第38話 不穏な仮説

「なんだ、ありゃ……?」

「わからない。けど、急に現れたんだ。地面から」


 注意深く黒く蠢くそれを見る。

 ぱっと見は粘体生物スライムに見えないこともないが、この辺りに粘体生物スライムはいない。

 いや、夜にここに居るのは初めてだし、居ないとも言い切れないが……少なくとも、初めて見る。


魔物モンスターか?」

「そうとしか見えませんね。どうしますか?」


 フィミアの問いには「討伐するか」という意図が含まれてた。

 少し考えて、俺は小さく首を横に振る。


「もう少し観察してみよう。ああ、くそ……こういう時、サランのやつがいればな」

「確かに。サランなら何か知ってたかも」


 ロロの言葉に頷いていると、黒い塊に動きがあった。

 しばらく這いずっていた黒い物体は、急にピタリと動きを止めたあと……ぶるぶると振動し始める。

 次の瞬間、小さく「ぱきり」と音がしてそれは硬質化した。


「見てください……! あれが魔物モンスター増殖の原因みたいです」


 フィミアの言葉に、納得するしかなかった。

 石みたいに硬質化したそれの中から、魔物モンスターの幼体が這い出して来たから。

 そしてそいつは、ガサガサと走って森の中に消えた。


「見たか?」

「うん。あれ……小さいけど森大蜥蜴トラヴィだよね」


 森大蜥蜴トラヴィはこの森の中層域で、比較的よく見かける巨大な蜥蜴だ。

 黄色に赤の差し色が入った体色の派手な魔物モンスターで、目に入った動くものは何でも口に入れるという悪食。

 それなりに手強いが、細かな鱗が上質な鎧の素材になるため、好んで狩る冒険者もいる。


 そいつが、謎の物体から這い出た。

 爬虫類である以上、卵生のはずだが……これは少しばかり異常が過ぎる。


「そうか、ここ……」


 ロロが何かに気付いたように周囲を見渡す。

 暗い森の中に、何か見たのだろうか。


「うん。やっぱり、一度サランを連れてきた方がいいと思う」

「同感だが、お前の見立ては?」

「推測だけどいい?」


 ロロの確認にフィミアと二人でうなずく。

 この状況に、何かしらの説明が欲しかったのかもしれない。


「多分だけど、ここ……迷宮ダンジョンなんだ」

「まあ、未踏破地域は迷宮ダンジョンって話だが」

「それも関係あると思うけど、この地下にある迷宮から直接這い出てるんだと思う」


 ロロの言葉に、思わず地面を見る。

 確かに、近くに迷宮の入り口があるからには、足元に迷宮ダンジョンがあるのだろう。

 そこから、直接?


「地上と迷宮ダンジョンの境界があいまいになってるのかも。両方とも、迷宮ダンジョンだからね」

「なるほどな……アドバンテとは違うってわけか」


 冒険都市アドバンテの地下にも迷宮はある。

 しかし、あのような奇妙な何かが地上で見られることはない。


迷宮ダンジョンの規模を調べたほうがいいかも。どうやって止めるかはサランに聞くしかないけどさ」

「ああ。しかし、そうすっと迷宮に踏み込む冒険者が必要だな。俺らも潜るとして、調査するならあと三つはパーティが欲しい」


 いつから未踏破地域に埋もれていたかわからない迷宮ダンジョンだ。

 謂れもわからなきゃ、地図も当然ない。

 しかも、いましがたの意味不明な現象との因果関係もわからないと来た。


 こうなると、内部の調査をする必要があるが……危険度はかなり高い。

 まず、この深層域までくることがなかなか危険だし、補給も休息場所もないので、調査に割けるコストはそこまで多くない。

 危険区域で商売をする『武装商人』でも来てくれれば話は別だが、まだマルハスでは見ていないしな。


 しかも、いまマルハスに来ているのは迷宮ダンジョン冒険者ではない奴が大多数だ。

 調査依頼を発行しても、危ない目に合うヤツが増えるだけの可能性がある。

 ギルド要請を使ってアドバンテあたりから冒険者を呼んだ方がいいかもしれない。


「ふふっ」


 俺が唸っていると、フィミアとロロが小さく笑う。


「おいおい、俺が真剣に悩んでるのにやけにご機嫌じゃねぇか」

「だって、ユルグがすごくギルドマスターなんだもん」

「……声に出てたか?」

「ええ、出てましたよ。普段は黙ったままなのに、今日は珍しいですね?」

「だよね」


 二人が顔を見合わせてにこにこと笑う。

 どうも俺はこういうのに向いていないのかもしれない。

 考えすぎれば熱が出るし、悩みすぎれば口から漏れる。

 これなら、雄たけびを上げながら魔物モンスターと戦っている方が性に合っている。


「でも、うん。ユルグの言う通りだね。そこもサランに言って調整してもらおう。なんだか、頼り過ぎで悪い気もするけど」

「ほらみろ。こういう時に頭のいいギルドマスターがいるんだよ。俺じゃあ力不足だ」

「適材適所でしょ。ボクは、マルハスの冒険者ギルドマスターはユルグしかいないと思ってるよ」


 無根拠な励ましに、少しばかり苦笑しつつも評価に嬉しくもなる。

 他の誰よりも、ロロに褒められるというのが俺にとっては大切なのだ。

 ずっと俺を支えてくれたコイツの言葉は、最も大切にしなくちゃいけない。


「わたくしも、自身で選んだ勇者を支持しますよ?」

「勇者ねぇ……けったいなことになったもんだ」


 俺は勉強不足なので勇者という何某についてはよく知らない。

 日曜教会にも寄り付かなかった俺は、昔に存在した英雄だという話を少し知っているくらいで、何をした連中なのかすらわからないのだ。

 ただ、そいつらがべらぼうに強かったということ以外は。


 どいつもこいつも、やれ『魔神竜を討伐した』やら『蒼の魔王を聖滅した』やらといった伝説が残っていて、それに比べると俺はスケールも足りないし、人格的にも問題がある気がする。


 だいたい、俺の得物は雑に使ってもメンテナンス不要な鋼鉄製の大型戦棍メイスで、教会が保持しているとされるきらびやかな剣や槍の聖遺物と程遠い。

 ヘタしたらコイツが丁寧に布に包まれて聖遺物でございなんて飾られると思うと、ちょっと笑ってしまいそうだ。


「わたくしは、ユルグが相応しいと思ったんですけどね」

「判断ミスじゃねぇか、〝聖女〟サマ? 俺はロロの方が相応しいと思うんだがな」

「ボクが? うーん、ボクもユルグが勇者の方がいいな」


 少し首を傾げてから、ロロが俺を見る。


「その心は?」

「ユルグの方がそれっぽいから」

「なんだそりゃ……」


 俺のボヤキに、二人が小さく笑った。

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