第39話 オーバーワークな参謀殿

「なるほど、迷宮ダンジョンの作りだす魔物モンスターが地上に直接……。ふむ、聞いたことがない事例ですね」


 深層から戻ったその日。

 サランの執務室に押し掛けた俺達は早速、状況の説明を行った。

 もう少し驚くかと思ったが、陰険眼鏡は相変わらずのすまし顔でただ俺達の話に頷いて見せる。

 なんだか、少しばかり拍子抜けだ。


「……それで、どう見る? 俺は迷宮ダンジョンの調査と原因の排除が必要だと思うんだが」


 俺の問いに思案する姿勢を見せながら、サランがテーブルを指で叩く。

 こいつが長考するのなんて、久しぶりだが……ま、俺には何を考えているかわからないわけだし、待っているしかできない。


迷宮ダンジョンの調査は必要です。しかし、原因の排除は必要でないかもしれません」

「どういうこった?」

魔物モンスター学者も招聘しょうへいする必要があるとは思いますが、生態系的に不自然でなければ、魔物モンスターの地上発生自体は放置してもいいかもしれません」


 首を傾げる俺の横で、ロロが「あ」と声を上げる。


「もしかして、地上にいたままで迷宮資源が回収できるから?」

「その通りです。さすがに森という生態系を乱すような魔物モンスターが出現すれば看過できませんが、今のところそういう報告は上がっていません。であれば、ただの『豊かな森』と言っていいでしょう」


 サランの言っていることが、いまいち理解できない。

 迷宮資源としての魔物モンスターというのはわからないでもないが、このまま増え続ければ被害が出るかもしれないじゃないか。


「ユルグ、あなたの危惧するところはわかります。しかし、森は『正常化しつつある』と報告をしたのはあなたでしょう?」

「確かにそうだが……!」

「これは仮説ですが、未踏破地域の森は『地下迷宮の地上一階として機能している』のではないでしょうか」


 ようやく、ピンときた。

 確かに、そう考えれば魔物モンスターのも不思議ではない。

 そして、迷宮ダンジョンには『境界の不文律』が存在する。


 迷宮ダンジョン魔物モンスターというのは、階層の移動や迷宮外への移動が生態的に制限されており、自由には動けない。

 そう考えれば、マルハスの結界が途切れていても魔物モンスターがあまり侵入してこなかったことに説明がつく。

 森との境界域が迷宮ダンジョンの端だったってことだ。


 だとすれば、村に被害をもたらした吸血山羊ヴァンパイアゴートは、〝手負いスカー〟による『溢れ出しオーバーフロウ』の先兵だった可能性がある。

 アレの始末を怠っていれば、早い段階で大規模な『溢れ出しオーバーフロウ』──『大暴走スタンピード』が発生していたかもしれない。


迷宮ダンジョンの調査はしましょう。どのくらいの規模かを確認する必要はあります。それによって、未踏破地域のどこまでが迷宮ダンジョン扱いとなるかある程度予測できますしね」


 やれやれ、現地にも行っていないのに頭のいい奴はすごいもんだ。

 悔しいが、これは俺にはできない芸当だな。


「結界の首尾は?」

「調べてきましたよ、サランさん。周辺に結界を配置できそうな場所をいくつか見つけておきました」

「ありがとうございます。迷宮ダンジョンであるという特性上難しいかと思いましたが、何とかなりそうですね」

「ですけど、魔物モンスターの出現を見てしまうと……物理的にも魔法的にも強固にした方がいいかもしれませんね」


 フィミアの言葉に、サランが「ふむ」と顎に手をやる。

 またロクでもないことを言いださないかとひやひやするが、こいつが自信満々に打つ手は、およそ読み間違いはない。

 この『開拓都市』の絵図を描いているのは、この男なのだから。


「わかりました。諸々手を私の方で打っておきます。みなさん、お疲れ様でした」

「お疲れ様でしたじゃねぇんだよ」

「はい?」


 サランが俺の言葉に対してひどく怪訝な顔をする。

 こいつ、今の自分がどんな顔色してるのかよくわかってねぇな?

 まったく……押し掛けたのは俺たちだが、そろそろ休憩の時間だ。


「サラン、飯食いに行くぞ」

「私にはまだやることがあるので。皆さんはどうぞ」

「冒険を終えたら打ち上げをするもんだろうがよ?」

「私は今回、同行しておりませんし──」


 よし、もう面倒くさい。

 実力行使だ。


「ちょ……っ? 下ろしてください、ユルグ」

「うるせぇ、行くぞ」


 ひょろひょろのサランを軽く肩に担ぎ上げて、執務室の扉を出る。

 一歩外に出れば、そこは陽気な冒険者たちの住まう『新市街』だ。

 当然……わめきながら肩に担ぎ上げられるサランは目立つ。


「あ、〝御曹司〟じゃないっすか! 久々に見たっすね」

「何で担がれてるんだ、サランさん」

「ギルマスの怒りに触れたのか……」


 様々な声に晒されて、サランが俺の肩で暴れる。

 その程度の抵抗で俺を振りほどけると思っているのか、過労眼鏡め。


「暴れんなよ、〝御曹司〟」

「やめなさい、ユルグ。公式の二つ名になったらどうしてくれるんです」


 そんなことを言う、サランに俺は笑って返す。


「そりゃいい。ちょうど俺は冒険者ギルドマスターなんて大層な椅子に座らされたことだし、ギルド公認にしてやるぜ」

「あ、それいいかも。『メルシア』で二つ名がないのはサランだけだもんね」

「ええ。仲間外れはよくありませんね」


 ロロとフィミアの悪ノリに、サランが憤慨の声を上げた。


「あなた達、いい加減にしなさい!」

「俺達に言うこと聞かせたきゃ、しゃんとしろ。青白い顔しやがって。冒険者の顔じゃねぇぞ?」

「む、そうかもしれませんが……いや、しかしですね」

「しかしも案山子もあるか。飯食ったら蒸し風呂トントゥだ。んでもって、さっさと寝ろ」


 俺の肩の上で、ぐったりとなったサランがため息を吐き出す。

 ようやく観念したらしい。


「やるべきことは山積みなんですよ?」

「頭いいわりにバカだなお前」

「なんですって?」


 地面にサランを降ろして、肩を掴む。

 女みたいに軽くて細っこい身体しやがって。

 どう考えても無茶を通り越して無理をしてる。


「いいか? 俺達の最優先事項は仲間──つまり、お前なんだよ。そこは理解しとけ」

「そうだよ、サラン。またボクに〈睡眠の霧スリープミスト〉を使わせる気?」

「もう疲労回復の魔法には頼らせませんよ?」


 俺達の言葉に、サランが珍しく困った顔で後退る。

 こいつがこんな顔を見せるなんて、なかなか痛快だ。


「わかりました。今日だけですよ?」


 そんな憎まれ口じみた言葉を口にするサランの顔は、少しばかり穏やかに見えた。

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