第39話 オーバーワークな参謀殿
「なるほど、
深層から戻ったその日。
サランの執務室に押し掛けた俺達は早速、状況の説明を行った。
もう少し驚くかと思ったが、陰険眼鏡は相変わらずのすまし顔でただ俺達の話に頷いて見せる。
なんだか、少しばかり拍子抜けだ。
「……それで、どう見る? 俺は
俺の問いに思案する姿勢を見せながら、サランがテーブルを指で叩く。
こいつが長考するのなんて、久しぶりだが……ま、俺には何を考えているかわからないわけだし、待っているしかできない。
「
「どういうこった?」
「
首を傾げる俺の横で、ロロが「あ」と声を上げる。
「もしかして、地上にいたままで迷宮資源が回収できるから?」
「その通りです。さすがに森という生態系を乱すような
サランの言っていることが、いまいち理解できない。
迷宮資源としての
「ユルグ、あなたの危惧するところはわかります。しかし、森は『正常化しつつある』と報告をしたのはあなたでしょう?」
「確かにそうだが……!」
「これは仮説ですが、未踏破地域の森は『地下迷宮の地上一階として機能している』のではないでしょうか」
ようやく、ピンときた。
確かに、そう考えれば
そして、
そう考えれば、マルハスの結界が途切れていても
森との境界域が
だとすれば、村に被害をもたらした
アレの始末を怠っていれば、早い段階で大規模な『
「
やれやれ、現地にも行っていないのに頭のいい奴はすごいもんだ。
悔しいが、これは俺にはできない芸当だな。
「結界の首尾は?」
「調べてきましたよ、サランさん。周辺に結界を配置できそうな場所をいくつか見つけておきました」
「ありがとうございます。
「ですけど、
フィミアの言葉に、サランが「ふむ」と顎に手をやる。
またロクでもないことを言いださないかとひやひやするが、こいつが自信満々に打つ手は、およそ読み間違いはない。
この『開拓都市』の絵図を描いているのは、この男なのだから。
「わかりました。諸々手を私の方で打っておきます。みなさん、お疲れ様でした」
「お疲れ様でしたじゃねぇんだよ」
「はい?」
サランが俺の言葉に対してひどく怪訝な顔をする。
こいつ、今の自分がどんな顔色してるのかよくわかってねぇな?
まったく……押し掛けたのは俺たちだが、そろそろ休憩の時間だ。
「サラン、飯食いに行くぞ」
「私にはまだやることがあるので。皆さんはどうぞ」
「冒険を終えたら打ち上げをするもんだろうがよ?」
「私は今回、同行しておりませんし──」
よし、もう面倒くさい。
実力行使だ。
「ちょ……っ? 下ろしてください、ユルグ」
「うるせぇ、行くぞ」
ひょろひょろのサランを軽く肩に担ぎ上げて、執務室の扉を出る。
一歩外に出れば、そこは陽気な冒険者たちの住まう『新市街』だ。
当然……わめきながら肩に担ぎ上げられるサランは目立つ。
「あ、〝御曹司〟じゃないっすか! 久々に見たっすね」
「何で担がれてるんだ、サランさん」
「ギルマスの怒りに触れたのか……」
様々な声に晒されて、サランが俺の肩で暴れる。
その程度の抵抗で俺を振りほどけると思っているのか、過労眼鏡め。
「暴れんなよ、〝御曹司〟」
「やめなさい、ユルグ。公式の二つ名になったらどうしてくれるんです」
そんなことを言う、サランに俺は笑って返す。
「そりゃいい。ちょうど俺は冒険者ギルドマスターなんて大層な椅子に座らされたことだし、ギルド公認にしてやるぜ」
「あ、それいいかも。『メルシア』で二つ名がないのはサランだけだもんね」
「ええ。仲間外れはよくありませんね」
ロロとフィミアの悪ノリに、サランが憤慨の声を上げた。
「あなた達、いい加減にしなさい!」
「俺達に言うこと聞かせたきゃ、しゃんとしろ。青白い顔しやがって。冒険者の顔じゃねぇぞ?」
「む、そうかもしれませんが……いや、しかしですね」
「しかしも案山子もあるか。飯食ったら
俺の肩の上で、ぐったりとなったサランがため息を吐き出す。
ようやく観念したらしい。
「やるべきことは山積みなんですよ?」
「頭いいわりにバカだなお前」
「なんですって?」
地面にサランを降ろして、肩を掴む。
女みたいに軽くて細っこい身体しやがって。
どう考えても無茶を通り越して無理をしてる。
「いいか? 俺達の最優先事項は仲間──つまり、お前なんだよ。そこは理解しとけ」
「そうだよ、サラン。またボクに〈
「もう疲労回復の魔法には頼らせませんよ?」
俺達の言葉に、サランが珍しく困った顔で後退る。
こいつがこんな顔を見せるなんて、なかなか痛快だ。
「わかりました。今日だけですよ?」
そんな憎まれ口じみた言葉を口にするサランの顔は、少しばかり穏やかに見えた。
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