 この整った感じが、逆にここが迷宮ダンジョンなのだと俺の気を引き締めさせた。


 迷宮ダンジョンというのは巨大な魔物モンスターであるという学者がいる。

 擬態生物ミミックのような、ある時代のある建造物を模した空間を生成する非常に巨大な魔物モンスターで、多くの探索者をおびき寄せるためにそのような魅惑的なかたちをしているのだ、と。

 その説に関しては、俺もサランも否定的だが……迷宮ダンジョンという謎多き建造物が、そういった生物的な特性を有しているのは、肌で感じる。


 そう、ここは生きた迷宮ダンジョンだ。

 資源が採りつくされた枯れた迷宮ダンジョンではない。

 ……となれば、危険も相応にあるはず。

 例えば、今しがた通路の先に姿が見えた魔物モンスターがそれだ。


彷徨鎧ワンダリング・アーマー……装飾のある奴は、いないな」


 彷徨鎧ワンダリング・アーマー迷宮ダンジョンで比較的よく遭遇する魔物モンスターの一種で、ぱっと見は不死者アンデッドのように見えるが、分類としては魔法生物と呼ばれる。

 意志を持った魔力の塊が憑りついて操っているので、俺としてはお化けアンデッドでもいいと思うが。


 大した相手ではないが、接敵前によく観察する必要がある。

 稀にだが、彷徨鎧ワンダリング・アーマーの中にも手強い奴がいて、そいつは他のやつより少し鎧が豪華だったりするのだ。

 装飾入りで宝石などがついていることがあり、討伐した際の実入りはいいが……金に目をくらませた冒険者が何人も退の憂き目にあっている、危険な魔物モンスターでもある。


「さて、どうするか」


 数は三体。

 俺なら余裕でトばして先に進めるが……釘を刺された手前、殴りかかるのはマズいかもしれない。

 ロロとフィミアに小言を言われるのは確実だ。


「……別ルートをチェックしたら戻ろう」


 そう口に出すことで自分を納得させ、迷宮ダンジョンの中で静かにたたずむ彷徨鎧ワンダリング・アーマーをその場に残して、俺は来た道を引き返した。


 ◆


「初日の成果としては上々でしょう」


 魔法で転写した地図を眺めながら、サランが呟く。

 あの後、四人で再突入し……そこそこ奥まで確認をしてきた。

 地下へ向かう階段は南北に一つずつ。

 水没して進入できない箇所が三か所。

 それ以外は通路と部屋が連続するタイプの、古式ゆかしいオーソドックスな迷宮ダンジョンだ。


 ──その、広さを別にすれば。


「地下一階の時点で、相当広い。未踏破地域のほとんどをカバーできそうな気配だよな」

「うん。ちょっとこれは骨が折れるかも。アドバンテの迷宮よりも広い気がするよ」


 焚火に枝を投げ入れながら、ロロが困り顔でうなずく。

 今日は相当な範囲を歩き回ったので、ロロも少し疲れ気味だ。


「調査の人員がもっと必要ですね。水に入ることも視野に入れないとダメでしょうか?」

「冒険のセオリー的には、水に入るのはダメなんだがな」


 水中は人間の領域ではない。

 〈水中呼吸ウォーターブリージング〉を使えば呼吸の心配自体はいらないが、水中で何かに襲われた場合は圧倒的不利だ。

 この森では森大鮫蛇フォレストシャークヘッドにも出くわしている。

 水中であれか、あれに近い何かに出くわせば俺はともかくフィミアやサランはかなり危険だろう。


「ま、焦らず行こう。目的は攻略じゃねぇしな」

「そうですね。ここは、安全そうですし」


 フィミアが軽く周囲を見回す。

 清浄な雰囲気に満たされたここは、『深層監視哨』と仮に名付けられた、セーフエリアだ。

 丸太を並べて作った壁に、魔術的な防護陣、そして〝聖女〟手ずから配置した結界。

 これだけやれば、未踏破地域の中でも安全域を作れると判明した。

 よほどのことがない限り、ここに魔物モンスターの襲撃はないだろう。


 この『深層監視哨』にも実験的な意味合いがあり、これがうまくいけば……各所に安全な野営地を設置することになる。

 そうすれば、この一帯に武装商人たちが訪れるはずだ。

 あいつらはリスクを商機に変える商魂たくましい連中で、行商人でありながらも冒険者でもある。

 アドバンテにも多数の武装商人がいて、迷宮内で便宜を図ってもらったことが何度もあった。

 当然、割高だが……代わりに、冒険者の生存率と利便性は劇的に上がるはずだ。

 特に、いま『新市街』にいる冒険者どもは潤っている。

 お互いに、うまくやっていくだろう。


「それにしたって、すごいことになったなぁ」

「ああ。マルハスと未踏破地域がこんなことになるなんて想像もつかなかったぜ」

「そうじゃなくて……」


 ロロがふわりと笑う。


「ボクらがだよ。あの日、ボクが追放されて……ユルグが一緒に来てくれて、フィミアが追いかけてきてくれた。最後にはサランも一緒になって、ただ怖い場所だった未踏破地域を冒険してる」

「まあ、因果なもんだよな」

「ユルグは村に馴染もうとしないで、一人で出て行くなんて言ってたのに……今は、新しいマルハスのリーダーだもん」


 リーダーになったつもりはないが、現状……新市街を仕切ってるという自覚はある。

 冒険者のことは、冒険者である俺の方がよくわかるからな。


「なんだか、夢みたいだよ」


 焚火に照らされるロロの顔がどこか儚く見える。

 パーティ追放の憂き目にあい、その失意の中からようやくここまで来たのだ。

 きっと、思うところもあるんだろう。


「夢は夢でも、実現する夢だ。まかせろ、俺がついてる」


 軽く背中を叩いてにやりと笑ってやる。

 この親友の夢をかなえることが、俺の夢だ。

 この先もずっと、隣で走ってやるとも。


「あら、もう。ダメですよ? わたくしを忘れていただいては」

「同感です。私も一枚かませてもらっていますからね、このまま現実にしてしまいましょう」

「おう、全員でやろう。できるはずだ。俺達ならな」


 そう差し出した俺の拳に、ロロが、フィミアが、サランが拳を伸ばす。


「新しい時代に」

「わたくし達の夢に」

「叶えるべき野望に」


 それぞれを言葉に決意をのせて、拳を当てる。


「『開拓都市マルハス』に!」


 そう締めくくって、俺は来るべき新たな世界に想いを馳せるのであった。













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あとがき

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第一部ラストまでお読みいただきありがとうございます('ω')

ユルグ達の冒険はいかがでしたでしょうか?


本作はカクヨムコンに参加しております!


よろしければ、ここまでの感想などを、

★、レビュー、フォロー、コメントなどでいただけますと嬉しいです!


引き続き、第二部もお楽しみくださいませ!


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